第三十七話 『物陰からの視線』
どうやら僕は、幸運の女神様に愛されているらしい。
想像していた通り、復活を果たしたちょび髭の巨漢はアルセウス騎士団の団長さんだった。名前はパプリカ・ディカプリオ。少しゲロ臭い。
「HAHAHA! ここ至るまでの記憶がさっぱりない! だが、状況を見る限り……少年、君が私を助けてくれた。そうだね?」
「ええ、その通りです」
額をぺしんと叩いて豪快に笑ったパプリカさんが、そのゴツイ指で僕を指差しニヤッと聞いてくる。紛れもない事実なので、僕は不敵な笑みで頷いた。
とりあえず、ゲロ臭いので場所を変えることに。相談した結果、僕はレンちゃんの白衣を拝借し、パプリカさんは僕が着ていたメイド服に袖を通した。
スク水レンちゃんを肩に担ぐパプリカさんメイドフォームと並んで歩き、表の通りを目指して移動を開始する。
「ぬ?」
表の通りに出ると、サイズが合わずパツパツになったメイド服からミチミチと異音を奏でていたパプリカさんが、ふと眉を寄せて立ち止まった。
パプリカさんの眼光が鋭く走る。次の瞬間、背後から奇襲を仕掛けてきたコウケツコングの顔面を、パプリカさんが振り返ることなく肩越しに鷲掴んだ。
「ぬぅん!」
そして、そのまま片手でぐいっとコウケツコングを前方に引っ張り、腰でハネ上げない片手一本背負いのような形で思い切り地面に叩き付ける。
背中から地面に落ちたコウケツコングは、肺から空気を絞り出してあっさりと沈黙。まさに、腕力にものを言わせた豪快な一撃だった。
「ふむ。なぜ魔獣が王都の中に……?」
と、無力化したコウケツコングを見下ろしながら、パプリカさんがちょび髭を撫でつつ首を傾げた時だった。
「……団長? まさか、団長ですか!?」
その声に振り向くと、一人のモブ騎士がこっちに走って来るのが見えた。
顔面の詳細な描写すら省きたくなるほどの見事なモブ顔だ。はっきり言って他のモブ騎士と全く見分けがつかない。もしかしてアルセウス騎士団の団員の多くは、クローン技術によって複製された人間たちで構成されているのだろうか。
「やっぱり団長じゃないですか! 今までどこに……えっ、その姿は……?」
「HAHAHA! やはり君もそう思うか!」
困惑の表情を浮かべるモブ騎士の肩を、豪快に笑ったパプリカさんがバンバンと叩く。そしてスッと真顔になると、メイド服を摘まんで言った。
「このメイド服、明らかに私にはサイズが合っていない」
「いえ、誰もサイズの話なんてしていません」
こちらも真顔で首を横に振ったモブ騎士が、切り替えるように「それより!」と前のめりになって、一気にまくし立てるように言ってきた。
「団長、ご報告です! 現在、王都の各所で多数の『絶滅種』が暴れており、副団長の指示で魔獣の対処および市民の避難誘導を行っています! ですが、その……行方不明となっていた団長を捜索する為に多くの団員が出払っており、圧倒的に人手が足りない状況です。あと、ここ数日ほど団長不在の影響で多忙が重なり、ひどくお疲れの様子なのに、それでも知恵熱と鼻血を出しながら半泣きで指揮を執られる副団長のお姿は、正直、もう辛すぎて見ていられません……っ!」
今にも泣き出しそうな顔で、副団長の頑張りを伝えるモブ騎士さん。
その縋るような眼差しを受けて、パプリカさんは肩に担いでいたレンちゃんをそのモブ騎士に預けると、真面目な顔で告げた。
「避難誘導に専念するようレストネアに。――魔獣は全て、私が引き受ける」
「――ッ」
ひどく簡潔な指示だったけど、モブ騎士は今ので何かを察したらしい。顔面を蒼白にして鋭く息を呑むと、まるで逃げるようにして走り出した。
ギフトの力なのか、モブ騎士さんの足は異様に速い。あっという間にその背中は遥か彼方へと遠ざかって行ってしまった。
「少年。少年も逃げなさい」
「いえ、僕は逃げません。パプリカさんを一人で残していくなんて、そんな薄情なマネは出来ませんよ。最後まで、一緒にいさせて下さい」
「少年……」
僕の言葉を受けて、パプリカさんが感極まったようにちょび髭を震わせる。
本音を言えば、今すぐにでもモブ騎士さんを追いかけたい。だって、流れるように奥さんを連れ去られたんだから。間男には然るべき裁きを下し、奥さんを取り戻してハネムーンに旅立ちたい。それが偽らざる僕の本心だ。
だけど、勘のイイ僕は気付いていた。
物陰からジッと熱い視線を送ってきているコウケツコングの存在に。
モブ騎士さんはレンちゃんと一緒だったから見逃されたみたいだけど、そのレンちゃんを欠いたことで、こちらは野郎が二人だけになってしまった。
ここで僕が単独行動に打って出れば、まず間違いなくヤられる。今だって、いつ襲われてもおかしくない状況だ。
だから、男として大切なモノを失わない為にも、安全が保障されるまでパプリカさんの側を離れる訳にはいかない。
「最悪、もう一度女の子になればコウケツコングは無視できるけど……」
勘のイイ僕は気付いている。
物陰から懐疑的な視線を僕に向けてきているユニコーンの存在に。
体のあちこちが焦げていることから、人面馬さんたちに運ばれていた時に遭遇したあのユニコーンだと思われる。どうやら僕のことを疑っているらしい。
「男と女……どっちを選んでも、待っているのは貞操の危機……!」
だったら、『神の神髄』を温存する為にも、このまま男でいるのが正解だ。
思わぬ窮地に煩悶していると、肩をポンと叩かれた。振り向くと、パプリカさんがニッコリと優しく微笑みかけてきて、
「少年。体力に自信は?」
「体力ですか? ふっ、愚問ですね。幾人もの女性を相手取りつつ、例外なく全員を満足させることは紳士にとっての義務です。つまり、紳士を体現した存在であるこの僕の辞書に『スタミナ切れ』なんて言葉は存在しませんよ」
前髪をサッと掻き上げ、キラリと白い歯を光らせながら爽やかに返す。
するとパプリカさんは、僕の返答に「HAHAHA!」とちょび髭を揺らしながら豪快に笑い、次にその大きな手でメガホンを作ると、大きく息を吸った。
そして――、
『#&$^ゑ@*¥+>%~~ッ!!』
「……?」
突如として、パプリカさんが真上に向かって謎の言語を打ち上げた。隣で見ていた僕は意味が分からず首を傾げるしかない。
それに、何か不思議な感じがする声だった。ただ大きいだけじゃなくて、頭の中に直接響くような、はっきり言って気持ち悪い感覚だ。
「今のは……」
「――来るぞ、少年!」
言うが早いか、パプリカさんは丈の短いスカートを翻して走り出した。
状況が呑み込めないまま、とりあえず僕もパプリカさんを追って駆け出す。
ほとんど全力疾走で、理想的なスプリントを披露するパプリカさんは驚くほどに速い。でも、僕だって負けていない。白衣の裾を翻し、必死に追従する。
「パプリカさん! どうして走るんですか! あと、さっきのは――」
そこまで言って、僕はふと違和感を覚えて眉を寄せた。
何やら地面が揺れているような気がする。その揺れは徐々に大きくなり、しかも気のせいか、こっちに向かって近付いて来ているような――。
「…………」
全力スプリントを続けながら、僕は肩越しにチラリと後ろを振り返る。
一匹の、ポチがいた。サソリの尾をブンブンと振り回し、僕たちのことを追って来ている。その目は血走っていて、まるで親の仇でも見たような鬼の形相だ。
――それだけじゃない。
一匹、また一匹と、鬼の形相をしたポチが合流してくる。
いや、ポチだけじゃない。路地裏から這い出てきたコウケツコングが、曲がり角で華麗なドリフトをキメたユニコーンが、民家の壁を突き破って現れたショウヘイが、他にも様々な『絶滅種』たちが合流し、大きな群れを形成していく。
挙句の果てには――、
「れ、レイトさん――っ!?」
アテネさんとレオナルド、あの二人と戦っていたはずの黒龍――レイトさんが、その大きな翼を広げながら上空より迫って来ていた。
あれだけ理知的だった面影は微塵もなく、まさに魔獣の本能を剥き出しに、獣のように吠え狂いながら僕たちを射殺さんばかりに睨んでくる。
「もしかして、これって……!」
まさかと思い並走するパプリカさんを見ると、僕の視線を受けたパプリカさんは「HAHAHA!」と例の如く豪快にひと笑いして――、
「うむ、私がやった。――魔獣パレードだ!」
「ガァッデムッ!!」
スッと真顔になったパプリカさんに清々しく白状され、盛大に顔を歪めた僕は血を吐かんばかりに渾身で毒づいたのだった。




