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2章 22

困憊しきった商会長と対面したのは、それから二日後のことだ。

公爵家が職人や商人が店を構える街に持つ、こじんまりとした別邸の1つだ。

とはいえ、前世の記憶と比較すれば豪邸なのだけど。

公爵家の方々がお忍びで外出する際に使用したり、使用人たちが街に使いに出る際に拠点としたりするそうだ。



 

商会長は職人たちをまとめきれないこと、予定通りに製作が進んでいないことを詫びながらも

反対している職人たちに対する苛立ちを隠しきれていなかった。


「給与に不満なら話は容易いのです。納期ならば工夫で乗り切れられるでしょう。

 ですが理由がわからない以上、手だてがないのです。

 国家行事に貢献することで、どれだけの経済効果があるのか、彼らは分かってないのですよ!

 貧しくはないが豊かとも言えない職人たちの生活を脱却するための販路も開けるというのに、なぜ分からないのか。

 職人こそが富める者にならねば、国は発展しないのに。」


商会長は自身の利益だけではなく、職人たちのことも国のことも考えている。

悪い人物とは思えないが、なぜ職人たちは彼に理由を伝えないのだろうか。


商会長は、ハッと我に返り私たちに商人らしい笑顔を見せた。

 

「反対している職人たちは公爵邸で対面した職人よりも、碎けた話し方をする方々です。

 悪意はないので、驚かないでください。」


反対理由が分からないため、身分を明かさないように念を押される。

護衛は商会長の付き人や、この場所で働く従業員に変装する。

そして私たちは、今回の製作を依頼した皇女からの使者として紹介されることとなった。

それならば貴族であることは察せられるが、爵位までは分からないはずだ。

おそらく侍女か文官あたりと思ってくれるだろう。

職人たちには、会合場所が公爵家の別邸だということも伏せられている。




商会長の案内で、会議室へと向かう。

パウラ様は以前来たことがあるのか淡々としていたが、クラウディア様は公爵家の別邸に興味津々といった様子だ。


会議室のドアが開くと、大きなテーブルに座り心地の良さそうな椅子が並んでいた。床には絨毯が敷かれ、窓には複雑な織り方をしたことが一目で分かるカーテンが掛けられていた。

職人たちは既に会議室に集まっており、私たちを値踏みするように上から下までじろじろ見てきた。

敵愾心に満ちた表情、遠慮のない視線にたじろぎそうになるが、二人は対外用の笑みを浮かべていた。 


「みなさま、お忙しいなかお時間を頂きありがとうございます。」

パウラ様が口火を切り、優雅に頭を下げる。花が綻ぶような笑みに、職人たちは毒気を抜かれたようだ。

商会長が、私たちを職人に紹介する。忌憚ない意見がきけるよう、家名は伏せたままだ。

「職人たちの話を聞きたいと、来てくださったお三方だ。パウラ様、クラウディア様、テレーゼ様。意見はしかと王宮ににお伝え下さる。

 なんでも話して欲しいとのことだ。」


私たちが着座する間に、職人たちは目配せをし合う。

年長の職人が、溜め息をついてから仕方無さそうに口を開いた。

「お前…いや、パウラ様っていったか。ほんとなにを言っても、不敬だなんだって問われねぇんだな?

 国王陛下に逆らうなと言われるのも困るがよ、お貴族様みてぇな話し方なんざ無理だぜ。」

「もちろんです。率直な意見が頂きたいので、自由におっしゃってください。」

職人たちは少し安心したのか、空気が緩むのを感じた。

年長の職人も安堵からか、饒舌になる。

「俺らは、お貴族様が何と言おうがヤズマ皇国柄の扇なんか作りたくねぇんだ。いや、ヤズマ皇国に限らずだな。他国の柄の扇を作るのは流儀に反する。

 俺らの国の伝統っつーか、作ってきたものを守っていきてぇんだよ。

 いまの扇を貿易品にするってなら、いくらでも協力するつもりだ。

 文化の折衷とやらもわかるけどよ、うちのものとヤズマ皇国のものとで全く違うなにかが産み出されるならいいが、絵柄だけ受けが良いように変えるってのも、なんか一方的に相手にすり寄る感じがいけ好かねぇんだよな。

 俺らには学が無いから、うまく言えねぇけど、伝わるか?」


正しく伝えられたかと少し不安げに眉を寄せた職人に、私たちはしかと頷く。

わがままでも、ヤズマ皇国の噂を鵜呑みにした差別的思考でもない。

職人の矜持に基づく、きちんとした意見だ。


「それならそうと、言ってくれれば良かったのに。」

「商会長に言っても、どうにもならんだろうよ。儲かるほうの味方だろ。それに責任者と話す方が早いからな。」

二人の会話を聞きながら、必死に対応策を考える。



「でしたら使者様の式典が終わるまでは、国内向けと他国への輸出用を全てお任せしてはいかがでしょうか。

 その分賛同頂けてる方たちに、式典用をお願いすればよろしいかと。」

クラウディア様が小首を傾げながら発言したが、パウラ様が難しい顔をする。

「そうしたいですけども、式典に間に合うか心配ね。

 仕事量も、国内での資材の供給量が変化することも、承知して貰わなければならないわ。

 それに、式典が終わったあとのことも考えなければ。」


式典で手一杯になっていたが、その後のこともしっかりと考えなくてはならない。

お針子たちの式典後の身の振りも、もっとよく検討しておかなければ。

私は職人たちに、どうしても気になることを問いかける。

「同業者の中にはご賛同頂いてる方もいるのですが、その方々が式典用の扇を製作するのは問題ありませんか?」

「そりゃ構わねぇけどよ。

 国家行事だからってそっちにだけしか材料が届かなくなるとかは無しだぞ。商売道具が作れなきゃ収入が無くなるからな。

 あとよ、賛同しなかったからって国から不当な扱いを受けるのなも無しだ。

 俺らはべつに、ヤズマ皇国が嫌で反対してる訳ではねぇからな。使者が通るときに、沿道でヤズマ皇国の国旗を持って手ぇ振ってくれってなら振るさ。

 伝統をねじ曲げて迎合するようなことはしたくねぇだけだ。」


材料については全く今まで通りとはいかないが、入手出来なくなる訳ではない。

値段は変わらないようにすると、商会長が断言してくれた。

協力したか否かで職人たちの扱いの差が起きないことも説明した。

職人たちは少し安心したようだ。


「我が国の扇で、色味だけあわせて頂くのは可能でしょうか。」

「色味?」

「皇国の国旗の色やシンボルカラーの扇です。

 式典で若い貴族や一部のご婦人方はヤズマ皇国の伝統文化を準えたドレスを着用しますが、それ以外は従来のドレスなのです。

 彼女たちなかでも保守的な方々は今まで通りの扇を持ちますから、その際に色味だけヤズマ皇国に歩み寄るというのはいかがでしょうか。」


職人たちは、ふむ、と腕組みをする。満更でもなさそうだ。


「今まで製作してきたものと、作り方もなにも変えなくて良いんだな?

 絵柄を変える必要も無いのか?」

「えぇ、今までお作りになられてきた扇のなかにも今回の式典で使用できそうな色味のものはありました。それを納品して頂くという形式にしてはいかがでしょうか。」

「まあ、それなら悪くはねぇな。」

周りの職人たちも、頷いている。

年長の職人が、少し声を潜めて言う。

 「俺らがヤズマ皇国柄の扇作りに協力しなくても、あいつらは大丈夫なんだな?」



商会長は眉を八の字にし、パウラ様は難しい顔をした。

私は二人に小さく頷いてから、返事をする。


「正直、厳しいと思います。

 そのかわり彼らには行事のための納品に専念していただいて、式典までは従来通りの国内用の扇を全てみなさんに作って頂きたいのです。

 国内用の需要は変わりませんから、供給量が減ることは避けなければ。」

「式典後は元に戻すんだな?」

「式典後も、皆さまにお作りいただく扇は今までよりやや多めになるかと。

 彼らにはヤズマ皇国柄の扇を、交易品として製作してもらわなければなりませんから。

 もちろん、伝統的な扇も交易品として扱います。」


「つまり、仕事量が増えるってことか。」

「えぇ。収入も増えます。

 でもそれが長く続くのか、一過性のものとなるかは、ヤズマ皇国で扇がどれだけ受け入れられるかにもよります。」


今度は職人たちが険しい顔をしながら、囁き合う。

「新しく職人を育てるか様子見するか、難しいところだな。」

「とりあえず見習いのやつらを早いとこ一人前にするのが、手っ取り早くて良いんじゃないか。」

「全部は無理でも、一部の作業に特化させるか。」


否定的な話は出ていないようで、そっと胸を撫で下ろす。商会長も明るい表情だ。

パウラ様が一歩前に出ると、職人たちは話をやめ注視する。

「皆さまにはご迷惑をおかけして申し訳なく思っております。

 ですが、どうかご協力頂けますでしょうか。」


淑女の範であるパウラ様の礼に、職人たちは一瞬たじろいだ。だがすぐに、口々に返事を返した。


「お、おぉ。」「今まで通りの作り方でいいならな。」

「多少忙しくなるくらいは、別にいいさ。収入も増えるし。」



「ありがとうございます。頼りにしていますわ。」

ふわりと微笑むパウラ様を見て、若い職人の頬が朱に染まる。


 

私たちも感謝を述べ、頭を垂れた。



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