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3章 15

四人でお茶を飲んで気を紛らわせていると、王宮の侍女からアマーリエ様の元へ来て欲しい、と言われて私たち三人は御前に侍る。

本来、王女殿下の寝台に他国の者が居るなどあり得ないのだが、

今回は私室ではなく医務室であること、また、状況確認をする必要があるためにあの場に居た者たちの代表として、トネリ様やアヤメさん、ソウビさんも一緒だ。


医務室とはいえ、病院のような殺風景ではなく王族用の華やかな部屋だ。

会議が出来るように机や椅子もある。

ベッドも天蓋があり、衝立も用意されていて、面会者に対峙せずとも会話ができるようになっている。


私たちは衝立の中に、遠慮した皇国の三人は衝立の外に控える。

 

アマーリエ様の顔は青白く、唇も血の気はない。

クッションで支えて上半身を起こしているが、相当無理をされているのではないか。


そのような状況にも関わらず、アマーリエ様は明後日、本隊と共に出国すると言い張る。

延期になると思っていた私たちは、一様に声をあげる。


いまはご静養されるべきです。

お身体が心配で送り出すことなど出来ません。

無茶はなさらないで下さい。長旅はお体に触ります。

せめて賊をすべて捕らえ、反対派が処分されてからのほうがよろしいのでは?

途中で悪化されたらどうなさるおつもりですか。

道中で王国と同じ医療が受けられる保証は無いのですよ。


誰もが、アマーリエ様の出立を止めようとした。

だが私たちの言葉など、アマーリエ様は意に介さない様子だ。


眉を下げ、困ったように微笑む。

「ご心配ありがとう。

 でも、私が出向かわなくては、皇帝陛下や皇子殿下がどうお思いになるかしら。」


アマーリエ様はご自身の体よりも、王女として役割を果たすことを優先している。

ヤズマ皇国の皇帝や、婚約相手である皇子のことを、なによりも気にかけていた。


「ご説明すれば分かって下さる方です、ご安心ください。

 使者はまだまだ往来いたしますから、アマーリエ様も次回の使者と共に皇国に向かわれれば良いのです。」

「無理してヤズマ皇国に向かわれても、慎重な行動を是とする皇帝陛下はお慶びにはならないかと。

 もちろん、皇子殿下も。」


皇国の人間である、アヤメさんとソウビさんの言葉で、アマーリエ様の心は揺れたようだ。


道中、王女として皆に迷惑をかけるわけにはいかない。

そうも考えているアマーリエ様は、回復を待ちたい気持ちもあるのだろう。

瞳からは迷いが見えた。


「でも…。」


煮え切らない様子のアマーリエ様に、トネリ様がおずおずと顔をのぞかせる。

アマーリエ様が目で促すと、トネリ様は遠慮がちに衝立の中、とはいえ入り口のためアマーリエ様から一番離れた場所に移動した。

そして咳払いをしてから、アマーリエ様をしっかり見つめて口を開く。



「それならば、私が残りましょう。」


私たちは、思いがけない顔を見合わせる。

なぜトネリ様が残ることになるのだろう?

アヤメさんやソウビさんなら分かるけど。

そう思いながら衝立の外にいるアヤメさんとソウビさんを見ると、やっぱり、と言いたげに苦笑いを浮かべていた。


アマーリエ様は怪訝な顔をしながら問う。

 

「使節団はよろしいのですか、全権大使の立場でございましょう?」


トネリ様は晴れやかな笑みを称えながら、優しく首を横に振る。

 

「なに、副使もおりますし国に書物を持ち帰り報告するだけです、問題ありません。

 

 大使の代わりはいても、貴女様に寄り添う夫の代わりは居ますまい。」


え?



状況が飲み込めずに思考が停止したのは、私だけではなかったようだ。

パウラ様もクラウディア様もぎょっとした顔だ。アマーリエ様も唖然としていらっしゃる。

ぎこちなく衝立の外に目をやり、説明を求める。

察したアヤメさんがトネリ様の横に並ぶ。


「トネリ様こと、サワノミヤ様は皇位継承4位の皇子殿下であらせられます。

 アマーリエ様の背の君となられる方でございます。」


朗々と告げる声は、やっと真実を伝えられたという喜びさえ感じられた。

 

背の君。

前世と意味が同じならば…

驚愕のあまり言葉が出なかった。


一方、状況が飲み込めないパウラ様とクラウディア様。

皇子であることは受け入れても、疑問が残るようだ。

対して、まさかとアマーリエ様は目を丸くしながら口元に手をやる。


「サワノミヤ様?」


パウラ様の小さな呟きを聞き逃さず、アヤメさんが説明をする。

 

「名字のようなものだとお考えください。

 皇国では貴人の本当の名前は口にしてはならないため、私からは申せません。

 サワノミヤ様かトネリ様とお呼びくださいませ。

 儀式を終え背の君となられたら、アマーリエ様には名をお伝えするかと。」


本名を言ってはならない。

やはり前世の記憶と同じだ。

これならば留学しても古典や歴史の知識があればなんとかなりそうだ。


クラウディア様は、アヤメさんの発言を理解しかねると言った様子で聞き返した。

「背の君とは?」

「配偶者のことですよね。」


古典のことを思い出していたからか、クラウディア様の疑問に思わず応じてしまい、今度はアヤメさんが驚倒する。

なぜ分かるのか?と問われそうになるも、私の返事を聞いて、すべてを理解したクラウディア様が震える手で扇を落とし、アヤメさんの意識が逸れる。

パウラ様も、固唾を飲んで押し黙っている。


「つまり、それは…」


私たちは恐る恐るトネリ様を見る。

トネリ様は軽く目を閉じ、ゆったりと頷かれる。

それから、今まで見たことのないくらい優しくアマーリエ様に笑いかける。


「国許には皇位を継げる兄達も、弟たちもいます。

 今すぐ戻る必要はありますまい。

 アマーリエ様に我が国に慣れていただくため、婚儀より早く来て頂く予定でしたが

 私がこちらに残り、親睦を深めるのも良いでしょう。」


トネリ様がアマーリエ様の結婚相手!

 

パウラ様とクラウディア様は驚きのあまり叫びそうになるのを、必死に抑えているようだ。

口元を覆ったままのアマーリエ様の頬に、ほんのりと朱がさす。


「アマーリエ様、トネリ様がご婚約者様とご存知なかったのですか?

 ご婚約者様について話を聞いたりなさらなかったのですか?

 お名前とか、お姿とか?」


信じられない!とアマーリエ様を質問攻めにするパウラ様。

クラウディア様も私も、うんうんと頷く。

婚約者の名前を知らない私が同意するのもおかしいが、国家規模の婚約で当事者も同意しているのに、隠されるものだろうか?

アマーリエ様が関心が無いとは思えないし、アヤメさんたちから話を聞く機会はいくらでもあったはずだ。


「一度名前は尋ねたわ、でも皇国につくまで教えられないと。

 外見等は先入観を持たぬよう、あえて聞かなかったの。

 皇国の文化で皇族の肖像画も無いようですし。」


いつもより饒舌に話すアマーリエ様。

驚きのあまりか、少し血の気が巡り顔色が良くなったようにも見える。


「トネリ様がただの全権大使ではないことは勘づいておりましたわ。

 立ち振るまいがかなりの高位貴族か王族のようでしたもの。


 でもまさか、婚約者だったなんて。思ってもおりませんでしたわ。」


微笑む余裕も出てきたようで、私たちは安堵する。

このご様子ならば、体調が悪化することはなさそうだ。



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