2章 5
トネリ様は、10代後半か20前半に見える。
前世の日本と同じならば、社会経験を積んでいる立派な成人男性である。
先発隊として選ばれるくらいだ、身分もそれなりにあり優秀な方なのだろう。
あとでアヤメさんたちに、どのような立場の方なのか聞いてみよう。
パウラ様が口を開く。
「本題に入らせていただきますわ。
ヤズマ皇国からの使者の方々をお迎えするにあたり、ヤズマ皇国の扇を用いて歓迎したいのです。」
アヤメさんとソウビさんは扇の件を知っているので、頷いてくれた。
トネリ様は訝しげに眉を顰める。
「扇を?」
「えぇ、以前献上していただいた品が素晴らしかったので、我が国の扇子職人に見せたのです。
職人たちは、模倣して作るのはヤズマ皇国の職人に失礼ではないかと申しているのです。
いまからヤズマ皇国の扇を取り寄せるには時間もございませんし、模倣する許可をいただけませんでしょうか。」
ふむ、と腕を組み思慮を巡らすトネリ様。
ソウビさんに話しかける。
「貴女から見て、そんなにも作りが違うのですか? 他国の扇をよく見たことがないもので。」
「こちらでは絹やレース、鳥の羽などが使われていますし、ヤズマ皇国とは違い女性しか持たないのです。
舎人様がご覧になる機会も、あまりなかったのでしょう。」
ソウビさんの説明に、なるほど、と呟きながら私たちを見る。
「歓迎したいと思ってくださること、感謝いたします。
是非にと言いたいところですが、我々としても今後の交易に支障が出ては困ります。」
それはその通りだろう。
ヤズマ皇国の扇を我が国で作れるようになってしまえば、売れなくなってしまう。
パウラ様もアマーリエ様も、神妙な顔をしている。
「ですので、ヤズマ皇国で製作されたものではない、と明確にわかるようにしていただきたい。」
舎人様の主張はもっともだ。
でも、どうやって?
我が国固有の草花を描いたものならば、ヤズマ皇国産ではないと分かるだろう。
しかしそのうち、ヤズマ皇国でも我が国固有の草花を描いた扇が作られるかもしれない。
今回の扇に限っては扇に印を入れて対策をすることもできる。
しかし、国が正式に依頼した扇職人以外が作った贋作、印のないものはヤズマ皇国産と誤解されてしまうだろう。
私は遠慮がちに口を開いた。
「今回の歓迎セレモニーだけでしたら、印を付けたり絵柄を統一する等対策はできます。
ですがもし、今後も国内で生産をするとなると印を付けるだけでは無理でしょう。」
アマーリエ様もそれに続く。
「ヤズマ皇国風の扇を作ることを禁じても、作る人たちは居るでしょうね。
国交が樹立し、交流が深まれば尚更のこと。
ヤズマ皇国から輸入した扇を取り扱えるお店を限定しても、贋作は出回ると思いますわ。」
皆で考えるが、名案は浮かばない。
どうやら後ろに座る面々も考えてくれているようで、相談するささやき声が聞こえてきた。
「ヒノキだわ!」
アヤメさんが声を上げる。
全員の注目が集まる。
それから私たちのほうを見て、やや早口で捲し立てる。
「木てきているほうの扇、檜扇はヒノキという木を用いているのです。
たしか、ヒノキはヤズマ皇国にしか無かったはず。
ヒノキならば何年たっても固有の匂いもしますし、貴族や職人・絵師ならば差が分かるはずです。
皇国から木材としてのヒノキを輸出させないようにして、
ヒノキ以外で檜扇を作ることにしたらよいのではないでしょうか。」
パウラ様とアマーリエ様の口からは、驚きの声が漏れる。
私は全く違うところに驚いていた。
ヒノキはヤズマ皇国の固有種だったのか。
通りでヒノキの季節に花粉症の症状が出ないと思った。
パウラ様の御宅で会合した職人たちは扇用の木を手配するつもりでいたようだけれど、
どの木を使うのかしら。
「なるほど、それは良い考えだ。
ヒノキを使わない、ということでよろしいですかな?」
舎人様の言葉に、私たちは頷く。
ヒノキが国内に生えていたら問題だが、手に入らないのだ。
檜扇はヤズマ皇国でも庶民は持たない品とのことで
我が国でも取り扱える店舗を限定することになった。
ヤズマ皇国産のものと、我が国で作られたものと、明記して販売する。
そして店員に贋作か否かを見極められるよう、ヒノキのにおいを覚えてもらうことも決まった。
「あとで本国に送ろう、記録をしておくれ。」
はっ という短い返事とともに、トネリ様の後ろに座った人たちが何かを書きつける。
筆で書いているようだ。
それを眺めているうちに、侍女がさっと新しいお茶を用意してくれた。
今度は緑茶のようだ。懐かしい味に、前世の記憶が一気に押し寄せてくるような不思議な感覚を覚えた。
彼らの手が止まったタイミングで、次の議題へと移る。
「あとは…紙や布でできた扇ですわね。
こちらは我が国で作られたものに関しては比較的安価で、庶民にも手の届くものになりそうですわ。」
パウラ様の言葉に、ソウビさんが応じる。
「ヤズマ皇国でも、高価な紙製の扇は貴族たちも使うのですが、安価なものは庶民が用いていました。
いずれもヤズマ皇国固有の紙や布であるため、触れば贋作かどうかはわかるのですが、本物を知らなければ分からないでしょう。」
本当の庶民に扇がどこまで浸透するかはわからいが、そこそこ裕福な者ならば買うだろう。
檜扇よりも管理体制が問われそうだ。
どうすれば良いのだろうか。




