15.醜い足掻き
ストンと急にマヤは自ら床に座り込み顔を両手で覆う。
「仕方なかったのです……だって、だって……」
指の隙間からうるうるとした目がしっかりとレオンを見上げる。本人は可愛いつもりなのかもしれないがレオンは気味悪そうにそっと視線を逸らす。
「私……公爵様をお慕いしているのです……。だから……奥様が羨ましくて……。でも公爵様がお悪いのですよ?」
「は?」
何を言っているんだとレオンの眉間に皺が寄る。
「……公爵様が素敵過ぎるのです。私をこんなに夢中にさせるなんて……悪いお方……」
手を顔から離しぽっと頬を赤らめながら熱っぽい瞳で真っ直ぐレオンを見つめるマヤ。本人は自分に酔いしれているようだが周囲の者達はドン引きだった。
「こんな時にアプローチ!リリアこの子ヤバイよ!心臓が鋼でできてるよ」
「奥様激しく同意致しますが黙っていてください」
こそこそとリリアの耳元で囁くレイチェルの言葉ははっきりと部屋にいたレオンの執事や侍女たちにも聞こえた。彼らは心の中で静かに頷いた。
「公爵様……私を奥方になんて申しません。でも……お側にいたいのです。私をあなたの側女にしてください。公爵様が望むことはなんでも致しますから」
「ねぇリリアなんでもするってあれかな?夜のテクニックのことかな?」
「だと思われますが……奥様黙っていましょうか?」
「え、だって素人がどんな技持ってるか気にならない?」
「気になりません」
レオン以外は全く目に入らぬ様子のマヤにはレイチェルとリリアのやり取りはまたもや耳に入らなかったよう。だが、他の者の耳にはがっつり聞こえた。
やめてくれ。ちょっとあれやこれやを想像してしまったではないか。
「ん、んんっ!」
レオンの咳払いにはっとした彼らは巨大化していた耳を元に戻し背筋を伸ばす。
「私は妾などいらん」
「そんな……!」
「レイチェルだけいれば十分だ」
「その女は公爵様にふさわしくありません!」
先程までの弱々しい可憐なヒロインぶった態度はどこへやら、眦を吊り上げながら立ち上がりレオンに叫ぶ。
「血筋も悪いし態度も悪い!頭も悪い!ご存知ですか!?あまりにも頭が悪すぎて教師の方々に見捨てられたんですよ!」
「私は彼女が優秀すぎて教えることはないから来なくなったと聞いているが?」
「は?」
レオンの言葉に思考が一瞬フリーズするマヤ。そんなわけない。だって一週間程で見かけなくなったのだ。1週間であらゆる知識を詰め込めるわけがない。
「奥様はゲランで素晴らしい師に教えて頂いていたようでして、必要な知識はほとんど頭に入っておられました。語学に関ましてはレオン様以上かと」
リリアの補足に目を細めるレイチェル。
ああ懐かしい。メフィストに来訪した知識人たち。ああいう頭の良い人達っていうのはなんというのか変人的なところがあって、知識を披露したかったのか喋る喋る。
レイチェルがその知識をスポンジかと思う程吸収していくことに気づいた彼らは姐さんそっちのけで色々と教えてくれる時もあり、こいつらは正気かと思ってしまった。
まあおかげで色々と覚えられたので自分的にはラッキーだったのだが。
普通であれば国のトップの頭脳を持つ人達の難解な話など理解できないものなのだが、レイチェルはそれに気づかない。
なぜなら彼女もちょっと変わり者だから。
「うむ……。美しさ、頭脳どれも君以上のものを持つ妻がいるのに君を側に置く必要などあるか?」
「そ、それは……。あっ……と、た、たまには質素な女も食べたいかなーなんて……。豪華なものばかりでは胸焼けを起こしてしまいますでしょう!?それにほら、私の実家の方がお金持ちですわ!公爵様を助けてあげられます!」
自分の方が勝っているものを見つけた途端誇らしげに胸を張るマヤに呆れと同時に強い憤りを感じるレオン。
うるさい女だ。
気づけば組んでいた脚が小刻みに震えている。思ったよりも自分は苛立っていたようだ。ふーっと息を吐き震えを止める。
「いらん。私が求めるのはレイチェルだ」
そうはっきりと言い切ったレオンにマヤだけでなくずっと黙っていたムーリャまで顔を青褪めさせる。完全なる失恋だ。
「お気の毒様だねー」
ボソリと呟けばリリアに睨まれた。怖っ。レイチェルはとりあえず口を閉じることにした。
「私の妻に不敬を働いたんだ。さっさとこの公爵邸から出てゆけ」
レオンの言葉にポロリと涙を零す2人。
ちょっと嫌がらせをしたくらいで、なんでこんなことに……?皆だってこの女にいなくなって欲しかったはず。皆の代わりにやってあげただけなのに。
結婚して放置だなんて愛していない証拠じゃないの?なんとも思ってない女の為に何年も働いて支えてきた自分を切るというの?
そんなのおかしい。
それじゃあまるでレオンにとって自分よりもその女の方が大切みたいではないか。
おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしい。
「おか……」
おかしいと口に出しかけて気づく。
レオンがちらちらとレイチェルの様子を窺っていることに。
その目が自分たちを見るときのような無機質な目ではなく、戸惑いや不安といった感情があることに。




