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第三十四話 『彼らはお馬さん』


 日に二度も野郎からプロポーズされるというショッキングな事態に見舞われて、僕の心には拭いようのない深い傷跡が刻まれた。

 とはいえ、元が全女性を虜にする類まれな美貌を有する美少年の僕だ。そんな僕が女の子になれば、全野郎を虜にする美少女が生まれてしまうのも仕方がない。


 男女を問わずに魅了する罪作りな美貌を持つ者の宿命だと受け入れて、僕は太ももや胸の谷間をチラ見せすることで避難途中の野郎たちを無差別フィッシング。

 厳選に厳選を重ねて選りすぐりの猛者を選出し、その内の一人が持っていた荷車と彼らをロープで連結、即席の人力馬車を作りレンちゃん捜索に繰り出した。


「お嬢! 百メートルほど前方に複数体の魔獣を確認! 迂回しやすかい!?」


 と、目のイイ人面馬Aさんが報告してきた。

 僕は荷車からひょっこりと顔だけ出して前方の様子を確認してみる。


 現在、僕たちは避難する人々の流れに逆らいながら、大通りを真っ直ぐ王都の中心部である神樹が見える方向へと進んでいた。

 そして前方、ポチ型の『絶滅種』たちが嬉しそうにサソリの尾をブンブンと振り回しながら、逃げ惑う人間にじゃれ付こうとしている。


「ちょーくしーん!」


「「「「「ヘイ、お嬢!」」」」」


 斜め上の空中をひらひらと飛ぶ赤い折り鶴がこのまま直進する様子なので、僕も前方をぴしっと指差して直進を指示した。

 荷車を引く人面馬A~Eの野太い了承の声が重なり、僕を乗せた荷車がぐんっと加速する。体感速度は五十キロくらいだ。人面馬Dさんのギフトの恩恵である。


 荷車で僕がはやーいとかすごーいとか言いながら手を叩いてきゃっきゃして喜んでみせると、荷車はさらに加速した。

 一般道路の法定速度を軽く無視した速度で荷車がポチの群れに突撃する。

 あわや交通事故かと思われたその直前、人面馬Bさんがいきなり発光した。


「飛びますぜ、お嬢!」


 光る人面馬Bさんが言った次の瞬間、重力の軛から解き放たれた荷車が牽引する人面馬たち諸共ふわりと飛翔し、ポチの群れを飛び越えた。

 二秒ほどで人面馬Bさんの発光は収まり、同時に荷車が地に戻る。そして力を使い果たした人面馬Bさんが地面に転がって後方に取り残された。


「人面馬Bさん!」


「そのまま、行ってくだせぇ……お嬢っ!」


 後方を振り返る僕に、人面馬Bさんが苦しげな表情でシャウトを飛ばしてくる。

 人面馬Bさんとの数々の思い出が僕の脳裏に蘇る。でもついさっき会ったばかりなので残念ながら蘇る思い出なんて何一つなかった。

 あとついでに着地に失敗したらしく人面馬Eさんがいつの間にか脱落していた。


「お嬢! 何か妙ですぜぃ!」


「どうしたの、人面馬Aさん!」


 ぶち当たりそうになる避難中の人々を華麗に躱しつつ進んでいると、目のイイ人面馬Aさんが何か異変を察知して報告してきた。


「避難中のヤツら、特に女が近くにいねぇ男に注視してみてくだせぇ!」


「男……?」


 言われた通り、女性が近くにいない避難途中の野郎に注視してみる。

 するとどうだろうか。一人、また一人と男が姿を消していく。いや、違う。よく見るんだ。何かが周囲を高速で動き回っている気配を感じる。


 僕は咄嗟に走馬灯を起動し、時間感覚を圧縮した。

 ついでに動き回る気配が一糸まとわぬ女性である可能性に賭け、その裸身を目撃すべく意地で動体視力の限界を突破、ついに一部始終の目視に成功する。


「これは……!」


 ゴリラだ。高速で動き回るゴリラが次々と男を拉致し、薄暗い路地裏へと消えて行く。路地の奥からは、断末魔にも似た男たちの悲鳴が漏れ聞こえていた。

 そう、ヤツらである。種の存続など知ったことかと言わんばかりにオスたちが生物としての本能に反逆、もとい自分に正直になった結果、本当に滅んでしまった悲しき歴史を持つ魔獣――コウケツコングだ。


「お嬢! 後ろでさぁッ!」


「っ!?」


 目のイイ人面馬Aさんが警告を飛ばす。それに振り返ってみれば、いつの間にか荷車に一匹のコウケツコングが乗り込んでいた。

 あわや貞操の危機かと身構える僕だったけど、コウケツコングは僕が女だと分かるや露骨な舌打ちを漏らし、次いで人面馬の方々を見ると、惜しむような熱い眼差しを残して下車、そのまま次なる獲物を求めて高速で走り去って行った。


「さすがお嬢! 眼力だけで魔獣を退けるたぁお見それしやした!」


「ふふ。でしょ?」


 人面馬Cさんが賞賛してきたので、とりあえずふんすと胸を張って応えておく。

 しかし危機はまだ去っていなかった。またもや目のイイ人面馬Aさんが真っ先に異変を察知したらしく、警戒を促すシャウトを上げてきた。


「お嬢! 後ろから何か向かって来やす!」


「後ろ?」


 振り返り、僕は額の上に手をかざして目を凝らした。

 何やら頭部に一本の角を生やした白い馬が猛然と追って来ている。何がヤバいって顔がヤバい。まるでヤバめの薬でもキメたかのようなラリフェイスだ。


「お嬢! ありゃユニコーンでさぁ!」


「え、ユニコーン?」


「でさぁ! 『絶滅危惧種』の一体に数えられる魔獣で、オスは処女のメスにしか欲情しねぇ特殊な性癖を持ってやす! 交尾自体の回数が極端に少ねぇもんで、比例して個体数も少ない激レアの魔獣でさぁ!」


 と、意外と博識な人面馬Dさんがユニコーンについて教えてくれた。

 そういえば、魔獣研究所の地下で白い馬を見た気がする。でも、アレは角なんてなかった。もしかしたらメスだったのかもしれない。


 ……あれ?


「あのユニコーン、異様なまでに熱い眼差しでぼくを見つめてるような……」


「発情期のユニコーンは相手が処女なら見境なく襲う習性を持ってやす!」


「え゛?」


「あのイカれた顔が発情してる証拠……つまり!」


 ……つまり?


「狙いはお嬢でさぁ――っ!」


「Shit!!」


 まさかの貞操の危機再びである。

 振り切ろうにも、こちらは既にトップスピードだ。人面馬Dさんも疲労の色が濃く、あまり無理はさせられない。悩んでいる時間すら惜しかった。


 僕は思考を放棄し、『神の神髄』での撃退を決断する。

 だがしかし、僕より先に決断した者がいた。魔獣を撃退した僕を褒めるシーンくらいでしか存在を主張できていなかった彼が、満を持して動いたのだ。




 ――そう、人面馬Cさんである。




「お嬢! ここは俺に任せて先に行ってくだせぇ!」


「じ、人面馬Cさん!」


「なぁに、すぐに追いついてみせやすよ!」


 肩越しに振り返り、親指を立てながら不敵に笑う人面馬Cさん。

 そんな彼の背中がぐんぐん遠ざかっていき、やがてユニコーンが最接近したタイミングで人面馬Cさんが眩く発光――ユニコーンを巻き込んで盛大に爆発した。


「「「人面馬Cィィィ――――ッ!!」」」


 僕と人面馬A・Dさんの悲痛なシャウトが重なる。

 発光というプロセスが人面馬Bさんと被るという悲劇があったものの、仲間を守る為に自爆を選んだ人面馬Cさんは最高に輝いていた。

 そして彼の後を追うように限界を迎えた人面馬Dさんが脱落した。

 まるで電池が切れたような静かすぎる最期だった。


「そんな、人面馬Dさんまで……!」


 人面馬Dさんがいなくなったことで、荷車が一気に失速する。

 今や一人で荷車を引く人面馬Aさんが、横顔に寂しげな微笑を浮かべて呟いた。


「とうとう、あっしとお嬢の二人だけになっちまいやしたね……」


「――――」


「……お嬢?」


 振り返った人面馬Aさんが見たのは、もぬけの殻となった荷車だった。

 人面馬Dさんを欠いた荷車は人面馬Aさん一人で引くにはあまりに遅くて、ぶっちゃけると普通に走った方が速い上に、赤い折り鶴が途中で荷車の通れない幅の横道に逸れたので、僕は普通に下車して赤い折り鶴を追いかけ横道に入っていた。


「お嬢ぉぉぉぉ――――ッッ!!」


 僕の乳房を着衣の上から思う存分に蹂躙したい。

 爽やかな笑みと共に僕に付き従う条件としてそんな要求を提示してきた人面馬Aさんの絶望に満ちたシャウトが大通りに響き渡ったのだった。


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