第二十六話 『お買い物は計画的に』
「だ、大丈夫か……?」
「この程度、かすり傷の範疇ですよ……」
「お姉さんの知っているかすり傷とずいぶん違うわね」
膝を曲げ、心配そうに見下ろしてくるレンちゃんとマカオさん。そんな二人に問題ないと応じながら、僕は軽やかにのび太くんジャンプで跳ね起きた。
おっと右腕さん。僕の右腕が人体の可動域を逸脱した方向にねじ曲がっている。他にも傷の具合を確認してみれば、全身打撲に全身内出血、あばら骨全損に骨折が全身まんべんなく数か所ほど確認できた。つまり軽傷である。
「うん。これくらいなら一時間もあれば自然と完治するね」
「き、貴様は本当に人間か……?」
「お姉さんの知っている人間とずいぶん違うわね」
僕の自然治癒力を侮ってもらっては困る。この程度の負傷、元の世界では日常的に負わされていたからね。主に姉さんによって。
ブランコしている右腕の修復を試みつつ、僕はぐるりと首を巡らせた。
通行人が物珍しそうに僕を見てくるけど、殺意の高い通行人は一人も見当たらない。どうやら熱い戦いに満足して去って行ったらしい。
「ふっ、実に激しい戦いだったよ……」
「私の記憶が正しければ、瞬殺だったように見えたのだが……」
「あれほど一方的な暴力を見たのはお姉さんも初めてだわ」
額の血を拭って爽やかに一息吐く僕へ二人がコメントしてくる。
などと雑談している内に右腕の修復が完了した。折れた骨もほぼほぼくっ付いたようなので、これで普通に動くことは可能だ。
「という訳で、デートの続きを楽しみましょうか!」
「「まずは病院!」」
満面の笑みで吐血しながら言うと、揃って医療機関の受診を推奨された。
しかし僕はその場でロンダートジャンプからの空中三回転半ひねり、そして流れるような着地から派生する組み手を通りかかった通行人にお願いして披露。負傷を全く感じさせない僕の動きを見て二人もどうにか納得してくれた。
「ところで、お二人はお昼の方は?」
「私はまだだな」
「お姉さんもよ」
という訳で、まずはランチタイムという運びになった。
時間的に飲食店はどこも混んでいるのと、お昼は軽く済ませたいという女性陣のリクエストから、その辺りの屋台で買い食いすることに。
さて、ここは男の甲斐性の見せどころだね。二人をベンチに座らせ、僕は全力疾走で近場の屋台へと突撃した。ケバブに近い食べ物を三つ注文する。
「へい、らっしゃい」
「おじさん、三つ!」
と、指を三本立てて注文を述べつつ、僕はアテネさんお手製の財布を取り出す。
中を開いて確認すると、今回のデートに際してマコトから支給されていた軍資金は結婚指輪の代金として綺麗に消滅していた。
ふっと微笑をこぼして財布を閉じた僕は、怪訝な顔のおじさんに告げる。
「ツケでお願いします」
「シバかれてぇのか?」
額に青筋を浮かべたおじさんの殺意が急上昇した。
残念ながら手元に代金の代わりになるような物はない。結婚指輪も含め、金目の物は全て殺意の高い通行人たちに持ち去られていた。
「――――」
しかしここで引き下がることは出来ない。僕は素早くバックアップ部隊にアイコンタクトでヘルプを要請。マコトが何やらフリップを取り出して掲げてきた。
ふむふむ。なるほど。その情報を使えば、たしかに……。
僕はぐっと身を乗り出すと、おじさんの耳元で真摯に囁いた。
「(……娘さん、来年が入学式らしいですね?)」
「(わ、分かった……ツケで、いや、タダでいいから、どうか娘だけは……!)」
巧みな交渉術で全額割引をもぎ取った僕は、ハニーたちの下へ優雅に凱旋。
三人仲良く並んでケバブもどきをはむはむしていると、変装したアテネさんが屋台のおじさんにぺこぺこと頭を下げながらお金を渡している姿が確認できた。
「む? あの女、何か仕出かしたのか?」
「あら、どうしたのかしらね?」
「どうやら食い逃げに失敗したみたいですね」
「哀れな……」
「哀れだわ……」
二人が哀れみの眼差しでそそくさと退散して行くアテネさんを見送る。
仮に僕が二人に同調するような反応をしていたら、二人は「じゃあ確かめてみよう」と事情を聞きに行っていたかもしれない。
アテネさんと二人が邂逅しても、アテネさんはバックアップ部隊なので怪しい対応をしなければこの作戦に支障はない。
それでも、余計な波風は立てないに越したことはないはずだ。決して、事情を聞きに行った流れで店主から交渉の件を暴露されることを恐れた訳ではない。
「――さて、お昼も食べたことですし、次はどうしましょうか?」
「私は特に希望などはないが……」
「あ。お姉さん、服を買いに行きたいわ」
「行きましょう」
まさにデートの王道だね。素晴らしい。
などと感動に打ち震えていたら、レンちゃんが「ああ」とどこか納得したような声を漏らし、その小さな手をポンと打った。
「実は昨日、研究所に不審な輩が侵入してな。何が目的だったのかは分からんが、その者は更衣室に忍び込み、マカオの下着を盗んで行ったのだ」
「え゛っ?」
例の変装セットの持ち主が判明し、僕はぎょっとしてマカオさんに振り向いた。
そんな僕の視線に対し、マカオさんはどこか困ったように微笑むと、
「昨日は研究所に泊まり込みの予定で、あの下着は替えの下着だったの。だから、お姉さん、今は……」
そう言うと、マカオさんは片手で自分の体を抱くようにして豊満なバストを覆い隠し、もう片方の手を太ももの間に挟んでモジモジとした。
その姿に唖然としていると、ふふっと艶やかに微笑んだマカオさんが不意に体を僕の方へと寄せてきた。イイ匂いと共にマカオさんの呼気が耳に触れる。
「……責任、取ってもらえるかしら?」
「喜んで」
キリッとして即答すると、マカオさんは面食らったような顔をし、すぐに苦笑するように小さく笑った。
「五三種くん、からかい甲斐がないってよく言われないかしら?」
「いえ、そのようなことは微塵も。それより、僕が負うべき責任は――」
「おい、貴様ら! 遊んでないで、行くならさっさと行くぞ!」
責任について詳細を詰めようとしていたら、僕の腕をぐいっと引っ張って無理やり立たせたレンちゃんが、どこか不機嫌そうに言ってきた。
もしかして嫉妬かな? いやはや、モテる男は本当に辛いね。
「じゃあ、お姉さんがよく行くお店に行きましょうか」
ぶすっとするレンちゃんの頭を撫でてから、マカオさんが先頭に立って歩き出した。レンちゃんに手を引かれ、僕もその後ろに続く。
しばらく歩いていると、マカオさんがよく行くというお店に到着した。
「ここが、お姉さん行きつけのお店――『魔境の花園』よ」
そう言って、マカオさんが指し示したお店は――、
――僕が女装させられた、例の女性服専門店だった。




