18.ご挨拶?
ぶちぶち言いながらマリアの手を引き去って行ったブルック。心なしか部屋の温度が上がった気がする。
「なんか見た目も性格も暑苦しい人でしたね」
「脳筋そうに見えて仕事ができる男なんだ。次期宰相候補と言われている」
「なんと」
人とは見かけによらないのね。
「それにしても……可愛らしい女性でしたね?」
「?」
首を傾げるレオンにレイチェルは呆れる。後ろからリチャードがマリア様のことかと耳打ちし、ああと誰のことを指しているか理解したよう。
?婚約者候補とか言っていた気がするのだが、なんなのだろうかこの反応の薄さは。これはもしかして周りが勝手に盛り上がっていただけとか?
「マリアは母の侍女だったものの娘だ。確か母のお気に入りの侍女で………………男爵家?………いや、伯爵家に嫁いだはずだから伯爵令嬢だな。母が屋敷にいたときはよく遊びに来ていたぞ」
おいおい。先程の2人はマリアがレオンの運命のお相手だと信じて疑っていないというのに当事者のレオンは全く興味がないようだ。
「いわゆる幼馴染というものね」
「?ブルックはな。マリアはただの母のお気に入りだ」
おう。
幼馴染でさえないと言いたいのか。ちょっと不憫になってきた。これでなぜブルックが2人の仲を信じて疑わないのかよくわからない。
それだけ彼女の立ち居振る舞いが上手いということなのか。
これは油断しないほうがいいのかもしれない。周りに味方をつける女というのは非常に厄介なのだから。
「……聞いているのか?」
「え?私?」
やばい。考え込んでいた。
「君以外に今話しかける必要のある相手がいるか?」
部屋の中をぐるりと見回す。いくらでもいるだろうに。侍女やら執事やら。いやあ金持ちというのは気が休まらなさそうだ。
「……まあいい。明日両陛下にご挨拶しに行くから準備をするように」
ん?今なんと言った?まるでちょっと買い物に行くからねみたいなトーンで今何を言った?
「両陛下?ご挨拶?」
「ああ。本来ならすぐに伺うべきところだったが、私の隣国訪問があったから致し方ない。明日時間をとっていただけるそうなので一緒に行くぞ」
「高貴な両陛下は私みたいな娼婦の娘なんて視界にも入れたくないでしょう?私は家でお留守番しているわ」
嫌だ、行きたくない。というか明日とか普通にあり得ない。レオンも軽い感じだしここは軽く断っておこう。
「何を言っている?君がいないと意味がないだろう?公爵家の当主が結婚して妻を紹介しないなどあり得ないだろう?」
いやいやいや、有り得ないのはもっと早く知らせないあんただよ。
「公爵夫人の妻が娼婦の娘ってのもあり得ないでしょ?お目汚しになってはいけないから……遠慮します」
嫌だ。行きたくない。
「お二人ともそんなことを気にされる方ではないから行くぞ」
「嫌だ。王宮という名の伏魔殿なんか行きたくない」
あ、本音が言葉に出ちゃった。
「安心しろ。いるのは同じ人間だ。ちょっと血が高貴なだけだ。顔の良さなら君の方が上だ」
「顔の良さが両陛下の前でなんの役に立つんですか?お見合いじゃあるまいし」
「両陛下は美しいものがお好きだから不細工より美形の方が得だぞ。君は案外ねちねちねちねちと煩いな。いいから行くぞ」
えー……
うおっ!思いっきり睨まれた。ちょっと嫌な顔をしただけなのに……怖っ!
ていうか今日色々と有り過ぎじゃない?なんでこう次から次へと――。
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翌日
昨夜はレオンと……などあるはずもなく、侍女たちによる痛い程の全身マッサージを受け眠りについたレイチェル。
「リリアーやだよー無理だよー……」
「レイチェル様、腹を決めましょう」
「やだなー……」
「いきますよー。はいっ!」
「うっ!」
うめき声を上げるレイチェルとどこか楽しそうなリリア。
「もう一息参りましょう。はいっ!」
「く、苦し……っ!」
2人が何をしているのか?
2人はレイチェルの私室にある姿見の前に立ち、リリアがレイチェルの腰をコルセットの紐を持って思いっきり締め上げていた。
「つ、疲れた……。苦しい……。ていうかコルセット必要?この私の美ボディに文句でもあるわけ?」
コルセットをつけ、ドレスを身に着けたレイチェルが鏡台の前で椅子に行儀悪くダランと腰掛けながらリリアを恨みがましげな目で見る。
「文句などございません。ですがより一層美しいボディラインとなりますから必要です。それに軽く締めただけですよ?皆様もうそれは何回も何回も数人がかりで締め上げるものなんですから」
たった2回リリアが引っ張ったくらいどうってことはないだろうに。
「皆どれだけ腹回りに肉ついてるのよ」
「レイチェル様」
「失礼」
リリアに鋭い声を出されぴしりと背筋を伸ばし椅子に座り直したレイチェル。そのまま顔に手を添えられ、メイクをされる。
「…………人とは不公平なものでございますね」
「?」
リリアの呟きにレイチェルは小首を傾げる。ぐきりとすぐに戻されたが。
「本当にお美しい……」
「あなただって美人じゃない。ゲランでも上位の顔よ?」
「それは喜んでよいのでしょうか」
自分だって美人だと言われる。だがレイチェルの隣に並んだときに幾人が自分に視線を向けるだろうか。顔の形や配置だけではない。メイクをしているとよくわかる。
間近で見ても毛穴一つないツルッツルのお肌。金色の髪の毛は枝毛一つない。おかしい。いつもお風呂に入ったあと禄に手入れもせず適当に髪の毛を拭いて寝るときもあるというのに。
「完成です。ご確認ください」
レイチェルが立ち上がり姿見の前に移動する。
サラサラとした手触りの良い淡い水色のドレス。
上半身には細かい花の刺繍が散りばめられ、ふんわりと広がるスカートは何枚も薄いレースが重なり美しい。リチャードが公爵の命で注文していたお高いお高いドレス
「ドレスも美しいけれど、やっぱり私自身が一番美しいわね。目を引くわ」
その言葉にリリアはくすりと笑う。
「左様ですね」
「本当に思ってる?」
「さあ」
「酷っ!」
リリアは再びくすりと笑う。
本心ですとも。
口が悪かろうと育ちが娼館街だろうと美しいものは美しい。顔もその身体も。目の前で最高級のドレスを身に纏うリリアは今まで見た誰よりも綺麗だ。神々しい程に。
コンコンと扉を叩く音がし、返事を待つまでもなく扉が開く。現れたのは髪の毛を後ろに撫でつけ、品の良いジャケットを身に着けびしりと決めたレオンだった。
「あらぁ何のためのノックなのかしら」
「入るという合図だ」
「私のセクスィーな着替えシーンだったらどうするのよ?ポロリしてたらどうするのよ?」
「問題ない」
レオンは真っ直ぐレイチェルの元に向かい彼女の背後で足を止めた。振り返ろうとするレイチェルを手で制する。鏡越しに何事かと見ているとリリアが何かを持ってレオンに近づいてくるのが見えた。
レオンの身体がレイチェルに近づいたかと思うと首にひんやりとした感触。
「これは……」
自分の首元を彩る美しい首飾りに手を伸ばすレイチェル。小ぶりなダイヤモンドがたくさん散りばめられ、その中央にはピンクダイヤモンドがデデンとおわす。
「我が家の公爵夫人に代々受け継がれてきた首飾りだ。君は私の妻だ。セクスィーな着替えもポロリも私が目にしたところで何も問題ないだろう?」
「あなたは宜しくても後ろにリチャードがいるわよ?」
ちらりとレオンの後に続き部屋に入ってきていた執事のリチャードに視線を向ければ、彼は何を想像しているのか顔を真っ赤にさせていた。
「…………善処しよう」
こほんと咳払いするレオンにレイチェルは勝ったと内心ガッツポーズする。
「では行こうか」
「………………」
「レイチェル」
「だって何言っても無駄無駄言われるじゃん」
「そうだ。君の無言の抵抗は無・駄・だ。さっさと行くぞ」
「む、ムカつくー!」
この男あえて無駄って使ったな。
レイチェルの声が公爵邸に響き渡った。




