2章 2
職人たちが専門用語を用いて会話をしだしたため、理解が追い付かなくなった私は商人と話をする。
会話をしたいと視線を送れば、眼で隣のティーテーブルへと促された。
商人と言えども、国内随一の規模を誇るエスト商会の商会長だ。
下手な貴族よりよほど裕福で、影響力もある。
「以前より、パウラ様からお嬢様のお話を伺っておりました。
一度、ゆっくりお話してみたいと思っておりました。」
好好爺は目を細める。
私も朗らかに応じる。
「まあ、光栄ですわ。
商会長とお話したなんて、両親が驚きますわ。」
我が家もエスト商会は利用しているが、たまに御用聞きが来るだけで、普段はこちらから使いを出して購入している。
商会長が我が家に出入りするのは、よほど大きな儀礼があるときや国賓が来る時だ。
それもお父様とだけお話をするので、王宮の職務としての発注しかしない。
公爵家は私的利用のために御用聞きが日参し、政治的な必要性から商会長が頻繁に訪れているそうだ。
パウラ様や公爵夫人も同席してお茶会や晩餐会を開くこともあり、パウラ様にとって商会長はお祖父様のような存在らしい。
「パウラ様からお声掛け頂いたときには驚きましたが、リートゥス伯爵令嬢の提案と聞きさらに驚きました。」
商会長は庶民の出と聞いているが、貴族たちと渡り合うからか、とても物腰柔らかな話し方をする。
職人たちと比べると、商会長は貴族ではないかと錯覚してしまう。
「テレーゼ、で結構ですわ。
私が提案するようには見えない、ということでしょうか?」
公爵令嬢のパウラ様がパウラ様と呼ばれているのに、私が伯爵令嬢と呼ばれるのも居心地が悪い。
「左様。デビュタントもされておりませんから、あなた様に関わる情報も少ないのです。
御尊父様のことは存じておりますが、ご令嬢を政に積極的に関わらせる方とは思えず。」
パウラ様が口を挟む。
「それは私が巻き込んだからよ。
才能があるのに、学園で令嬢たちのドレスの相談に乗るくらいしかしていなかったんですもの。
貴女が色々提案してくださって、嬉しいわ。」
私の提案を、心から喜んでくださるパウラ様。
なんとなく覚えている前世の記憶を元に発言しているだけ、なのに。
「パウラ様のお役に立てて光栄ですわ。
エスト商会の皆様や職人たちには、かなり無理なスケジュールを強いることになってしまいそうですが、ご協力頂けること、感謝致します。」
軽く、しかし優雅に頭を下げる。
身分を気にして、感謝の言葉を口にはしても頭を下げない貴族も多い。
だが、敬意を払うべき相手には、身分に関係なく誠意を尽くすのが本筋だろう。
こういった前世流の考え方が、公爵から見ると新しい時代の人と映るようだ。
商会長はゆっくりと首を振る。
「なに、商人は利がなければ参加致しますまい。
いまは厳しいでしょうが、将来性に賭けることにしたのですよ。
それに、我々がこの事業にどれだけ関与できるかは、職人たち次第です。」
そう言って、職人たちに目をやる。
彼らは真剣に、そして楽しそうに話をしている。
その様子を見て、きっとこちらの想定以上に引き受けてくれるだろう、と確信した。
20分近く経った所で、職人たちは落ち着いたのか静かになった。
そのタイミングで、一番年の若い絵師に声を掛けられた。
「お嬢様方。素晴らしい品を見せてくださり、ありがとうございました。
スケッチの許可も、ありがとうございました。」
職人たちと同じテーブルに戻りながら、パウラ様が、嬉しそうに微笑む。
「いいえ。皆様に喜んで頂けて良かったわ。
ヤズマ皇国風の扇作り、どのくらいの材料があれば足りそうですか?」
職人たちは、気まずそうに視線をそらしたり、ソワソワしはじめた。
絵師たちも顔を見合わせたりと落ち着かない。
皆の視線が扇職人の親方に集まる。
親方は観念したように、細く長く息を吐いた。
「お引き受けするかは、検討させてください。」
得も言われぬ衝撃を受けた。
絶対に、引き受けてくれると思ったのに。
あんなにも楽しそうに議論をしていたのに。
引き受けてもらえなかったらどうしたらいいのか。
顔がこわばるのが分かった。
パウラ様も驚かれたのだろう、一瞬真顔になっていたがすぐにぎこちなく微笑みを浮かべる。
「もしかして、国家行事に係ることを戸惑われていらっしゃるのかしら。」
親方は首を横に振る。
他の職人や絵師たちも、小さく首を振ったり瞬きをしたりして、他意を示していた。
「そうではないんです。今回声をかけてもらえたことは本当に感謝してます。
この扇も素晴らしい。見れてよかった。」
名残惜しそうに扇に目をやる。
それほどまでに、ヤズマ皇国の扇は職人を魅了すらしい。
パウラ様は納得ができないと、憮然とした表情を浮かべた。
「では、何故?
大量生産するのに納期が難しいようでしたら、ほかの職人たちにもお声がけいただいて構わないのですよ。
人数が増えてもお給金はきちんと、国からお支払いいたします。」
親方は大きなため息をつく。
部屋の空気がピリッと変わり、扇職員たちが姿勢を正した。




