17.乱入者
なんか疲れた。もう部屋に戻ってもいいだろうか?
…………うん?
レイチェルは扉の方を見た。何やら部屋の外が騒がしいような。
……バタ…バタ…バタバタ
こちらに足音が近づいてくる。
『なりません!お待ちください!』
バンッ!
廊下から誰かを呼び止める声がしたかと思ったら派手な音を立てて扉が思いっきり開いた。
「レオン!!!」
部屋に駆け込んできたのは筋肉質のガッシリした一人の男……いや、その後ろには男に手を引かれる可愛らしい女性が一人いた。
「娼婦の娘と結婚したって本当か!?」
部屋にズカズカと入ってきた男は執務机の側に立っていたレオンに詰め寄りながら言った。
「本当だ。そして彼女が私の妻のレイチェルだ。公爵邸にズカズカと踏み込んだことは怒っていないが、公爵夫人に挨拶くらいしたらどうだ?ブルック」
「……俺は認めない」
「陛下も認めた私の妻を認めないと?」
「…………………………」
ブルックと呼ばれた男はレイチェルの方に体の向きを変えた。しかし、足元を見ながら屈辱とばかりにぶるぶると震え歯を噛みしめるばかり。よっぽど挨拶したくないようだ。
はあとため息を吐いたあと、レオンが仕方ないとばかりにレイチェルに彼を紹介する。
「私の幼馴染のブルック・ベルガン侯爵令息だ」
紹介されようとも尚言葉も発さず会釈もしないブルック。レイチェルは彼から視線を外しレオンに視線を向ける。
「公爵様」
「レオンと呼ぶといい。敬称も不要だ。何度も言うがいい加減敬語もやめるように」
「……ではレオン。公爵夫人として夫たるあなたの友人を私も友人と思わなければならないのかしら?」
今のこの状況もブルックとやらが何をしに来たのかもよくわからないがこいつは敵だ。それだけは間違いない。人の顔もまともに見ない、いきなりケンカ腰のやつとは仲良くできるはずもない。
「公式の場で笑顔を浮かべ挨拶さえできれば上出来だ」
「では別に仲良くする必要はなさそうねベルガン侯爵令息様。今後は社交界の場でお互いに社交辞令という仮面をつけて顔を合わせましょうね?」
「な!無礼な!」
どちらが無礼なのかと思うものの貴族なんてそんなものだ。平民の言葉は自分褒め称える言葉しか認めない。それ以外は何を言おうとも全て無礼扱いだ。
どうせこの後は罵詈雑言の嵐だろう
…………と思ったが何も言われない。
ブルックに視線を向ければぽーっと自分の顔を見つめているではないか。
思わずくすりと微笑めば彼はその音にはっと気づいたよう。顔を赤らめると慌ててレイチェルから視線を逸らす。
「私を気に入らないようですが、顔だけは合格です?」
「か、顔はな……」
こちらの言葉など無視すればいいのに正直な男だ。律儀というのか、なんかちょっと可愛いかもしれない。レオンの許可なしに部屋に入っても咎められないということは余程仲の良い友人なのだろう。
――と、こちらの男のことはいい。
レイチェルが気になるのは入室してからずっと黙ったままブルックに腕を掴まれている女性のほうだ。
あなたはだあれ?
そんな思いでブルックの背後に視線を向ければ彼女はぶるぶると震えていた。
「マリアを怖がらせるな!」
えーーーー……何もしてないんですけどぉ。
というか
「誰よ?早く紹介してよ」
あ、心の声が出ちゃった。信じられないと言わんばかりに目を見開いたブルックはレオンを見るが彼はふいと視線を逸らす。
「……彼女はマリア・エンラ伯爵令嬢だ。私やレオンの幼馴染だ。そして…………レオンの婚約者候補だった女性だ。貴様が現れなければ今頃2人は婚約していたというのに!」
ぼおっとブルックの瞳に怒りの炎が灯る。
なんとも熱苦しい。
「いや、知らないし」
おっとまた心の声が口に出てしまった。わざとらしく口に手をあてればブルックの顔が怒りで真っ赤に染まる。
「貴様が……貴様がレオンを誑かしたんだろうが!?」
獣の咆哮のような怒声が室内にビリビリと響き渡る。普通の令嬢であれば怯むであろうが生憎自分は令嬢でもなく怖くなどない。レイチェルはふ、と笑うと彼に向かって一歩足を踏み出す。
「な、なんだ……」
美しい顔が近づき別の意味で顔を赤らめるブルック。なんとも色々と騒がしい男だ。からかいたくなってしまうじゃないの。
「レオンも1人の男なんだもの。仕方ないじゃない」
「な、なななななな」
「天から授かった美貌とこのスタイル」
レイチェルの手が艶めかしく自らの頰から徐々に降りていき首胸腹部へと移動する。ごくりと鳴るブルックの喉。
「惚れちゃう男の気持ち……あなたにだってわかるでしょう?」
「お、おおおおおおおおお俺は見た目になんか騙されんぞおおおおおおお!」
そう叫ぶ彼の目がチラチラと向くのは背後のマリアだ。
なぁるほどぉ。ちょっと状況が読めてきた。
マリアを見れば視線が合い再びぶるぶると震え出す。だがレイチェルは見逃さなかった。彼女の目に妬ましいと言わんばかりの嫉妬の炎が宿っていたのを。
愛しい女の為に男は自分の心を隠し彼女に幸せを与えようと行動し、
愛する男を手に入れるために女は他の男の心を利用する。
「泣けるねぇ」
ボソリと呟くレイチェルの言葉は誰の耳にも聞こえなかった。
「レオン!お前の事情はわかっている!だが結婚は愛する者とするべきだ!すぐにこの女とは離縁し、お前が本当に愛する女と一緒になるべきだ!」
「お前はさっきから何を言っているんだ?」
レオンは呆れるばかりでまともに相手をするつもりはないようだ。
「レ、レオン様……。あの……こんな結婚間違っていると思います。私……レオン様が不幸になるのを黙って見ていられません。私、私……」
目に涙をため熱い眼差しでレオンを見つめるマリア。
ふむ。なかなか肝の座った強かそうな女性だ。だが生憎少々涙の出来が悪い。そんな相手を思っているように見せかけた自分の言いなりにしようというお安い涙に騙されるのは単純な男や正義感に溢れる女性くらいだ。だけどその欲しいものを手に入れるためのガッツは嫌いじゃない。
だがレオンはマリアに一瞥もくれない。それどころかさっと椅子に腰掛けると時間の無駄とばかりに書類を捌き始める。
「ブルック。今日は初夜なんだ。意味の分からないことを言っていないでさっさと帰ってくれないか?」
あなたのことを思って泣いていますアピールを健気にする女を前にして無神経に吐き出された言葉にレイチェル含め皆が目を点にする。
「しょ、しょしょしょしょ初夜!?」
「仕事のせいで1ヶ月程経ってしまったが初夜は初夜だろう?」
顔を真っ赤にするブルックと冷静なレオン。普通反対の反応だろうに。破廉恥だ不潔だとわあわあ騒ぐブルックにより部屋は騒然となるがマリアの声がポツリと響く。
「レオン様その女と夜を過ごすの……?」
なんとも切ない声に部屋は静まり返る。
が
「?夫婦なのだから当たり前だろう?」
雰囲気も女の気持ちも理解するつもりのない無神経男レオンは平然と答える。今日初めてマリアに対し発された言葉は彼女にとって酷く残酷なものだった。




