第二十四話 『人はその感情を『恋』とは呼ばない』
「――で、『神器』の存在を忘れて、そのまま帰って来たと?」
「そう言えなくもないね」
「そうとしか言えないと思います……」
マコトの確認するような問いかけにパチンと指を鳴らして肯定を返すと、アテネさんが呆れたようなため息と共にコメントを挟んできた。
現在、僕たちはマコトの部屋に集合し、昨日の成果を報告し合っていた。
ちょうど、トップバッターである僕の報告を一通り終えたところだ。
ちなみにアテネさんの服は元に戻っている。昨日、思ったよりも早く帰れて時間を持て余し、宿の人に裁縫道具を借りて自分の服を自作したらしい。
それまで着ていた僕のジャージも穴などを塞ぎ、ついでに下のジャージも作って返してくれた。なので、今の僕は上下共にジャージ姿だ。ノーパンである。
「――治療、終わった」
と、ここでヒカリちゃんが部屋に戻って来た。
その報告を受け、僕はアテネさんと一緒にほっと胸を撫で下ろす。
「毒素は取り除いた。でも、しばらくは要安静」
「ありがとうございます、ヒカリさん……!」
ぴょんとマコトの膝に飛び乗り、「ふぅ」と小さく吐息するヒカリちゃんに、安堵の涙を浮かべたアテネさんが感謝の言葉を述べる。
患者の名前は『にけ』。症状は食当たりだった。
「まさか、あのネズミが実験用のモルモットだったなんてね……」
何か怪しい薬品の実験体だったらしい。
神鳥である『にけ』でこの状態だ。仮に僕が血迷って食べていたら、今頃は『ぽち』に騎乗したおばあちゃんと感動の再会を果たしていたと思う。
「さて、ちょうどヒカリも帰って来た。今度は俺の報告を述べよう」
「マコト様が話す。正座して拝聴」
「「はい」」
僕とアテネさんが床に正座するのを見届けてから、マコトがメガネを押し上げながら口を開き、昨日の出来事を告げた。
「俺たちは昨日、この国の裏組織を一つ壊滅寸前まで追い詰めた」
「いきなり明後日の方向すぎませんかっ!?」
「余計な口は挟まない。次は、その胸が萎むことになる」
「――っ」
恐ろしいペナルティをチラつかされ、青くなったアテネさんが自分の胸をバッと両手で庇いながらこくこくと首を縦に振る。
僕のペナルティはどうなっているのだろう。試してみるか?
「ミノルは呪い殺す」
――僕だけペナルティが重すぎた。
「表と裏の流通から市場に『アスクレピオスの杖』が流れていないか調べようと思ってな。表も裏もとなると、地下に潜む連中の方が詳しいし好ましい。一昨日、公衆浴場の帰りに作っておいたコネを使い、昨日は裏組織の幹部と接触した。情報を聞き出そうとしたが、余計な情報戦を仕掛けてきてな。軽く脅したら向こうも抵抗し、戦闘になった。で、気が付けば組織は壊滅寸前。そこでボスと取り引きし、見逃す代わりに情報など様々な見返りを得た。まあ、ハズレだったがな」
「「…………」」
正直、僕は昨日の自分がそれなりの大冒険をしたと思っていた。
でも、この男は次元が違った。まず、情報を得る為に裏組織と接触しようという考えが真っ先に思い浮かぶ辺りからしてヤバい。
「だが、ミノルの報告を聞いて、入手した一つの情報の重要性が跳ね上がった」
「と言うと?」
邪魔をしない合いの手くらいなら許されるらしい。むしろ話を円滑に進める協力をしたと判断されたみたいで、ヒカリちゃんは満足げに頷いていた。
「ここ最近、裏ルートで頻繁に魔獣の化石が買われている。買い手は魔獣研究所だ」
「でも、それは……」
「ああ。魔獣の研究を専門とする機関が、魔獣の化石を購入している。別に不自然なことではない。――その化石が、『絶滅種』の物でなければな」
「まさか……!?」
ハッとしたアテネさんが目を見開き、マコトが「そのまさかだ」と頷く。
「アテネ、一つ確認するぞ。『アスクレピオスの杖』を使い、化石から生物を再生させることは可能か?」
「……可能、だと思います」
アテネさんは、神妙な面持ちでマコトの質問を肯定した。
そして、その表情のまま静かな声音で続ける。
「私の方の報告ですが……『神樹の実』の捜索は難航しているみたいです。唯一の情報源であるお頭さんが曖昧な供述ばかりするのが原因だそうです」
「狙い通りの状況だな。タイムリミットに関しては問題なさそうだ」
「はい。……それで、実は私も気になる情報を一つ入手したんです。マコト君と同じで、ミノル君の報告によって重要度が上がりました」
「なんだ?」
「『火中の栗』が飼育していた『絶滅種』に関する情報です。どうやらお頭さんがとある売人からタダで譲り受けた卵から孵ったみたいなんです」
アテネさんが言っているのは、たぶん『ぽち』のことだろう。まさか、卵から生まれたとは驚きだ。いや、それより、気になるのは――。
「その売人……人相は分かるか?」
「それが、ぶかぶかのローブを着た上に、目深にフードを被っていたらしく、さらにピエロを模した怪しげな仮面で顔を完全に隠していたみたいなんです。ただ、声は女性だったようで、フードと仮面の隙間から紫色の髪が見えたそうです」
「紫の髪をした、女か……」
そう呟くと、マコトは静かに息を吐き、情報を整理するように語り始めた。――なぜか、僕の方を見ながら。
「『アスクレピオスの杖』と『絶滅種』が関係しているはほぼ確実だ。そして、その『絶滅種』が大量に飼育されている地下空間が存在する魔獣研究所、そこに売人の特徴と一致する人物が一人いる。誰か分かるか?」
「――なるほど」
目を閉じて深々と頷いた僕は、無言で立ち上がり素早くスタートを切った。
しかし瞬時に反応したヒカリちゃんが『呪いの藁人形』をきゅっとした。全身を激痛に見舞われた僕は激しく転倒、悶絶しながら床の上をのたうち回る。
「ヒカリ。吐かせろ」
「ん」
と、短く返事をしたヒカリちゃんが僕に近づいてくる。
しかし僕は拷問なんかには屈しない。常日頃より身内からの過剰なスキンシップに晒されている僕は痛みには慣れているからね。
不敵な笑みを浮かべて激痛に耐えていると、ヒカリちゃんは手に『呪いの藁人形』を持ったまま僕の近くにスッとしゃがみ込み、耳元でそっと囁いた。
「……言って、お兄ちゃん?」
「実は昨日、マカオさんから誘われて、今日の正午にあの噴水広場で待ち合わせです。平穏なデートが出来なくなると思って逃げました。……ハッ!?」
しまった! 妹のお願いに全てを白状してしまった!
「研究所に乗り込む手間が省けたな。そのデートを利用するぞ」
「この鬼畜めぇッ!?」
と、クズの発言に目を剥きながらシャウトした時だった。
不意にポンと肩に手を置かれ、振り向くとアテネさんの顔があった。僕と目が合うと、アテネさんはニッコリと女神の微笑を浮かべ、
「デートの約束、してたんですね」
「……はい」
なぜだろう。胸がドキドキする。あと発汗と悪寒もすごい。
きっと、人はこの感情を『恋』と呼ぶのだろう。
「――よし、プランを伝えるぞ」
こうして、波乱を呼ぶデート計画が始動したのだった。




