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母親に競りにかけられたら公爵の妻になりました  作者: たくみ


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21/34

21.皇后は母の客

 さあ来い。


 ここで命を取られることなどないはず。たぶんだけど。

 

 罵りなどいくらでも吐かれてきた。相手がちょっと?いやかなり権力があるマダムに変わっただけのことだ。


 ん?でも最悪の事態になることもあったり?


 いやいや、一応公爵夫人だし、レオンもいるし。


 あ、でも今いないか……。役に立たねー。


 頼りになるのは己のみ。ここを無事に出られたら宝石の一つでも強請っちゃおうか……。


「本当に美しい顔だな」


「え?」


 それは言われ慣れている言葉で、でも大抵は下心や妬みといった感情が潜んでいる。だが皇后からのそれにはとても優しく懐かしくそして少し寂しそうに見えた。


「キャサリンに似ているわね。でも彼女より美人だから彼女悔しがってるんじゃない?」


 その言葉にゴクリと唾を飲み込むレイチェル。確かに母より私の方が美人、母はきーっと悔しがることがある。だけど


「なぜ……」


 しまった敬語……。思わず言葉が溢れてしまった。ごまかさねば、いや素直に謝罪か。謝罪だ。謝罪でいこう。


「私キャサリンの客だったのよ」


 開きかけた口はそのままにレイチェルは固まった。


「あ、別に女性が好きとかではないから勘違いしないように」


 ではなぜ?聞きたかったが声は出ず、ただ口をパカパカと開閉させることしかできない。明らかな動揺に皇后は微笑みながら更に言葉を続ける。


「もともと彼女のお客は私ではなく陛下でね。私が横取りしたの」


「なんと」


 やっと出た言葉。だがこれはいけない。慌てて口を押さえるレイチェルだったが皇后は構わないとレイチェルの反応が面白いと言わんばかりにコロコロと楽しそうに笑う。


 なんとなく気恥ずかしくなりカップを手に取り口づける。少し冷めてしまったが美味しい。心を落ち着けてくれる。


「少し昔話に付き合ってくれるか?」


 レイチェルが落ち着いたのを見計らいかけられた言葉。先ほど見た懐かしいといわんばかりの穏やかで優しい瞳を向けられレイチェルはコクリと頷いた。




 ――あれは皇女が生まれる前だから26年くらい前のことだったかしら。巨大な帝国と隣接するいくつかの国。そのうちの一つの国に王女として生を受けた自分。


 圧倒的強者である帝国の皇太子妃になれたのは両親や家臣たちの並々ならぬ努力の賜物だった。帝国の皇太子妃となり半年程で子はまだかと言われ始めた。


 もうすぐ1年になるという時になってもまだ子はできない。まだかまだかと急かされる中ある噂が王宮に広まった。


“皇后に子ができないのは皇帝がゲランで子種をだし尽くしているからだ”


 誰が言い出したかそんな下卑た言葉が侍女や使用人たちの口から出るのを何度も影から聞いた。


 夫や自分への不敬ともとれるその言葉に無性に悔しくなり苛ついて女がいるらしいゲランにあるメフィストに乗り込んだ。思いっきりその頬をはたいてやろうと思って。


 だけどメフィストでゆったりとソファの肘掛けに身を預け横たわる彼女を見た時涙が出て止まらなくなった。


 店の人々は皇后の急襲?にあたふた。


 後ろをついてきていた侍女や護衛たちは皇后の涙にあたふた。


 その場の空気は当然の如く騒然。


 しかし自分とキャサリンの時間だけは酷くゆっくりと流れているように思えた。止まらぬ涙。


 だが彼女の圧倒的な美貌はよく見えた。


 絡まる視線。


 逸らされぬ大胆な視線。


 彼女には勝てない。そう思った。


「皇后様っていうのは案外弱い生き物なんだねぇ」 


 彼女がそんなことを言うまでは。


 空気が凍った。怒りとかそういった類のものではない。ただ皆自分の耳を疑うばかりだった。


「今、なんて……?」


 誰よりも先に正気を取り戻したのは皇后だった。


「ここに乗り込んでくる人って結構いるんですよ?あの人を返せ!この泥棒猫が!パンパーン!って。でも皇后様はお泣きになるばかり」


「無礼な!皇后様はその辺の奴らとは違うのよ!」


 のそりと立ち上がって一歩足を踏み出したキャサリンに慌てて侍女が立ち塞がる。


「返せ……か。私には言えぬ言葉だ。幼き頃よりお前の夫になる人は皇帝だ。多くの女が側に侍るだろうが物申すな。我慢しろと言われてきたから」


 なのに怒りに任せこんなところに来てしまった。情けない。俯きがちに吐かれた言葉に侍女たちから皇后様……と声が漏れ聞こえる。


「なのに私のところに乗り込んできたと。それって私が娼婦だからです?」


 その言葉に皇后はドキリとした。その通りだから。後宮に入っているわけでもなく貴族でもない。娼婦になら文句を言っていいと思った。誰にも非難されることがないと思った。


「………そうだな。そなたになら言っても良いと思ってしまった。妾は最低だな」


 唇を噛みしめる皇后を見てそこにいた者たちはそっと視線を逸らす。キャサリンだけがじっと皇后を探るように見ている。


「皇后様は陛下から手を引けと言いに来たんでしょうけど、それは困りますよ。こっちも生活がかかってるんでね。陛下は大切な金蔓ですから」


 その言葉に侍女や護衛たちは鋭くキャサリンを睨み付ける。おお怖……などと言っているがとてもそのようには見えない。


「でも皆が幸せになれる道ならありますよ?陛下が私を訪ねてきた時に先に皇后様が私を買えばよいのです」


「何を……」


「そうすれば陛下は私と関係をもてなくて王妃様は嬉しい。私は王妃様からお金をもらえて嬉しい。ほら皆嬉しい」


「……陛下に幸せがないようだが?」


「私は女ですから男よりも女の笑顔が見たい。男の幸せは知りません」 


 それでは皆ではないではないか。


 こんな乗り込んだ先でなんだが少し笑ってしまった。


「どうします?お試ししてみません?」


 す……とキャサリンが片手を皇后に向けて伸ばす。


「私は女は……」


「このメフィストでトップを張れるのは寝技だけじゃないんですよ?心休まる空間。心の中を吐露する空間。あなた様が皇后でなくなる時間……あなたを楽しませる自信はもちろんありますわ」


 ふわりと微笑むレイチェル。その様はとても美しく同じ女性でも見とれてしまう。触れるのが怖いのに触れてみたくて……


 差し出された手にそっと手を重ねていた。




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