12.企み
あーイラつく、ムカつく
休みの日以外は毎日早起きして、洗濯して、掃除して、食事を運んでと人の為に尽くす生活。それが愛する公爵様の為であればそれらの行動も尊いもので全く苦にならなかった。むしろ幸せだったのに。
不在中だろうと帰宅した公爵様が気持ちよく過ごせるようにと頑張れたのに。
今はあの女のせいで全てが苦痛で仕方がない。なんであの女のためにこんなことをしなければならないのか。
だからこんなことを自分がしてしまうのはあの女が悪いのだ。
レイチェルに食事を届けるワゴンを運んでいたムーリャは足を止め、ポケットからハンカチを取り出す。開けばそこには毒草が。
乾燥した毒草を握りつぶしコーンスープにふりかける。
命に別状はないが腹痛や嘔吐が止まらなくなるはず。苦痛に歪むあの女の顔を思い浮かべれば思わず笑ってしまいそうになる。なんとか声を出すのを堪えながら再び歩き始める。
口元には醜い笑みを浮かべたまま。
「見ぃちゃった!」
「あら何のこと?」
廊下の曲がり角から姿を現したのはマヤだ。その口元はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。
「気持ちはわかりますよ?私は証拠が残るようなそんなやり方はしないですけど」
「……何?馬鹿にしてるの?」
ムーリャはマヤを思いっきり睨みつける。前から気に食わなかったのだ。平民のくせに公爵に熱い視線なんか送っちゃって。公爵の前に立つ時にいつも腕で胸を寄せる下品な平民女。
「違いますよぉ。一緒にあの女を潰しましょうよ。少し考えがあるんですけど、一人じゃちょっと信憑性にかけるっていうか……。こんなことしちゃおうと思うんですけど―――――――」
話を聞き終えたムーリャはへーと感心する。なかなかいい考えだ。きっとあの女は捨てられる……顔がニヤけるのを止められない。
「その顔は同意してくれたってことでいいですよね?」
ゴホンッと咳払いして慌てて取り繕う。表情を指摘してくるなんてやっぱり嫌な女だ。だが返事はもちろん決まっている。
「あの女が出ていくまでは協力してあげるわ。貴族の令嬢たる私があなたごときに協力してあげるんだから感謝してちょうだいね」
上から目線の言葉に一瞬マヤは無表情になるがムーリャは気付かない。すぐに笑顔を作ったマヤとムーリャは互いの手を軽く握った。
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本日の公爵邸は朝から使用人たちが忙しなく働いている。いつもしっかり働いているのだがいつも以上に熱が入っている。目の本気度と腕の動きがいつもと違う。
「そんなに皆ご主人様のことが好きなのかねー」
2階の手摺に頬杖を付き1階の玄関ホールを見下ろしていたレイチェルは自分だけのときとは大違いだと苦い笑みを漏らす。
「好き嫌いの問題ではございません。仕える主が帰宅されるのです。少しでも綺麗な空間でお迎えしたい、綺麗な部屋で疲れを癒して欲しいと思うのは使用人として当然のことです」
「暑苦しい程の愛じゃーん」
リリアの返答に呆れるレイチェル。今日の午後に公爵が帰宅するらしい。婚姻届にサインをしてから1ヶ月。それから顔を一度も見ていないので1ヶ月ぶりの再会だ。
別に嬉しくともなんともないが。
陛下から婚姻の許可が下りたとは聞いていたので一応夫婦ではあるのだが、レイチェルの中では他人とそう変わらない。
なんなら顔もぼやーんとぼやけた顔しか浮かばない。
「レイチェル様もうそろそろ部屋に戻りましょう」
「はいはいリリア。出迎えは不要なんでしょ?」
「その通りです」
公爵は使用人にも出迎えは不要と言っているらしい。わざわざ自分が帰ってくる前に並び挨拶だけして解散だなんて時間の無駄でしかないという主張らしい。
自室に戻ったレイチェルは爪の手入れを始める。今日の気分は赤だ。こう気合が入る気がするから。だって帰ってきたら挨拶に行かないといけないらしいし……。
「帰ってきても挨拶って要らないんじゃない?公爵様風に言うなら時間の無駄?部屋に行く必要ある?夕食を一緒に食べるんでしょ?その時でいいと思うけどなー」
人差し指にマニキュアを塗りながらぼやくレイチェル。正直に言おう。挨拶なんてめんどくさい。公爵邸にいきなり花嫁を置き去りにして1カ月も留守にするような男なんて放置で良いではないか。
「……お気持ちは理解できますが、レイチェル様は奥様です。一応挨拶に伺うべきかと」
「えー……時間の無駄だから今後は結構とか言いそうじゃない?」
「その時はラッキー!と思えばよろしいのでは?」
「おー!なるほど」
そんなことを話していれば完成する赤い爪。
うん綺麗に塗れた。情熱の赤だ。
見ていると気合が入…………
らない。
目の前のテーブルに突っ伏すレイチェル。いつもならお行儀が悪いと叱責が入るが今日はない。一応リリアなりに気を使ってくれているようだ。
はああああ。
盛大にため息を吐く。リリアからお小言を喰らわないためにあくまで心の中でだが。
『……ませ……様』
『お疲……』
部屋の外の空気が変わったのにレイチェルは気づく。歓迎するかのように明るく、だが同時にぴりりと引き締まるような空気だ。
「公爵様がお帰りになられたようですね」
「だよねー」
「少しお化粧をしてから参りましょう」
テーブルから顔を上げたレイチェルの顔にそっとリリアが手を添える。唇にほんの少しだけ薄く紅を塗る。リリアは心の中で感嘆の声を上げる。
本当に美しい。
自分もそれなりに美人だと思うが彼女の前では霞むだろう。
ぼーっと自分を見つめるリリアに首を傾げるレイチェルだったが――
『『公爵様お聞きください!』』
そんな声が聞こえ身体をビクリと震わせる。
え、何事?
近くにある公爵の執務室から声がしたようだが。
「しまった!行きますよレイチェル様!」
いつもの優雅さはどうしたのかむんずとレイチェルの手を引いてリリアは駆け出した。リリアは気づかなかったが彼女の背後ではレイチェルがニタリと一人ほくそ笑んでいた。




