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第二十五話 『きっと物陰で見ていた女神は頭を抱えている』


 ビシッとスーツをキメ、自慢の金髪をオールバックにした僕は、待ち合わせ場所である噴水広場へと向かっていた。

 ポケットに手を突っ込むと、そこには指輪の入った箱の感触がある。そう、いざという時の為に結婚指輪を購入したのだ。


「…………」


 ちらりと背後を確認してみれば、それぞれ変装したマコト、ヒカリちゃん、アテネさんの三人が物陰に隠れながら付いて来ている姿が確認できる。

 今回のデートにおける役割は、僕がメインであの三人はバックアップ。目的はマカオさんから『神器』の情報を引き出すことだ。


 などと考えている内に、待ち合わせ場所である噴水広場に到着した。

 見れば、既にマカオさんは到着していた。例の白衣に身を包み、豊満なバストを抱えるように両腕を組みながら、隣に立つ誰かとお喋りしている。


 ――メレンゲさんだった。


「なん、だと……?」


 思わぬ人物の姿に、僕は戦慄して立ち尽くした。

 素早く後方に振り返り、バックアップ部隊にアイコンタクトでヘルプを求める。すると、マコトが手でゴーサインを出して来た。


「なるほど。本物の紳士なら、二人まとめて満足させてみろってことだね?」


 マコトの言わんとするところを察した僕は、さっそく二人の下へ突撃した。


「やあ、待たせたね、ハニーたち。五三種実、ただいま到着さ」


 さっと前髪を掻き上げ、爽やかなウィンクと共に声をかけると、僕に気付いたマカオさんが片手を上げ、


「気にしないでいいわ。お姉さんたちも、ついさっき来たところよ」


 そう言って微笑んだマカオさんが、不意に距離を詰めてきた。そして、まるで内緒話でもするように、声を潜めながら言ってきた。


「(今日は、彼女……所長のストレスを発散させることが目的なの。五三種くん、君の力が必要よ。彼女をうんと楽しませて上げてくれないかしら?)」


 もちろん、お姉さんもね――と、マカオさんが色っぽくウィンクしてきた。

 どうやらマカオさんは、昨日の僕の嘘でメレンゲさんがストレスをため込んでいると勘違いしたらしく、それを解消させる為にこのデートを企画したらしい。


「――貴様が、五三種実か?」


 と、白衣のポケットに両手を突っ込みながら、メレンゲさんが話しかけてきた。

 思えば、こうして話をするのは初めてだ。しかも、僕とは初対面だと思っているらしく、「メレンゲだ」と自分の名前を言いながら手を差し出してきた。


「マカオが外に出ろとうるさくてな。本音を言えば、研究の続きをしたかったのだが……昨日、過労が祟って倒れてしまってな。おまけに、暴漢に襲われる悪夢まで見る始末だ。さすがに息抜きも必要だと判断し、今日は出てきた次第だ。貴様は個性的でユニークな男だとマカオから聞いている。私などと一緒ではあまり楽しくないかもしれないが、今日は一日、よろしく頼む」


「はは。レディと一緒にいて楽しくないなんてことはありませんよ。五三種実です」


 キラリと白い歯を光らせながら、自己紹介と共に僕も握手に応じる。

 するとメレンゲさんは、僕と握手した自分の手をさすりながら、ほんのりと頬を染めて上目遣いに僕を見上げてきた。何やら胸を押さえている。


「な、なぜだろうな……ひどく、動揺している自分がいる。そう、何か、胸の辺りに違和感が……いや、快感? 不快感か? とにかく、動悸が凄い」


「所長。それはきっと、恋だと思うわ」


「恋? 恋だと? この私が、こんな年下の少年に、か?」


「光栄です。結婚しましょう」


「なにっ!?」


 片膝を着き、ポケットから取り出した小さな箱を開いて差し出す。中の指輪を見て、メレンゲさんが目を見開きながら後ずさりした。

 念のために用意しておいて正解だったね。幸せな家庭を築きましょう。


「い、意味が分からん。初対面の相手にいきなりプロポーズだと? 理解が追い付かん……なのに、なぜ、こうも顔が熱い? まさか、これが、恋……? いや、ありえん! そもそも、この貧相な体のどこに惚れる要素がある! 言っておくが、私はずっと研究一筋で、一般的な婦女子とはかけ離れた価値観を持っていると自負しているぞ! そんな私にプロポーズだと? からかうのも大概にしろ! ほ、本気にするぞ、バカ者がっ!」


 顔を赤くしながら早口にまくし立てるメレンゲさんに、僕はふっと微笑んだ。


「レンちゃん。僕はただ、いつだって自分の欲望に忠実なだけなんだよ」


「レンちゃんとか言うな! あと、ボロを出したな! 欲望に忠実だと? それはつまり、私の体が目的だということだろ? こんな幼児体型に劣情を抱く男など存在するはずがない! 故に、貴様の私に対する好意は嘘偽りだということだ!」


 ビシッと僕に指を突き付け、レンちゃんが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 そんなレンちゃんの主張に対し、僕は真面目な顔で首を横に振った。


「違うよ、レンちゃん。ロリに欲情しない男なんて存在しない。だって、ロリも等しく女性なんだから。ましてや合法的に結婚が可能で、しかもこれ以上は成長しないという保証付き。もはや天然記念物に等しい存在だよ。神と言ってもいい。――レンちゃんは、自分の希少価値を自覚した方がいいと思うな」


「き、希少……? この、私が、か……?」


 動揺を顕にしたレンちゃんが困惑の面持ちでマカオさんを見上げる。

 意見を求められていると察したマカオさんが、レンちゃんの頭を優しく撫でながら慈愛に満ちた表情で言った。


「一説によると、オスは子孫繁栄の為に本能的に若いメスを求めると聞くわ。真偽のほどは定かじゃないけど、少なくとも所長が魅力的な女性であることはお姉さんも同意見よ。そうね、信じられないなら、試しに――」


 そう言うと、マカオさんはレンちゃんにそっと耳打ちした。

 しばらくして、体を離したマカオさんをレンちゃんは疑わしげな目で見つめ、次にその視線を道行く通行人たちへと向けた。

 確認するように振り返るレンちゃんにマカオさんが頷く。それを受け、顔を正面に戻したレンちゃんは、気乗りしない様子でその小さな手をメガホンにし――、


「お、おにぃ~ちゃ~ん!」


「「「「「は~ぁ~い~?」」」」」


 気持ち声を幼くして発せられたレンちゃんのシャウトに、足を止めた道行く野郎どもがデレっと相好を崩しながら一斉に振り返った。無論、僕もその一人だ。

 汚い猫撫で声による大合唱を聞いて、レンちゃんはその青い瞳をまん丸に見開いて絶句している。見れば、マカオさんが「うっ」と口を押さえていた。


 おっといけない。危険を察知した僕は素早く野郎どもの視線を遮るように、またレンちゃんを背後に庇うような立ち位置へと移動した。

 その瞬間、野郎どもから殺気が放たれた。「あぁん?」とガンを飛ばす者、露骨に大きな舌打ちを響かせる者、痰を吐き捨てて中指を突き立てる者が続出する。

 しかしそれはまだ穏便な方で、殺意の高い何人かが首の骨をコキコキと鳴らしながらゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。


「――ふっ。相手にとって不足なし」


 対する僕はスーツを脱ぎ捨て、ネクタイを緩めながら首の横に手を添える。

 次の瞬間、僕の首から鳴り響いた骨の音を聞き、殺意の高い通行人たちが戦慄したように息を呑んだ。そう、僕の奏でた音の方が大きかったのである。

 対抗意識を燃やした一人が首の骨を鳴らし返す。僕も負けじと首の骨を鳴らす。バキバキ、ボキボキと骨が奏でる小気味のいい音の合戦が幕を上げた。


「お、おい、貴様……っ!」


 と、レンちゃんが慌てた様子で僕の腕を掴んできた。

 振り返った僕は、壊れ物を扱うように、その小さな指を丁寧に引き剥がしていく。そして、その場に片膝を着くと、優しく微笑んで言った。


「レンちゃん。男には、引けない戦いがあるんだ」


「――っ」


 諭すように言うと、レンちゃんは助けを求めるように後ろへ振り返った。

 その縋るような眼差しに、しかしマカオさんはゆるゆると首を横に振る。それを見たレンちゃんは、痛みを堪えるように浅く唇を噛んで俯いた。

 小さな肩を震わせていたレンちゃんは、やがてその顔を持ち上げると――、


「……必ず、勝つのだぞ?」


「――もちろん」


 不敵に頷いた僕は、サッと身を翻しながら立ち上がった。

 首を負傷したらしく、三人ほどリタイアして担架で運ばれていたけど、前哨戦を乗り越えた猛者たちは、凄まじいプレッシャーを放ちながら僕を待っていた。


「待たせたね」


「へっ、別に構うこたぁねぇさ」

「別れの挨拶を邪魔するほど、俺たちも野暮じゃねえ」

「逃げ出さなかったその気概だけは買ってやるぜ?」

「とはいえ、我らも鬼ではない。ルールを定めましょう」

「ああ。武器なしギフトなし、完全なステゴロでどうだ?」

「おっと、人数が不利だとは言うなよ? 先に挑発してきたのはテメェだぜ?」


「それで構わないよ。――じゃあ、始めようか」


 僕と殺意の高い通行人の方々が睨み合う。

 音もなく現れたマコトが、スターター役としてコインをピンっと指で弾いた。くるくると回るコインが頂点に達し、ゆっくりと落下してくる。

 張り詰めた緊張が場を支配する中、コインが音を立てて地面に落ち――、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 僕は気合のシャウトを迸らせ、熱き男の戦いへと身を投じたのだった。


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