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第三十二話 『ボス戦の横で繰り広げられる女の修羅場』


「――いや、ナイス時間稼ぎだったぜ!」


「え? アトラさん!?」


 突然の声に振り向くと、半壊した『魔境の花園』の正面に仁王立ちするアトラさんの姿があった。あと、その背後の瓦礫の陰にマーガレットさんの姿もある。

 いや、そんなことよりも。僕が驚きの声を上げたのは他でもない、アトラさんのフォルムが見慣れない状態にあったからだ。


「約束ですよ、アトラ様ぁ! 壊れたお店や商品、その他もろもろの補填に加え、今回の協力における報酬を別途請求させて頂きますからね~っ!」


「あァ、任せとけ! オレは死んでも約束は守る女だからなァ――ッ!」


 マーガレットさんの言葉に勇ましく応じるアトラさんは、『魔境の花園』の商品と思われる衣服を何重にも重ね着して盛大に着ぶくれしていた。

 そんなモコモコお団子フォルムと化したアトラさんが、「いくぜェ!」と凄絶な笑みで宣言した直後、目にも止まらぬ早業で猛然と衣服を脱ぎ始めた。


「オレの『パージ』は脱げば脱ぐほど強くなるギフトだ! 逆に言やァ、脱ぐモンがあればあるほど強くなれるってなァ寸法よ!」


 そう言い終わると同時に、アトラさんが下着を残して全ての脱衣を完了した。

 次の瞬間、アトラさんの姿がその場から掻き消える。常人には視認不可能な速度での高速移動、だけどアトラさんの艶姿を海馬に焼き付ける義務を帯びた僕の眼球は限界を超えて彼女の動きに追随し、辛うじて目視に成功していた。


 言ってしまえば、何てことはない。

 アトラさんはただ真っ直ぐ走り、レイトさんの直下に差し掛かると同時に両足をたわめて真上に跳躍、そのままレイトさんの顎を真下から蹴り上げたのだ。

 威力も然ることながら、とにかく動きが速すぎた。さすがのレイトさんも反応できず、蹴り上げをモロに喰らって盛大に仰け反っていた。


「レオナルドォ――ッ!!」


「お任せを――!」


 アトラさんの呼びかけに、既に跳躍していたレオナルドが仰け反るレイトさんの頭上を飛び越えて、空中で上下逆さになりながら剣を真下に一閃した。そして、空中で器用に身を捻りながら綺麗に着地する。

 一拍遅れて、レイトさんの両翼が根元からズレた。そう思った次の瞬間には、一対の巨大な黒翼がゆっくりと落下し、地面に鈍い音を立てて墜落した。


 二人の見事な連携により、両翼を失ったレイトさんも落下――しなかった。


「おいおい、マジかよ……っ!」


「これは……っ!」


 無事に着地したアトラさんとレオナルドがそれぞれ戦慄を顕にする。

 二人の見上げる先、一瞬にして両翼を再生させたレイトさんが悠然と腕を組み、まるで堪えた様子もなく依然として空中に浮いていた。


 負傷した直後には既に傷が癒えている。恐ろしい再生能力だ。

 僕も傷の治りの速さには自信があるけれど、レイトさんと比べればほんの僅かに劣ってしまう。比率で言えばたぶん十対八くらいのイイ勝負だ。


「不滅の黒龍……だったか? そういや、絶滅種の中にそんなヤツがいたって聞いたことがあるな。成体は人の言葉を理解するほど知能が高く、ほぼ寿命以外の理由で死ぬことがねェっつー、アホみてェな再生力を有した黒いドラゴン……まァ、目の前のコイツがたぶんソレなんだろうよ」


「アトラ様……この黒いドラゴンのことをご存知なのですか?」


「まァな。なんでも幼生時は五歳児の拳骨一発でお陀仏するほどにクソ雑魚で、しかも成体になるのに百年以上の時間が必要って話だ。そんなベリーハードな幼少期に加え、成体すると厄介だって認知が広まれば、あとの流れはお察しだ」


「それで絶滅して……いえ、絶滅させられた、ということですか」


「逆に言やァ、意図的に滅ぼさなきゃならねェほどヤベェ魔獣だってことだ」


 冷や汗を垂らしながら、アトラさんが無理やり口端を裂いて笑う。

 今のアトラさんとレオナルドの会話を正座してアテネさんに説教されながら聞いていた限りだと、どうやらレイトさんは想像以上の傑物らしい。


 事態の深刻さを理解した僕は、おちおち座ってなどいられないとぴょんと立ち上がり、顔を真っ赤にして荒ぶるアテネさんを力強く説得した。


「アテネさん! 状況を理解しているんですか! ピンチなんですよ!」


「そのピンチを生み出した張本人が何を言っているんですか!? あと、いい加減そろそろ服を着て下さい! すごく目のやり場に困るんです……っ!」


「こんな非常時に服なんて呑気に着ていられませんよ! 常識で考えて下さい!」


「常識から最も遠い人に常識を諭されるなんてぇ……! う、うぅぅ……っ。うぇぇぇえええええええええええええええええええええんっ!」


 ぺたんと女の子座りで崩れ落ち、とうとうアテネさんがマジ泣きを始めた。

 これは僕としたことが、紳士にあるまじき態度だったと即座に猛省。ひしっとアテネさんを抱き締めて、如何に自分が愚かだったかを真摯に謝罪する。


「ごめん、アテネさん! 僕が全面的に悪かったよ! 服もちゃんと着る! 常識も一から学び直す! だから、もう泣かないでっ!」


「ぐすっ……本当、ですか……っ?」


「もちろんだよ。ほら、僕の目を見て。この目が嘘を吐いている目に見える?」


「……うん」


「そっかぁ……」


「オマエら遊んでねェで少しは手伝いやがれェ――ッ!!」


 躊躇なく頷かれたショックで遠い目をしていると、レオナルドと共にレイトさんと壮絶なバトルを繰り広げるアトラさんからお叱りの声が飛んで来た。

 その叱責にハッとしたアテネさんが涙をぐいっと拭い、慌てたように立ち上がって「すみません……!」と謝りながら駆けて行った。

 僕もすかさず反転し、半壊した『魔境の花園』へと駆け込む。


「マーガレットさん、服を買いに来ました!」


「いらっしゃいませ~!」


 にこやかに揉み手をするマーガレットさんに出迎えられ、僕は地面に散らばった衣服の数々を顎に手を当てながら「ふむ」と吟味する。

 アテネさんにああ言った手前、約束を守らなければ紳士を名乗れない。

 しかしそもそも残金がなかったのでそれ以前の問題だった。


 マーガレットさんと相談した結果、破れたりして売り物にならなくなった物ならタダで譲ってくれるとのことで、僕は痛んだ白のワンピースをチョイス。

 紳士としての務めを果たした僕は颯爽と戦場へ舞い戻った。


「お待たせしました! 五三種実、参戦します!」


「ふざけてるんですかっ!?」


 参戦しようとしたらアテネさんに怒られたので、僕は『魔境の花園』へと引き返して事情をマーガレットさんに説明した。

 しかし『魔境の花園』は女性服専門店なのでどうにもならないと言われ、僕は仕方なく退店して壮絶バトルを眺めながら考える。


「――あ、そっか! 僕が女の子になればいいんだ!」


 名案を閃いた僕はポンと手を打ち、早速その逆転の発想を実行へ移した。


「エッセンス・オブ・ザ・フール、発動――ッ!」


 内なる力を解放した次の瞬間、僕の全身が眩い光に包まれた。

 光が収まると、最初に気付いたのは視界の違和感だ。いつもより目線の高さが低くなっているように感じられる。


 ちらりと自分の胸元を見てみると、そこには見慣れぬ膨らみが存在していた。大き過ぎず、小さ過ぎず。ごく平均的なバストサイズである。

 試しに触ってみると、水枕のような素晴らしい感触が返ってきて、思わず「おぉ~」と感動の声が漏れる。もちろん、その声もいつもより高かった。


 後ろに振り返り、『魔境の花園』の割れた窓ガラスで自分の姿を確認してみる。

 そこに映っていたのは、くりっとした丸いおめめの、肩にかかるくらいのくすんだ金髪に緑色のアホ毛を揺らす、白いワンピース姿の小柄な少女だった。


「ん~?」


 ただ、僕は言い知れぬ違和感を覚えて首を捻った。

 我が姿ながら一目で誘拐したくなるほどの可愛さだけど、なぜか予想以上にしっくりくると言えばいいのか、もはやこれが自分の本来の姿だと言われても全く違和感がない。違和感がなさすぎて、逆にそれが違和感だった。


「う~ん……ま、いっか!」


 とりあえず、このワンピースを着る資格を得たのだからよしとしよう。

 あちこちが破けて白い肌が覗くこの姿を見れば、むしろベストマッチと言い切っても過言ではない。自分の魅力が恐ろしかった。


「じゃあ、改めて――」


「待て、ミノル」


 改めて参戦しようと駆け出しかけた時、不意に手を掴まれて引き止められる。

 振り返ると、そこにはヒカリちゃんと手を繋いだマコトがいた。


「あ、マコト。そういえばいたね。存在が希薄で今の今まで完全に忘れてたよ。というか、よくぼくだって分かったね? たしかに男の時の面影は少しあるけど、じっくり観察しないと分からない程度には別人だよ? 服も違うしさ」


「ああ。じっくり観察したから分かった」


「なるほど」


「はっきり言って好みだったからな」


「なるほ……え゛?」


「俺の好みド真ん中だ。嫁に欲しい。結婚してくれ」


「――――」


 ――悲鳴を上げなかった僕の胆力を誰か全力で褒めて欲しい。


「――邪気ッ!」


 しかし次の瞬間、飛んで来たのは賞賛ではなく禍々しい気を放つ妖刀だった。

 首を分断せんと迫る白刃を僕は限界まで背中を反らして躱し、そのままトンボを切って返す刀で振るわれた二太刀目を蹴りで弾いて後転――淑女の嗜みとしてふわりと浮いたスカートを手で押さえつつ距離を取って着地する。


「待ってヒカリちゃん! 暴力はいけない! 凄くよくない! 人類には対話という素晴らしい事態の収拾手段が――」


「まずは爪。次は歯」


 ――とてもではないけど、何の順番なのか聞く勇気はなかった。


「落ち着け。単なる冗談だ」


 と、マコトがメガネを押し上げながら告げる。

 正直、冗談では済まされない類の発言である。ヒカリちゃんが攻撃してこなかったら、今頃は躊躇なく殴りかかっていたと思う。


 今さらながら全身に鳥肌が浮いてきた。異常な寒気に思わず二の腕をさする。

 たとえ冗談でも、野郎に告白なんて喰らえば当然だ。それも相手はこのクズである。本音を言えば、今すぐにでも内なる殺意を解放したかった。


 だけど現在、クズを抹殺するよりも先に優先される別の案件があった。

 その最優先事項とは他でもない、僕の身の安全だ。具体的に言うと、ヒカリちゃんが瞬きもせずにその闇のような瞳で僕のことをジッと見つめている。

 だらりと下げた手に握られた妖刀の切っ先で地面に『呪』という字をいくつも彫り刻んでいる様子から、僕への殺意は微塵も衰えていないことが窺える。


 もしかすると、マコトの言葉が聞こえていなかったのかもしれない。

 逆に言えば、それほどまでに僕に集中しているということだ。それを逆手に取れば、僕の言葉は彼女に届く。伝えるんだ。真実を!


 僕はにっこりと優しく微笑むと、闇に沈みかけているヒカリちゃんの意識を現世へと呼び戻すべく真実を伝えた。


「安心して、ヒカリちゃん! マコトのさっきの発言は嘘だから!」


「……つまり、冗談ではなく、告白は本気?」


 ――おっと。どうやら真実を聞いた上で僕を殺す気マンマンだったご様子だ。


 アテネさん、アトラさん、レオナルドの三人がレイトさんと戦うこの世のものとは思えない壮絶な戦闘音と、悲鳴を上げながら逃げ惑う住民たちの阿鼻叫喚をバックミュージックに、今、女と女の熾烈なバトルが幕を開けようとしていた――。


※もちろん下着は着けてません。

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