22.皇后の思い出
それからというもの陛下がキャサリンの元に行く度に横取りしてやった。王宮の者たちもグルだったので暫くはバレなかったが、バレないはずがない。
「遂に陛下にバレたわ」
「へー。なんて?」
「『そ、そそそそそなたがゲランの娼婦を買っているというのは本当か?』と聞いてきたから『陛下からキャサリンを横取りしているのは私です』と言ったら『そ、そそそうか』と言って青褪めていたわ」
「ははっ!陛下も奥方に娼館通いがバレたら気まずいんですね!」
笑うキャサリンをぼーっと見つめる皇后。
確かにあの時少し笑ってしまった。責められるかと思ったのだが青褪めただけだった。後宮には側妃がいる。彼女たちの部屋に行った翌日はいつもと同じ顔なのに……不思議なものだ。
「これで私は陛下公認の愛人ってことかしら?」
「…………そうね」
愛人――それはキャサリンのジョーク。自分と彼女の間には何もない。彼女はとても聞き上手で色々なことを話した。主に大臣たちの愚痴とか。とても楽しそうに笑う彼女を見ていると心が軽くなった。
自分は彼女に恋愛感情などない。彼女にとって自分は金払いの良い客で自分たちの間柄は何と言うべきなのだろうか。
友人…………?
何を馬鹿なことを……ふ、と自嘲気味に一人心の中で笑ちながらソファから立ち上がり扉に向かう。
「あら、お帰り?」
「ええ」
最近少しだけ気分が悪いのだ。胸がムカムカするというのか。
「帰ったらお医者様に診てもらうといいわ」
「寝てれば治るわ」
その言葉に無言でキャサリンは首を横に振る。
見送ると店の前に出てきた時も診せろ診せろとうるさかったので診せたら懐妊。懐妊がわかってからは王宮の外に出ることは許されなかった。
無事双子の皇女を出産してからも体調の回復や政務、子育てでゲランに赴く暇などなく、夫もゲランに足を運ぶことはなかったので彼女には会いに行かなかった。
このまま彼女とは一生会うことはないだろうと思っていた。
下働きの娘が夫の子を妊娠し男の子を産むまでは――。
大雨が降り注ぐ中馬車に乗り込みゲランまで走らせていた。久しぶりに会った彼女は驚いた様子もなくいつものように彼女の部屋でいらっしゃぁいと微笑んだ。
その気の抜けるような挨拶に涙が止まらなくなった。
撫でられる背中。
その心地良さに甘えて自分は思いっきり陛下への恨み言、下働きの娘の恨み言、これからの不安、男の子を産めなかったことへのやり切れなさを泣き叫んでいた。
「いやぁ美人は泣いて目が腫れても美人ですなぁ。私も泣いてもかなりの美人なの~」
目をボンボンに腫らせた自分に温かいタオルが渡され受け取る。
「大事にしてやりなよ」
「え?」
「女もその子も。そうすりゃ陛下は皇后様を大切にするよ。嫉妬に目が眩んで無茶苦茶なことをするやつは嫌われるからね」
大泣きした女を前にしてその原因の2人を大切になんてこの目の前の女はなんて冷酷なんだろう。恨みがましげな目をして見れば彼女は元気が出たねと笑っている。
ちょっとムカつく。
その後時間を埋めるかのように色々なことを話した。やはりここが好きだ。いや彼女と話をするのは楽しい。少しスッキリした。
部屋を出るのを躊躇ってしまった。自分には皇女もいるというのに……相変わらず自分は弱い。
「さっき大事にしてやりなって言ったけど、調子に乗ったりあなたの地位を脅かすなら徹底的にやってやりなよ。苛烈に……過激に」
振り向けば彼女はいつものように笑っていて、でもその目は本気だった。
これからのことはわからない。だが自分が皇后であることは変わらない。帝国では皇帝の子は皆皇后の子として皇后が子育てを担うことになっているのでこれから色々と忙しくなる。
皇女たちのように可愛がれるのか、相手の女と戦うことになるのかはわからない。だが強く心を持たねば。そう思った。
その後幸運なことに女はとても控えめな者で腰も低く、子と会っても一歩引いて接していた。全く同じというわけにはいかなかったがそれなりに愛情を持つこともできた。
その甲斐あってか今ではそれなりに良い関係を築けていると思う。家臣たちがごちゃごちゃとうるさいところもあり暗い顔をすることもあるが持って生まれたものなのか幼いながらにもその腹黒さで色々と乗り越えているのでなんとも心強い。
そのうちキャサリンが懐妊した。
父親は当然の如く誰かわからないと笑っていた。陛下じゃないから~と言われ当たり前だと怒鳴ってしまった。
その後彼女がとても可愛らしい女の子を産んだ後も客としメフィストに通っていたが別れの時が来た。
「なぁんか重い病気にかかっちゃってさー。借金は返し終えたしむしろ貯金なんかもできちゃってるから引退するわ」
そう言って笑う彼女の顔は血の気が引き真っ白だった。ただでさえ細い体は更に細くなり思わず視線を逸らしたくなるほどだった。
お見舞いに行こうと思った。自分が支えようと。
でも彼女は笑いながら拒否した。
自分たちは娼婦と客。店を辞めたら無関係の人間だと。それが彼女の本気でないことは目を見ればわかった。彼女の目は揺れていたから。
絶対に来ると言った自分に弱々しい笑みを見せると彼女は言った。ダメだと。病気の人間に近づけば良くない噂が立つからと。
彼女の病気は感染るものではなかったけれど、それでもゲランの病人と会うということ自体が忌避される事態になる恐れがあるからと。
でも……と躊躇っていると強い力で胸ぐらを掴まれた。
『あんたに何かあったら誰が皇女様を守るっていうの?』
とても強い視線を向けられ、それ以上は彼女にもう何も言えなかった。そして風の噂で治ったと聞いたがそのまま足がゲランに向くことはないまま現在に至った。




