20.皇后とお茶会
王の間を退出したレオンは王宮の廊下を1人歩く。
先に屋敷に帰って馬車だけまた寄越しても良いのだが――。
昨日両陛下に挨拶に行くことを伝えてからアマンダとリリアの二人がかりで早急に最低限の王宮の作法を叩き込まれていたレイチェル。
いつまで経っても嫌だ嫌だとぼやいていたので大丈夫かと心配したが先程の立ち居振る舞いは完璧だった。見目が良い分思わず目が奪われるほどの美しい所作だった。
いくらゲランで貴族たちに色々と教わっていたとしてもそれをものにできるかは彼女次第。彼女の優秀さはわかっていたが半日であれだけ仕上げてくるとは思わなかった。
口では嫌だと言いながら立派に勤めを果たした彼女に全て押し付けて彼女にとっての伏魔殿に1人残していくのは薄情過ぎるというもの。挨拶だけでも嫌がっていたのに皇后とお茶を飲むなど苦痛以外の何物でもないだろう。
とりあえずこの前行った隣国との交渉結果を書類に纏め……
「ハーデス公爵結婚おめでとう」
後ろから突然かけられた聞き覚えのある声に一旦深呼吸した後、振り返り頭を下げるレオン。
「皇太子殿下ご機嫌麗しゅうございます。恐縮にございます」
背後に立っていたのはこの帝国の皇太子イリオスだった。父親譲りの漆黒の髪の毛に母親譲りの深緑色の瞳を持つ美しい男。にこにこと微笑みながらレオンに近づくと足を止める。
「公爵、いやレオン顔を上げてくれ。結婚とは色々と良いものだ。様々なものを与えてくれる実に便利なものだ」
レオンの目が僅かに開かれる。レオン――名前で呼ばれるのは初めてだ。イリオスは自分が認めたものお気に入りのものを名前で呼ぶ。
それにしても結婚が便利なものとは。イリオスは現在宰相を務めている公爵の孫娘を娶っている。イリオスは少しでも血を尊くするための結婚をし、自分は少しでも血を高貴さから遠ざけるための結婚をした。
意味合いは正反対だがやっていることは同じだ。
女性を利用して自分の立場を守る愚者。
「私は頭の良い者が好きだ。そなたは非常に頭が良い。それに大胆だ。なかなかこんなことは思い浮かばない」
でしょうね。自分だって何をやっているのかと呆れることがある。そして彼女にほんの少しばかり罪悪感がある……ようなないような。
「私は貴族にとって血は命…………なんて愚かな考えをする者もいるが、私はそうは思わない。高貴な娘を娶っておいてと思われるかもしれないが、血も大切だがそれだけではない。そうだろう?」
「私も同意見です」
二人の視線が交わる。
「君の英断には感謝するよ。おかげで私は大事な家臣を失わずに済んだんだから。本当にこの世界は厄介なものだ。当人の意見など関係なしに色々と企むものがいるからな」
「ええ、とても迷惑なことです」
イリアスの目はまだレオンから逸らされない。探るようなその目は非常に居心地が悪いが逸らすわけにはいかない。
額を一筋の汗が流れる。
ふ、と笑ったイリアスが視線を逸らし足を動かす。やっといなくなってくれるのかと安堵しながら頭を下げる。すれ違う時にポンと肩を叩かれる。
「君の捨て身の献身は忘れないよ。これからは仲良くしよう」
去りゆく背中に頭を下げたままレオンは答える。
「光栄です」
と。
たぶん……たぶんうまくいった。我が家は暫く安泰だろう。たぶん。これもレイチェルのおかげだ。
果たして彼女は今一体どんな状況なのだろうか。
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目の前にずらりと並ぶ茶菓子たち。そのどれもが一つの芸術作品のように美しい。流石皇后のお茶会に出される菓子といったところだ。
皇后は最近の流行りの菓子だと言った。公爵邸の引きこもり妻である自分だが一応アマンダとリリアに色々と叩き込まれてきた。
最近の流行り……。ちらりと皇后を見れば微笑んでいるようでその目の奥はこちらを試すように見ている…………ように見える。
「皇后様。見事なお菓子ばかりで目移りしてしまいますわ。好みと申されましてもまだどこでも見たことも、まして口にしたことのないものばかり。恐れながら皇后様にお選びいただけないでしょうか?」
「もちろんよろしくてよ。でも…気遣いは無用よ。メフィストの関連者であればこれらを見たことも口にしたこともあるでしょう?」
「…………バレておりましたか」
「ええ。私のデザートを作る専属シェフのメフィスト通いは有名だもの。そして、彼がメフィストの女性たちに私の為に考えたデザートを試食させているのもね」
皇后はそう言うといくつかの菓子を侍女に皿に乗せるよう指示する。目の前にコトリと置かれた菓子を見ればそれは自分が以前メフィストに遊びに来たシェフに特においしかったと言った菓子ばかり。
どうやら皇后と彼はグルなよう。
「彼は女好きだし皇后の菓子を娼婦に試食させるような男だけれど優秀な男だからお気に入りなの。菓子作りの腕も融通の利きやすさも、ね」
そう言って肩をすくめる様子は威厳のある皇后ではなくその辺の貴婦人で……。レイチェルは少し心が落ち着いた。
「試すようなことをしてごめんなさいね。流行りという言葉を使うとすぐに私も知っているという方が多くてね……よい選別になるのよ」
自分を大きく見せようと知ったかぶる貴族は多い。レイチェルとてはったりも大切だと思うが相手が何を求めているかを求めて答えることの方が大切だと思う。
それにしても……ちらりと皇后を見れば侍女に菓子を取るように指示している。なんでもかんでも人にやらせるというのも疲れないのだろうか。
さっさと自分で取った方が早い気がするのだが。
本当に面倒な世界だと思いながら暫く互いに菓子の感想について話すだけの時間がすぎる。多忙であろう皇后に無駄な時間を使わせているような気がして申し訳なくなってくる。
ちらりと目線を上げれば微かに微笑む皇后の目と合った。す、と細められる目にレイチェルは遂に来たかと身構える。
いよいよ本題か。
罵りか。
お諌めか。
離婚の勧めか。
国を支えるハーデス公爵家の嫁がゲラン出身だなんて皇后が物申さないはずがない。
皇后の口が開くと同時に、レイチェルはふーっと気づかれぬように息を吐いた。




