13.嘘
僅かにざわつく公爵邸。異様な雰囲気に使用人たちは仕事をしながらもちらちらと公爵がいる執務室に視線を向ける。
「公爵様ぁ奥様ったら酷いんですぅ。シェフが一生懸命作った食事を何が気に入らないのか新しく作り直させるんですよぉ」
「私は仕事中に何回もぶつかられてぇ酷いこと言われてぇ……まるで使用人は人間じゃない、視界に入らないって言われてるみたいでぇ……本当に悲しかったですぅ」
そんな声が公爵の執務室の前まで引き摺られるように連れてこられたレイチェルの耳に入る。扉の外にまで聞かせたいと言わんばかりの大声とあなたはだあれ?と思う程の舌っ足らずの猫なで声に笑いそうになる。
それにしても、物は言いようである。
食事を作り直させたのもぶつかったのも事実。それにプラスして自分の都合の良い解釈を付け加えるとはなんとも卑怯なり。
横を見れば牙と角を生やしたリリアの姿。お怒りのようだ。彼女だって別に私のことなど好きではないだろうに、意外な反応である。扉の前で突っ立っていても仕方ない。一歩足を踏み出し扉を2回ノックする。
「あ・な・たぁ?お金で競り落とすほど愛しい妻が挨拶に参りましたよー!入ってもよろしいかしら?ダメって言っても入りますけどー」
「……入りなさい」
やや間があったが入室許可の言葉を頂けたので扉のノブに手を伸ばす。リリアが私がと焦っていたが首を振り自ら扉を開く。
扉を開け目に入ったのは執務用の椅子に腰掛ける公爵とその背後に立つ執事のリチャード。そして彼らと執務机越しに向き合うメイドのムーリャとマヤの姿。
部屋に足を踏み入れればリチャードが頭を下げたのでこちらも軽く下げる。ところでこれはどこに立てば良いのか。公爵の前は空いていないし……とりあえずこちらを憎悪たっぷりの目で睨み付けるマヤの隣に立つ。
「待て」
うん?何かおかしなことでもしただろうか?レオンは首を傾げるレイチェルではなくムーリャとマヤに視線を向けている。それが嬉しいのか2人はポッと頬を赤らめている。
なんか腹が立つ。
「なぜそこをどかない?仕えるべき主人になぜ挨拶をしない?」
「え?いや、だって……今は私たちが公爵様に話をしていて……」
「お、奥様にされてきたことが怖くて動けなかっただけです……」
予想外の言葉にしどろもどろになりながらも言葉を吐き出す2人に、公爵は咎めるような視線を向ける。ビクリと身体を震わせた2人は頭を下げながらレオンの前をレイチェルの為に開けた。
「レイチェルこちらに」
そう言われレオンの前に立つ。うーむ。真正面から夫の顔を見るが特になんの感情もわかない自分は冷たい人間なのだろうか。
「いきなり1ヶ月も留守にして申し訳なかった」
「ふふっ謝る必要など。娼婦街から来た私がこの公爵邸でいきなり一番上の立場として過ごせたのです。とても快適でしたわ。ですが今日からは2番手 ……」
はあとこれみよがしにため息を吐くレイチェル。本気とも冗談とも判別つかぬ言葉にその場は冷たい空気が漂う。
「あら?何か間違ったことを言いましたか?」
「…………いや、間違ったことなど言っていない。私が不在時のこの公爵邸の主は君だ。だが一つ言うのであれば夫婦とは対等。私がいようといなかろうと君もここの主人であることを忘れてはいけない」
「対等……」
彼の端正な口から紡がれるお綺麗事。その言葉は彼の本心なのか使用人たちの前だけの上っ面の言葉なのかはわからない。
彼をじっと見るも表情も瞬きの回数も目の動きも何も変わらない。
娼館でも様々なお偉い様方を見てきたが、これだけ内面を隠せる者は珍しい。流石若くとも公爵ということか。だがふと公爵の喉元が不自然に動く。唾でも飲み込んだのだろうか。
「私も君もここの主人だ。そして…………上に立つ者はその身分に相応しい言動を心がけなければならない」
「使用人に傲慢な態度を取らないとか?虐めないとか?」
「傲慢はさておき、過度な躾は誰であろうと頂けない。君も聞こえていただろうがこの2人から君に嫌がらせをされたと訴えがあった」
よおく聞こえましたとも。卑怯な妄言が。今も2人して僅かに顎を上げニヤニヤと笑っているのがよおく見えますよ。自分達の言葉が信じてもらえると確信しているのだろう。
なぜそんな自信があるのかわからない。親に盲目的に愛されて育ってきたのだろうか。
「君の言い分は?何か物申すことはあるか?」
「まあ!私の言い分を聞いていただけるなんて嬉しい」
ふわりと微笑むレイチェルはレオンを真っ直ぐに見つめる。その目の奥は笑っていないが。見つめ合う?夫婦に焦れたのかムーリャが声を上げる。
「証人もいるんです!」
今連れてきます!と慌てて部屋を飛び出していくムーリャ。レオンの許可なしに動いた彼女にリリアとリチャードの眉間に深い皺が刻まれたのをレイチェルは見た。




