第二十二話 『薬も過ぎれば毒となる』
施設の中に警告音が鳴り響き、バタバタと白衣の研究員たちが駆け回る。
どうやら不審な輩がこの施設に忍び込んだらしい。研究員たちの会話によれば、その侵入者は卑劣にも人質を取っているとのことだ。
「クソッ! どうやってここの厳重な警備を……っ!」
「侵入者の姿を見たヤツはいるか!?」
「み、見たわ! でも、遠目に後ろ姿をちらっとで……!」
「構わん! そいつの特徴は!?」
「か、肩パッドを装着した全裸の少年よ!」
「「「なにっ!?」」」
「だから、肩パッドを装着した全裸の少年よッ!!」
――そう、僕である。
「――――」
壁に張り付きながら、僕は気配を消して研究員の会話に耳を澄ませる。
やがて運動不足の研究員たちがぜぇぜぇと息を荒げながら走り去っていくのを確認し、僕は長らく詰めていた息をほぅと吐き出した。
「ん゛ーっ! ん゛んーっ!」
「ああ、大丈夫。暴れないで。僕は紳士だから、君に危害は加えないよ」
腕の中で暴れる猿ぐつわを噛ませた幼女に僕は努めて優しく語りかけた。
研究員の子供だろうか。ぼさっとしたクリーム色のロングヘアに綺麗な青い目をした幼女だ。親から拝借したらしく、だぼだぼの白衣をまとっている。
「さて、ここからどうするかな……」
「んぅっ!?」
幼女を落ち着かせるために、僕は親が子供にするように優しく胸を撫でて上げつつ、このピンチをどう切り抜けるか思案する。
隠れている物陰からそっと顔を覗かせてみれば、得体の知れない生物やその断片が浮かぶ、謎の液体に満たされたガラス管がいくつも並んでいるのが見えた。
「何かの研究所、かな……?」
「んっ……ふっ……ん、ぅ……っ!」
僕のヒーリングタッチが効いてきたらしく、幼女は小さな吐息を漏らしながら徐々に大人しくなってきた。でも、まだ恐怖はあるらしく、さっきから小さな体が小刻みに震えていて、時々痙攣するように細い肩を跳ねさせている。
ひとまず効果はありそうなので、ヒーリングタッチはこのまま継続する。
「『にけ』……」
現在、僕の肩パッドの上に戦友の姿はない。
追っ手の研究員に良質なタックルをカマし、我が身を犠牲にして僕を逃がしてくれたのだ。今頃はきっと捕まっている。助けなければ。
そもそも、どうして僕がこんな所にいるのか。それは『にけ』が僕をこの施設へと導いたからだ。つまり、この施設に『神器』が存在する可能性がある。
しかし警備は厳重で、部外者以外は立ち入り禁止。正面突破は不可能だった。
そこで僕は穴を掘って地下から侵入した。ダクトの中を通り、網のように張り巡らされた赤外線センサーを勘で潜り抜けていた時だ。僕は重大なミスを犯した。
――そう、肩パッドの存在を失念していたのである。
右の肩パッドが赤外線センサーに触れ、施設内に警報が鳴り響いた。
慌てて逃げ出した先でバッタリと出くわしたのが、この僕の腕の中で息も絶え絶えに頬を紅潮させながら小刻みな痙攣を続ける幼女だった。
目を丸くして立ち尽くす幼女を僕は素早く回収、そして現在に至るという訳だ。
「ん゛ん゛~~~~ッッ!?」
と、ここで全回復した幼女がくぐもったシャウトを上げて激しく痙攣。そのままぐったりとして動かなくなってしまった。
薬も過ぎれば毒となる。どうやら幼い体には過剰回復だったようで、幼女は完全に目を回して気絶してしまっていた。
「――あら?」
「侵入者はあっちに走って行きました」
今のシャウトを聞かれてしまったらしい。壁の向こうからひょっこりと覗き込んできた女性とバッチリ目が合った。
しかし冷静な僕はすぐさま嘘の情報を提示。ポーカーフェイスで適当な方向を指差し、この窮地を臨機応変かつ華麗に切り抜ける。
「お姉さん、そっちから来たのだけど?」
「…………」
僕は無言で指をスライド。逆の通路を指差した。
すると、その女性はくすりと小さく笑い、
「まだ分からない? それとも、お姉さんのこと、もう忘れちゃったのかしら? ――五三種実くん」
「……マカオさん?」
そう、目の前に立っていた女性は、白衣をまとったマカオさんだった。
思わぬ人物との遭遇に驚いていると、マカオさんの後ろから何かが飛んで来た。そのままそれは僕の肩パッドの上に着地する。
「『にけ』……!」
戦友との再会に感動の涙が止まらない。そしてプレゼントなのか、クチバシに咥えたネズミを遠慮するなと言わんばかりに僕の口元に押し付けてくる。献身的すぎて涙が止まらなかった。決して、コレを食すのがイヤで流した涙ではない。でも、今はお腹がいっぱいなので遠慮しておいた。
「驚いたわ。侵入者って、君だったのね。……どうしてこんな所に?」
「道に迷いました」
「道に迷って辿り着くような場所じゃないと思うのだけど……何か、事情がありそうね。深くは追及しないわ」
ネズミを平らげた『にけ』が「じゃあこれは?」と黒光りする虫を僕の口元に押し付けてくるのを爽やかな笑みで遠慮しつつ、
「えっと、マカオさんこそ、どうしてこんな所にいるんですか?」
「あら。お姉さんはここの研究員よ?」
首を傾げつつ僕が質問すると、マカオさんはポケットに両手を突っ込み、白衣の裾を鳥のようにパタパタさせて所属をアピールしてきた。
「不審な輩が侵入したと聞いて、暇な研究員たちが警備兵を差し置いて無謀にも犯人捜しを始めたの。で、面白そうだからお姉さんも一緒になって犯人を捜していたら、その子が研究員をタコ殴りにしている所に遭遇したのよ。それで後を追いかけていたら、ここに辿り着いたってわけ」
マカオさんの話を聞いて、僕は「なるほど」と頷いた。
僕を追いかけてくる研究員の方々は、まるで新しいオモチャを見つけた子供のようにギラギラと瞳を輝かせていた。「サンプル」や「人体実験」という不穏なワードを口走っていたので、捕まれば警備兵に捕まるよりヤバいことになる気がする。
「ところで、どうして所長が君と一緒にいるのかしら?」
「所長……?」
「君の腕の中でなぜか恍惚の表情を浮かべて気を失っている、その子のことよ」
と、マカオさんは僕の腕に抱かれる幼女を指差した。
聞くに、数ある研究機関の中でここは魔獣専門の研究施設らしく、この幼女はその所長を務めているお偉いさんだという話だった。
ちなみに名前はメレンゲ。こう見えても成人、つまり合法とのことだ。
以上の説明を聞き終えて、僕は悲しげに目を伏せながら事情を説明した。
「実は、一人でハッスルするメレンゲさんとここで遭遇しまして、僕に見られたショックで彼女は卒倒……紳士の僕は放置も出来ず、仕方なく介抱を……」
「そうだったの……。この非常時に、自分で猿ぐつわを噛み、こんな人通りの多い場所でバレるかバレないかのスリルを楽しんでいたなんて、そんなクレイジーかつリスキーな行為に踏み切ってしまうほど、所長という立場からくる重圧に相当なストレスを感じていたのね……」
僕とマカオさんは哀れみの眼差しでメレンゲさんを見下ろす。
すると、何やらハッとした『にけ』がメレンゲさんの頭を小突き始めた。
いけません。それは食用の幼女じゃありません。僕に「めっ」された『にけ』がしょんぼりと肩を落とす。
「とにかく、所長はお姉さんが預かるわ。研究員や警備兵の注意も逸らしておくから、その隙に脱出を。出口はそこの通路を真っ直ぐ進めば分かるはずよ」
「分かりました。ありがとうございます、マカオさん」
メレンゲさんをマカオさんに預け、僕は感謝の言葉と共に頭を下げる。
そして顔を上げた次の瞬間、マカオさんがそっと僕の耳に唇を寄せてきた。
「――明日の正午、例の噴水広場で会いましょう」
「デートですね。分かりました」
了承した僕は颯爽と身を翻し、胸の前で小さく手を振るマカオさんに肩越しのウィンクをキメてから軽やかに駆け出した。
そのまま通路を真っ直ぐ爆走していると、やがて突き当りで分かれ道に差し掛かった。何やら壁に案内標識が見える。
右:『職員用出入口』
左:『更衣室』
「更衣室」
僕は迷わず左折した。




