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母親に競りにかけられたら公爵の妻になりました  作者: たくみ


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19/34

19.不穏な挨拶

 これでもかと高い天井に煌めくシャンデリア。どデカい窓にピカピカに磨き上げられた大理石の床。奥にはドドンと風格漂う椅子が二つ。


「結婚おめでとう」


「ありがとうございます」


「そなたも遂に年貢の納めどきというわけか」


「人を遊び人のように言わないでください陛下」


 男性二人のそんなやり取りが聞こえてくるがその様子を目にすることはできない。なぜなら


「陛下」


 女性の咎めるような声がした。


「あ、ああ……。こ、ここ……公爵夫人も顔を上げるが良い」


 王の間に足を踏み入れてからカーテシーをすること数分、玉座に腰掛ける陛下から頭を上げる許可が出ず、ずっとその姿勢を保っていたのだ。高いヒールで膝を曲げるのはなかなか大変なのだが一切ぶれなかった自分を褒めてやりたい。


「……美しいわね」


 顔を上げたレイチェル。彼女の顔を見た皇帝の隣に腰掛ける皇后の口からそんな声が聞こえてくるとその場の空気はなぜか凍った。皇帝の顔なんて真っ青だ。

 

「……そ、そそそそそ、そうだな!こんなに美しい嫁を手に入れるなんてレオンは幸せ者だな!」


 はははははとわざとらしい笑い声が王の間に虚しく響く。誰も何も言わぬ中陛下はこほんと気まずげに笑いを収めた後、何やらこそこそと皇后に話しかけている。


 先程から皇帝の様子がおかしい。レイチェルの顔を見ようとしないし、なぜか吃っている。


 レイチェルは両陛下の視線が逸らされている隙に2人をじっと観察する。皇帝は長身のがっしりした軍人のような身体つきと美形ながらも威厳のある顔だ。髪の毛も瞳の色もレオンと同じく漆黒だ。


 皇后は銀色の長い髪の毛を一つにまとめ背中に流している。美しい透明感のある銀色の瞳からは聡明ながらも少し冷たい印象を受ける。成人した子供の母親だけあってそれなりの年齢になっているはずだがその美貌と纏う雰囲気は人を惹きつけるものがある。


「み、見れば見るほど美男美女のお似合いカップルだな。うんうん。2人に幸あらんことを祈っているぞ」


「公爵」


「は!」


 ここで初めて皇后がレオンに声をかけた。


「この世には様々な者がおります。あなた自身が決めた結婚。しっかりと妻を守るのですよ」


「心得ております」


 そう言って頭を下げるレオンの後に続きレイチェルも頭を下げる。レオンが退室するぞとアイコンタクトを送ってきたからだ。


 頭を下げたまま片足を後ろに引こうとしたとき皇后から声がかけられた。


「お待ちなさい。公爵夫人良い天気ですし庭園でお茶などいかが?」


 ピシリと凍っていた空気にヒビが入ったかのような緊張感がその場に漂う。なんだこの空気はと思いながらも口から出たがる嫌ですという言葉をなんとか押しとどめるレイチェル。


「私のようなものにそのようなお誘い大変光栄にございます。ですが……」


 頭を下げたままちらりとレオンを見る。彼も同じく頭を下げたままこちらを横目で見ていた。ばちりと合う目。


『助けてくれ~助けろ~お助け~』


 目で語るレイチェルのなんとかしてくれオーラにレオンはため息を吐くと顔を上げ皇后に物申す。


「妻はまだ貴族としての礼儀がなっておりませんので皇后様に失礼があるかもしれません。またの機会に……」


「構わぬ。他に令嬢がいるわけでなし」


「ですが」


 バシッ!


「…………」


 黙るなよ。いつもの不遜な態度はどこへ行ったのか。レオンは手に持っていた扇子を皇后が自らの手に叩きつけたのを見て口を噤んだ。


 皇后と二人っきりでお茶を飲むとか絶対に嫌だ。そもそも最下層出身の自分が天上人の皇后様と何を話せというのだ。嫌だ。広がらない話題。侍女たちからの冷たい視線。そんな未来が容易に視える。


「……でしたら妻が失礼をするといけませんので私もご一緒に……」


 ありがとう公爵。不遜な態度はどこへ行ったとか思っちゃってごめんよ。流石我が夫!顔も良ければ気もきく男!


「新妻と離れがたいそなたの気持ちはわかりますが、女のケツを追いかけ回すものではありませんよ。あなたは仕事でもなさってなさい」 


「……承知致しました」


 承知しちゃったよ。え、これ皇后様とお茶を飲むこと決まった感じ?皇后にしっしっと手に持った扇子で追い払う仕草をされたレオンが呆然とするレイチェルの隣から離れていく。


 救いは彼の顔が非常に申し訳なさそうな表情をしていたということくらいか。


 えー……


 行っちゃったよ。


「では陛下私達も失礼致します」


「あ、ああ…………………その、こ、皇后…………」


 何やら皇帝がゴニョゴニョと口ごもる様子が見られたが皇后は完全に無視してレイチェルに視線を向ける。


「では参ろう」


「はい」


 それ以外の返事をすることなどレイチェルにはできなかった。




 美しい様々な花が咲く王宮の庭園。その一角には真っ白なテーブルと椅子があり、その上には既にたくさんのお菓子が置かれていた。


「わが国を支えるハーデス公爵の夫人とは良い関係を築きたいと思ってな、用意させていたのだ」


「光栄です皇后様」


 緊張感の欠片もなく柔らかく微笑むレイチェルに皇后は目を細める。側に控えている侍女たちは僅かに目を見開く。ついこの前までゲランにいた娘が皇后の御前でこのような表情が浮かべられるとは……。


 その辺の若い令嬢はチラチラチラチラと皇后の表情を伺うものばかり。それなのにレイチェルのこの態度。厚かましいのか心臓に毛でも生えているのか。


 感心されている当のレイチェルは表情を取り繕うのが上手なだけで頭の中はここまで来ても往生際悪く帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたいと埋め尽くされていた。



 あーまじ帰りたい。なんなのだろうか。公爵夫人になってから本当に碌なことがない。普通の令嬢であれば皇后とのお茶なんて天にも上らんほど浮かれる場面なのかもしれないが、生憎自分には息苦しい時間でしかない。


「最近流行りの菓子を用意してみたのだけれど、お好きなものはあるかしら?」


 皇后からそのように問いかけられたら答えるしかない。こんな状況で菓子などと思い目を向けていなかった菓子に視線を向ける。


「これは……」


 レイチェルの目が見開かれたのを見て皇后は愉しそうに笑った。






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