表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/44

第三十八話 『義弟が正解ですね』


 ――魔獣パレード。


 多種多様な魔獣たちが結集し、群れを成して押し寄せてくる傍迷惑な現象だ。

 かつて一度、ショウヘイによって引き起こされた魔獣パレードを僕は経験している。だけど、はっきり言って今回は規模が違い過ぎた。


 通路という通路から魔獣が押し寄せ、巨大な群れがさらに膨れ上がっていく。

 何が凄いって、密度が凄い。足の踏み場は隙間もなく、もはや魔獣の上を魔獣が走っている状態だ。そこに人型の黒いドラゴンことレイトさんまで参列し、後方に展開される光景はまさしく『地獄絵図』だった。


 そして、その『地獄絵図』を生み出した張本人はというと――、


「HAHAHA! 軽く煽ったつもりが、予想以上に短気な輩が多かったらしい! まさか本当に『全て』釣れるとは思わなかった! しかも連中、どうやら最高にプッツンしてるご様子だ! どうしよう、少年! はっきり言ってマジでヤバイ!」


「はは。死ねばイイと思います」


「ン~! 辛辣だなァ、少年ッ!」


 悟りを開いた仏陀の如きスマイルで率直な感想を告げると、パプリカさんはブルッとちょび髭を震わせた。明らかに髭だけ独立して動いている。

 気持ち悪すぎて吐き気を催した僕は、すかさず白衣に鼻を押し付けてレンちゃんの残り香を摂取。精神が安定して幸福に包まれた。


 レンちゃんスメルをキメて最高にハイな気分を手に入れた僕は、溢れ出す脳内麻薬たちをギュッと圧縮して思考を強化。現状を打破する方法を模索する。

 狂喜乱舞する脳細胞を総動員した結果、光速を超える閃きで現状を打破する手段を入手。即座に実行へと移す。


「あ! あんな所に空飛ぶメガネの変人が!」


「ぅぬ?」


 僕の華麗な頭脳プレイが炸裂し、パプリカさんの視線が明後日の方向に向く。その隙を見逃さず、僕は素早く横道へと飛び込んだ。

 一瞬、本当にメガネをかけた変人が背中に幼女を乗せて飛行する姿が見えた気がしたけど、たぶん僕の見間違いだろう。


 とにかくこれで、魔獣に追われる心配はなくなった。

 そもそも、魔獣を煽ったのはパプリカさんで、その怒りを買ったのもパプリカさんだ。一緒に行動しているから巻き込まれるのであって、離れてしまえば僕に被害は及ばない。むしろ、エサが優秀で僕は動きやすいまである。


「あとは、クズに見つかるより先に、この杖を変態キングかアトラさんの所まで持って行けば――!」


「――少年?」


「ひぃッ!?」


 ヌッと、地面からちょび髭の付着した顔面が生えてきた。

 心臓に悪すぎる先回りを受け、僕は思わずその場に尻もちを着く。そんな僕の目の前に、ゾンビの如く地中から這い出してきたパプリカさんが手を差し伸べ、


「立てるか、少年?」


「…………」


 差し出されたその手は、ひどく土で汚れていた。

 どうやらパプリカさんは、素手で地中を掘り進めてここまでやって来たらしい。

 活路を切り開くべく、穴を掘って絶体絶命の包囲網から脱したことは僕もある。だけど悲しいかな、今回は手元にドリルが無い。さすがの僕でも、素手で地中を掘り進めることはこの短時間では不可能だ。


「ええ、大丈夫です!」


 でも、僕はそんな内心の動揺を決して表には出さない。ニッコリと満面に笑い、差し出された手を掴んで立ち上がる。

 どうやら僕はこの人を侮っていたらしい。この優しさもおそらく余裕の表れであると同時に、逃げられるものなら逃げてみろという僕への挑戦に違いない。

 しかし、僕は逃げることに関しては百戦錬磨。逃走王のプライドにかけて、必ずや逃げ切ってみせよう。


「――――」


「――――」


 お互いに相手を見据えながら、無言の心理戦が幕を開けた。

 僕はイメージを爆発させ、多重に気迫のフェイントを仕掛けることで隙を作ろうと画策するも、読み合いでは完全にパプリカさんの方が上手だ。ポッと頬を赤らめ、モジモジするという謎の奇行でこちらのSAN値をガリガリと削ってくる。


「くっ……!」


 ついに吐き気を我慢できなくなり、僕は苦しげに呻いて片膝を着いた。

 時間にして二秒。でも、体感時間はもっと長い。濃密かつ壮絶な心理戦は、僕の完全敗北で幕を閉じた。同時に、魔獣たちの包囲網が完成していた。


「しまった……!」


 前と後ろから挟み撃ちにする形で魔獣たちが迫り来る。

 けれど、こんなピンチは僕にとっては日常茶飯事だ。刹那、意識を切り替えた僕とパプリカさんの視線が交錯する。


 頷き合い、一時休戦した僕たちは同時に動いた。

 左右に高くそびえる建物の壁に向かって、僕とパプリカさんがそれぞれ右と左に分かれて跳躍――壁を強く蹴って跳ね返る。


 当然、中央で僕とパプリカさんが衝突しそうになるけど、そんな無様は晒さない。互いに足の裏を合わせ、同じ力で相手を蹴り飛ばす。そうすべきだということも、力の配分も、なぜか分かっていた。まさに以心伝心だ。

 そして、弾き飛ばされた僕たちは再び壁を蹴り、中央で合流して相手を蹴り戻す。それを繰り返し、僕とパプリカさんは上へ上へと上昇していく。


 でも、魔獣たちもただ僕たちを見上げているだけじゃなかった。

 定員オーバーもなんのその。限られた空間に雪崩れ込み続けた魔獣たちは、自然と行き場を求めて上へ向かう。

 つまり、魔獣が魔獣を踏み台に、何体も積み重なりながら追って来たのだ。

 そして、ついに一番上にいた一匹が跳躍し、僕たちへ向けて飛びかかってきた。


「少年!」


「了解!」


 こちらに向かって手を伸ばすパプリカさん。続く言葉がなくても、聡い僕は瞬時にその意図を察する。目の前の手を、僕の手がガシッと掴んだ。

 次の瞬間、パプリカさんが「ふんっ!」と鼻息を放出して僕を振り回す。

 僕という人間バットをフルスイングし、パプリカさんは真下から迫り来る魔獣をカッ飛ばした。痛烈なピッチャー返しは足場となっていた魔獣タワーを崩落させ、その隙に僕たちは残りの壁を気合いと根性の壁面走りで走破する。


「HAHAHA! やるな、少年! 私の補助があったとはいえ、これほど息のあった連携が出来たのは弟を除けば少年が初めてだ!」


「パプリカさんこそ、僕の動きについてこれるなんて、なかなかやりますね」


 どちらからともなくニヤッと笑い、僕たちはゴッと拳を打ち合わせる。

 でも、互いを認め合っている場合じゃなかった。不意に暗い影が僕たちを覆い尽くし、ハッとして頭上を仰いだ僕は「あっ」と声を上げた。


『――――』


 宙に浮かび、僕たちを見下ろす黒い影――レイトさんだ。

 しかもレイトさんは、大きく背中を反らしながら胸を膨らませ、今にも口から何かを放とうとしているご様子で――。


「大丈夫だ、少年」


「え?」


 腕を組んで仁王立ちしたパプリカさんが、余裕の態度でそう言い切った。

 どうやら窮地に陥って頭を錯乱させたらしい。現実が見えていない様子のパプリカさんに、僕は涙を呑みながらマッハで見切りを付けた。


 光の速さで反転し、素早くこの場からの離脱を試みる。

 だけど、その必要はなかった。


「――させないよ」


 僕の次くらいに爽やかなイケメンボイスが囁かれ、次の瞬間、レイトさんの太い首が綺麗に両断――ズレた首元を中心に黒炎が爆発する。

 その爆風に煽られながら、半身で顔を庇う僕は見た。軽やかに屋上に降り立ち、落ちていくレイトさんの胴体に背を向ける赤い青年の姿を。


「HAHAHA! なかなかに憎い登場だな、レオナルド!」


「団長……よくぞ、ご無事で」


 豪快に笑うパプリカさんに、レオナルドが泣き笑いのような表情で告げる。

 でも、レオナルドはすぐに真面目な顔つきになると、


「事情は道すがら、伝令の騎士に聞きました。避難が完了するまで、レイト・ブルームは引き続き僕が受け持ちます」


 そう言うと、レオナルドは次に僕を見て、爽やかに微笑みかけてきた。


「やぁ、ミノル。姿が見えないと思ったら、団長と一緒にいたんだね。もしかして君は、団長を救うためにたった一人で頑張ってくれていたのかな?」


「おっと、お礼なら不要だよ? 紳士として人助けは当たり前の義務だからね」


 前髪をサッと掻き上げてクールに返答する僕に、レオナルドは「謙虚なんだね……」とどこか感じ入ったように目を伏せてから、


「君が団長のそばにいてくれるなら、僕は心置きなく自分の役目に専念できるよ。人々の避難が完了するまで、お互い、全霊を賭して頑張ろう」


「ふっ、もちろん」


 白衣のポケットに両手を突っ込み、片目を閉じた僕は不敵な笑みで頷いた。

 そんな僕の渋い了承を受け、レオナルドは満足げに頷くと、「ところで」と屈託ない笑みを浮かべて言ってきた。


「この戦いが終わったら、ぜひ君の妹さんを僕に紹介――」


「行きましょうパプリカさん! 人々の笑顔を守るために!」


「HAHAHA! 満ち溢れているなァ、少年ッ!」


 素早く身を翻し、僕は躊躇なく屋上から飛び降りた。

 そんな僕を追って、豪快に笑うパプリカさんも大の字で飛び降りてくる。




「……ミノル義兄さん。いや、義弟かな?」




 ――飛び降りる寸前、そんな恐ろしい呟きが背後で聞こえた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ