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第三十三話 『後にクズは語った。その方が面白そうだったからだと』


「俺、金髪の子推し。お前は?」

「俺は黒髪のロリっ子。あの心を抉るような眼差しがたまんねぇ」

「俺はやっぱ金髪の子かな。愛嬌があるっつーか、もはやアレ可愛いの極致じゃね? 可愛いの概念が具現化した存在と言い切っても過言じゃないレベル」

「それな。そっと後ろから抱き締めて耳元で愛を囁きてぇわ」

「つかさ、なんであの子あんだけ激しく動き回ってるのにスカート鉄壁なの? 規制かかってんの?」

「バカお前、見えねぇからイイんじゃねぇか。むしろあの剥き出しの白い太ももだけでお腹いっぱい胸いっぱい。白飯三杯どころかもはや一粒も喉を通りません」

「露出が多いほど萎えるんだよな。想像力を刺激した上で想像の余地を残してくれる絶妙な焦らし加減こそが重要なんだよ。つまりチラリズムこそが最強」

「だからこそ逆説的にほぼ肌の露出がないあの黒髪ロリっ子が神と言える。オイほら今一瞬! ふくらはぎがチラっと! かぁ~! たまんねぇなぁちくしょう!」


 彼らが揃って優秀なのか、それともギフトの力なのか。とにもかくにも、彼らは早々にこの区画の避難誘導を完遂してしまった。

 普通ならアトラさんたちの所に加勢に行くべきなのだろうけど、残念ながら彼らにはあの人外バトルに割って入ることが出来なかった。

 結果的に暇を持て余した彼らは、収まるべき所に収まったということだ。


 膝を抱えて横一列に並んで座るモブ騎士の方々が僕とヒカリちゃんのチャンバラを見学しながら熱い性癖議論に花を咲かせている。

 ちなみに僕の振るう剣はモブ騎士の中の一人が貸してくれた。

 しかも女の子の細腕では重いだろうと三分の一ほど剣をへし折ってから渡してくれるという親切サポート付きだ。多少リーチは心許ないけど、武器があるのは心強い。それほどまでに、ヒカリちゃんの僕に対する殺意はマジだった。


「やめるんだヒカリちゃん! ぼくときみが争うなんてあまりに無意味だよ! 今はもっと他にやらなきゃいけないことがあると思うんだ!」


 ――マコトの抹殺とか。


「意味はある。この茶番は必要」


「そっか。必要なら仕方ないね!」


 僕が納得したタイミングで、ヒカリちゃんが鍔迫り合いを仕掛けてきた。

 お互いの顔がぐっと近付く。ヒカリちゃんの吐息が頬に当たって大変美容によろしい。もちろん深呼吸も欠かさない。肺が喜んでいるのがよく分かった。


「(騎士たちの意識を『カース』で釣った。今はこの茶番に固定してある)」


「へ?」


 鍔迫り合いをしながら、不意に声を潜めたヒカリちゃんが言ってきた。

 きょとんと小首を傾げる僕に、ヒカリちゃんが小声で続けてくる。


「(これは、騎士たちが逃げたメレンゲの追跡を防ぐための措置)」


「!」


 ヒカリちゃんの言葉に僕はハッとした。

 視線だけを動かして確認してみると、たしかにレンちゃんの姿がどこにも見当たらない。どうやらこの混乱に乗じて逃げてしまったようだ。


「(マコト様は今まで、逃げたメレンゲの行方を『カース』で探っていた)」


「(ああ、そういえばやけに大人しかったもんね……)」


「(メレンゲは既に捕捉済み。居場所はその呪具が教えてくれる)」


「(呪具?)」


 首を傾げると、ヒカリちゃんが無言で僕の肩に目を向けてくる。

 それを追ってみれば、いつの間にかそこには一羽の赤い折り鶴がとまっていた。どうやらこの折り鶴がその『呪具』らしい。


「(騎士たちより先にメレンゲを捕まえて、『アスクレピオスの杖』を確保しろ……マコト様からの伝言)」


「(ぼくが? ヒカリちゃんたちは?)」


「(ヒカリたちは他にやることがある)」


「(やること?)」


「(アレが王都から出ないよう結界を張る。その為の触媒は落ちた翼から採取済み。『神器』の回収が済み次第、アレも堕として功績にする)」


「(…………)」


 どうやらマコトはレイトさん討伐の功績も狙っているらしい。

 正直、そこまでしなくてもと思うけど、ここは奴がレイトさんに八つ裂かれる未来に期待してあえてノーコメントでいこうと思う。

 とにかく、僕がしなきゃいけないことは理解した。このチャンバラが必要に迫られてのことであり、仕方なくの演技であるということも。


 その点でいくと、ヒカリちゃんは本当にさすがだと思う。

 ただの演技でここまで本気にしか感じられない殺気を放てるなんて、自分の役割に全力で取り組むその姿勢には尊敬の念を禁じ得ない。

 その証拠に今も僕は全身の震えに悪寒、動悸や発汗など様々な症状に見舞われている。そろそろ本気で吐きそうな勢いだ。


「おっと。あはは、危ないよヒカリちゃん。いきなり予備動作なしの足払いから流れるような刺突を放ってくるなんて、下手したら死んじゃうところだったよ?」


「少し焦りが出た。今の王都は厄介な状況にある。おそらく、この茶番もそう長続きしない。……だから、避けちゃダメ」


「なるほど。つまり、ヒカリちゃんは少しでも長く僕と遊びたいんだね?」


「……せめて一太刀」


 距離を取ったヒカリちゃんが顔の横で妖刀を構える。

 だけど、そこから僕とヒカリちゃんが切り結ぶことはなかった。


「で、伝令! 伝令――ッ!!」


 と、どこか焦りを孕んだ大声が聞こえてきたからだ。

 その声の方を見てみると、騎士団の人らしき一人の男が血相を変えながら走って来て、レイトさんを中心に繰り広げられる人外バトルを見て一瞬だけ絶句するも、すぐにハッと我に返ると大声で報告を述べ始めた。


「魔獣研究所方面より『絶滅種』と思しき魔獣たちが大量に押し寄せ、王都の各所で暴れております! 現在、レストネア副団長の指示に従い、騎士団本部に残っていた団員を各地に派遣、鎮圧および市民の避難誘導を行っております! ただ、多くの団員が団長の捜索で出払っている現状、人手があまりに足りません!」


「んだとォ!?」


 その報告に、レイトさんと戦っていたアトラさんが驚愕に目を剥く。

 その隙を突くように降り注いだ黒炎のブレスを寸前で割って入ったアテネさんが防御し、「わりィ!」と謝意を述べたアトラさんが素早く前線から後退する。

 それを援護するように、家屋の屋根を足場に跳躍したレオナルドがレイトさんの横っ面に膝蹴りを叩き込んでブレスを中断させた。


「アトラ様! ここはお任せ――」


 そこまで言って、レオナルドがハッと目を見開いた。

 気のせいか、こっちを見ているような――。


「――――」


「うへっ!?」


 僕が思わず変な声を上げてしまったのは、瞬きをした次の瞬間、すぐ目の前にレオナルドが立っていたからだ。

 あまりに速過ぎて、僕の動体視力でも残像すら捉えることが出来なかった。


 そして、結果的にレイトさんを一人で相手取ることになったアテネさんが「え? うぇっ!?」と困惑の声を上げている。

 でも、レオナルドにはアテネさんの声が聞こえていないらしい。頭一つ分小さい僕を見開いた目でまじまじと見下ろしながら、呆然とした様子で口を開いた。


「君は……」


「――五三種(みのり)。ミノルの妹だ」


「え?」


 と、マコトが勝手に僕のことを架空の僕の妹として紹介した。

 それに驚いて振り返ると、マコトがメガネを押し上げながらアイコンタクトを送ってきた。どうやら合わせろと言いたいらしい。

 よく分からないけど、この男には何か考えがあるようだ。ここはひとまず、マコトの指示に大人しく従っておこう。




 ――この時、クズの口端が微かに持ち上がっている理由を考えるべきだった。




「えっと、ぼくはみのりって言います! カッコよくて優しくて頭がイイ紳士の中の紳士である兄がお世話になってます!」


「――――」


 にこっと愛想よく笑い、体の前で手を合わせながらぺこりとお辞儀する。でも、レオナルドは目を見開いて固まったままで何も反応を返してこない。

 そんな不審なレオナルドの態度に首を傾げていると、視界の端に彼と同じく戦線を離脱したアトラさんが伝令のモブ騎士に指示を出している姿が映り込んだ。


「仕方ねェ、城の衛兵を増援に回す。どのみちこんな状況だ、城の連中も避難させた方がイイだろ。城の方はオレが直接行くから、オマエはこのことをレストネアに伝えろ。衛兵たちもレストネアのとこに向かわすから、手の足りねェとこに振り分けろってアイツに伝えとけ。ああ、あのドラゴンはレオナルドが対処すっから、後回しにして……あ? レオナルドの野郎、どこ行きやがった!?」


「えっと……レオナルドでしたら、あちらに……」


 伝令のモブ騎士が指差し、アトラさんがこちらに目を向ける。

 相変わらず僕をジッと凝視したまま固まるレオナルドの姿を見て、アトラさんが「あァ!?」と柳眉を吊り上げると、そのままこっちに走って来た。


「てめェ、何サボって女ひっかけてやがんだ! つか、オマエらもサボってんじゃねェよ! さっさとレストネアんとこ行って指示もらって来やがれ!」


 アトラさんに叱られてしょんぼりしたモブ騎士の方々が、僕とヒカリちゃんにそれぞれ自分の名前と住所を告げてから名残惜しそうに去って行った。

 その間に、アトラさんが未だに硬直したままのレオナルドに喝を入れるべく背後から跳躍して手刀を振り被った。しかしレオナルドはその死角からの一撃を見ることなく片手で受け止めて、そのままくるりと振り返ると、


「アトラ様」


「な、何だよ……」


「――これが、愛なのですね」


「は、はァ……?」


 迷いが吹っ切れたような、清々しい微笑を浮かべるレオナルド。そんな彼の言葉にアトラさんが眉を顰めながら困惑の声を上げる。

 その瞬間、僕は言い知れぬ悪寒を感じて身を震わせた。もしかして、この体は冷え性なのだろうか。そう思い、二の腕をさすっていると、


「みのりさん」


「え? あ、はい」


「この戦いが終わったら、結婚を前提に僕とお付き合い――」


 ――聞き終わる前に、僕は脱兎の如くその場から逃げ出したのだった。


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