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第十九話 『エッセンス・オブ・ザ・フール』


 関所を通ろうとしたらまた僕だけ捕まった。

 アトラさんの口添えで解放されたけど、僕のような紳士を二度も誤認逮捕しかけるなんて、ここの関所の方たちは少し頭がおかしいと思う。


 ともあれ、無事に王都へと帰還を果たした僕たちは、『火中の栗』を騎士団の方々に引き渡し、王城に出向いて変態キングに報告。

 尋問に参加するらしく、「拷問♪ 拷問♪」とるんるんスキップで去って行くマカオさんを見送ったあと、レオナルドの誘いで僕たちは公衆浴場に訪れていた。


「あー、老骨に染みるのぉ~」


 露天風呂じゃないのは少し残念だけど、肩までゆっくり浸かれるのは非常にありがたい。正直、老化の影響で疲労の蓄積が半端ないからね。

 本当ならさっさと元の若さと頭髪を取り戻したいんだけど、ヒカリちゃんの『カース』では元に戻る代わりに別の『代償』が必要らしく、だったら僕自身の『ギフト』でと試してみたものの、ここで思わぬ問題が発生した。


「まさか、わしの『ギフト』が使えんようになるとはのぅ……」


 何度も試してみたけど、あの内なる力が解放される感覚は全く感じられなくなっており、目に見える範囲でも何かが起きた様子は皆無だった。

 もしかして、魔法のようにMPが底を尽きたとか、そういう感じだろうか。


「いや。お前のそれは、おそらく回数制限だ」


 と、メガネを湯気で真っ白に曇らせたマコトがそんなことを言ってきた。

 マコトは浴槽の中央に設置された、お湯を注ぎ込む装置らしき小便小僧の小僧を見据えながら曇ったメガネを押し上げると、


「お前の『ギフト』がこれまでに起こしてきた現象は、全くと言っていいほどに統一性が見られない。完全にランダムだ」


「ほほぅ、ランダムとな……」


 相槌を打ちつつ僕が呟くと、マコトは「そっちか」とこっちに振り返り、


「しかし、一言でランダムと言っても、お前の『ソレ』は格が違う」


「格が違うじゃと?」


「ああ。簡単に言えば、お前の『ギフト』は『何でもアリ』だ」


 ふむ。言われてみれば、たしかにそんな気がする。

 光の衝撃波に始まり、衣服の破壊、瞬間移動、謎の加速に、最後はアイテムの召喚だ。マコトの言う通り、『何でもアリ』って感じだね。


「何でもアリ。裏を返せば、それはどんなことでも出来るということだ。言ってみれば、神の奇跡に等しい。格が違うとは、そういう意味だ」


 神の奇跡。なるほど、僕が持つに相応しい力という訳だね?


「だが、強力すぎるが故に縛りもまた大きい。ヒカリが持つ『カース』の『代償』と同じだ。お前の場合は回数制限……おそらく、一日に三回までが限界だ」


「一日に、三回まで……」


 思い出してみれば、昨日は二回で、今日は三回『ギフト』を使っている。

 使用限度回数を超えたから、今日はもう使えなくなったという訳か。


「日付を跨げば残弾が全て回復するのか、それとも八時間で残弾が一発ずつ補充されていくのか……これは今後も要検証だな」


 顎に手を当てながらマコトがぶつぶつと呟く。

 とりあえず、僕の『ギフト』が使えなくなった訳じゃないみたいで安心した。

 あと、マコトも『カース』の『代償』を知っている様子だ。ということは、後頭部の十円ハゲにも気付いているのだろうか。


「ちなみに『代償』だが、主人である俺の『代償』は軽くなり、逆に俺以外の者が『カース』の力を使う場合は重くなるらしい。今のところ俺自身の『代償』は目に見える範囲では見当たらないが、乱発は避けた方が賢明だな。あとが怖い」


 ――うん。このバカ気付いてないね。


「俺の『ギフト』に関しては、昨晩の内にヒカリから聞いたから詳細は把握できている。焦点はやはり、お前のその『ランダムギフト』だな」


 メガネを押し上げた十円ハゲが僕を見て言ってくる。


「ミノル。今からお前にいくつか質問するぞ」


「ふっ、よかろう。この神が下賤なクズの問いに答えてやるわい」


「死ね。まず、第一の質問だ。最初にお前が『ギフト』を使ったとき……つまり、光の衝撃波を放ったとき、お前は何を考えながら『ギフト』を使用した?」


 さらっと暴言を吐かれた気がするけど、神は寛容なのでいちいち怒らない。

 僕は「ふむ」と腕を組んで目を閉じる。思い出せない。あれ? 本当に全く思い出せない。というか、何を聞かれたんだっけ?


「ボケ老人め。光の衝撃波を放ったとき、何を考えていたかだ」


 首を捻る僕を見て、マコトがもう一度質問を発してくれた。

 なるほど。つまり、魔獣の群れに追いかけられていたときのことか。

 僕は「うーむ」と唸ること五分。やがて唐突にハッと思い出した。


「そう、敵討ちじゃ!」


「敵討ち? 誰のだ?」


 僕はちょび髭さんのことをマコトに説明した。

 そしてグーで殴られた。


「虐待じゃ! 老人虐待じゃあ!」


「……お前、他に余罪を隠していないだろうな?」


 それはたぶん大丈夫だと思う。……大丈夫だよね?


「まぁいい。それより次の質問だ。アテネの服が破けたときは何を考えていた?」


「乳じゃな」


「納得した。次の質問だ。お前が魔獣と一緒に瞬間移動したときは?」


「仲間を救おうとしたのじゃ」


「信じ難いが納得した。謎の力で加速したときは?」


「とにかく急いでおった」


「最後。牛乳と育毛剤を召喚したときは?」


「ショタとハゲをどうにしたかった」


 僕は禿頭をキュッと擦りながら答える。

 するとマコトは「やはりか」と何やら納得したような呟きを漏らし、


「おそらくだが、お前の『ギフト』は完全にランダムという訳ではないらしい。ある程度の方向性を持たせることが可能みたいだ」


「ホウコウセイ……」


「目的を持って使用することにより、お前の『ギフト』はその目的に沿った現象を引き起こすということだ。過程に関しては、完全にランダムみたいだがな」


 というマコトの説明を聞いた僕は、パチンと指を鳴らして「ナルホド」と頷く。

 普段の若々しく明晰な頭脳なら言葉を発する前に全てを理解できただろうけど、今は残念ながらマコトが何を言っているのかさっぱり分からなかった。


「――要するに、だ」


「ふむ」


「お前の『ギフト』の正体は、お前の願いを汲み取り、それを叶える力だ。ただし、願いがどんな形で叶えられるかは、実際に使ってみるまでは分からない」


「願いを、叶える力……」


 呟き、僕は自分の手の平に視線を落とす。

 そんな僕に、マコトが少し真面目な声で言ってきた。


「ミノル。その『ギフト』だが、使うときは細心の注意を払え」


「ぬ?」


「願いを叶える力と言ったが、どこまでがお前の願いと判断されるか分からない。頭では別の願いをイメージしていても、深層心理に潜んだ願望を願いと受け取られて叶えられる可能性だってないとは言い切れない。最悪の結果も十分に考えられる。間違っても、世界の滅亡なんかを考えてはくれるなよ?」


「ほっほ。心配せんでも、紳士であるわしがそのような悪しきことを考えるはずなかろうが。常日頃から世界平和について考える聖人じゃよ、わし?」


 マコトの懸念を、僕は禿頭をぺちっと叩いて笑い飛ばす。

 そんな心配をするくらいなら、もっと建設的なことで頭を悩ませた方が絶対にイイ。そうだね、具体的には――、


「わしの『ギフト』の名前、とかじゃな」


「ああ、それならもう考えてある」


「ほぅ?」


 この男にしては気が利く。どういう風の吹き回しだろうか。

 名前の響き自体はイイんだけど、お米の銘柄から名前を付けられたヒカリちゃんの件もある。なので、ちょっと警戒してしまう。


 とはいえ、聞くのはタダだ。聞くだけ聞いてやろう。

 そう考えて僕が聞く体勢になると、マコトはメガネを中指で押し上げ――、


「エッセンス・オブ・ザ・フール。――意味は、『神の神髄』だ」


「…………」


 意外にまともなのが飛び出してきて、驚いた僕は目を丸くした。

 正直、悪くない。いや、かなりイイ。違和感もないし、ピッタリだ。


「――うむ、気に入った! 今日からわしの『ギフト』は、エッセンス・オブ・ザ・フールで決定じゃ!」


「お気に召したようで何よりだ」


 満足げな僕を見て、マコトがニヤリと邪悪に笑う。

 え? いや、そうか。普段からこの男の笑顔は汚い。だから邪悪な笑みに見えても別に不思議なことではなく、むしろ正しい認識と言えよう。


「……あれ? 僕は、何を……?」


 と、ここで水死体になっていたレオナルドが目を覚ました。

 話を聞かれるとマズかったので、マコトがスタンガンで彼の意識を刈り取っていたのだ。ちなみに他のお客さんの意識にもご退場してもらったので、この浴場は湯船に水死体がいくつか浮いている点に目を瞑れば貸し切り風呂だった。


「なんだか既視感のある衝撃が……なっ!?」


 頭を振りながら立ち上がったレオナルドが湯船に浮かぶ水死体を見て息を呑む。

 レオナルドの覚醒を事前に察知した僕とマコトは素早く水死体へと擬態していたので何も問題はなかった。


「ここで、一体何が……っ!?」


 戦慄するレオナルドに救出された僕とマコトは脱衣所でけろっと意識を回復。

 レオナルドが他のお客さんの心肺蘇生をする姿を横目に、二人仲良くコーヒー牛乳らしき飲み物で早飲み競争を楽しみ、それから脱衣所を後にした。

 男湯の暖簾を潜って外に出た僕は、マコトと別れて隣の女湯の暖簾を潜る。


「きゃあ!? おじいちゃん、ここは女湯ですよ!?」

「もう、おじいちゃんったら。男湯は隣だよ~?」

「聞こえてる? おじいちゃん? もしもーし!」


「はぁ? なんじゃってぇ!?」


 脱衣所に入ってきた僕を見て、数人の若い女性客が注意の声を飛ばしてきた。

 しかし耳が遠くてボケが深刻な僕に彼女たちの言葉は通じない。耳の横に手を当てて聞き返すフリをしながら接近し、素早く彼女たちの体に視線を走らせる。


 ちょうどお風呂から上がったばかりで着替え中だったらしい。彼女たちが動くたびに、はだけた服の隙間からお胸の谷間や白い太ももチラチラと見え隠れする。

 しばらく僕を説得しようとしてくれていた彼女たちは、やがて話が通じないと見るや、諦めて脱衣所を出て行ってしまった。


「ほっほ! 眼福じゃ眼福じゃあ!」


 彼女たちを見送った僕は、スキップで浴場の入り口へと向かう。

 この先にはアトラさんとヒカリちゃんがいる。本当ならマカオさんも誘いたかったけど、早々に別れてしまったので仕方がない。


 ちなみに、レオナルドが言っていたマカオさんが男だという話は、どうやら彼の同僚から聞いたものだったらしい。

 聞くに、その同僚は非番の日にこの公衆浴場を訪れ、そこでたまたま男湯の暖簾を潜って出てくるマカオさんを目撃してしまったのだとか。


 でも、証拠はそれだけ。実際に服の下を確認した訳ではないらしい。

 それに、マカオさんに抱っこされた時、僕の首の後ろに押し当てられたふんよりと柔らかい極上の感触は紛れもなく本物だった。

 出来れば決定的な証拠が欲しかったけど、僕の触覚を欺けるお乳はこの世に存在しないので、マカオさんは女性で間違いないだろう。


 何はともあれ、この扉の先には桃色に輝く神秘の花園が待っている。

 断っておくと、別に下心があってこの先に踏み込もうとしている訳ではない。そう、これは言ってみれば訓練のようなものだ。


 男という生き物が、どれだけ女体に興味津々なのか。僕が我が身を犠牲にすることで淑女の皆さまにその事実を再認識してもらう。それが真の目的だ。

 つまり、これは紳士的な慈善活動であり、僕は必要悪ということだ。もう一度言うけど、やましい気持ちは微塵もない。あるのは下半身の疼きのみ。



 ――では。



「紳士、参ります」


 片手で敬礼しつつ、僕は扉に手をかけた。そしてその手が横から伸びてきた何者かの手にガッと掴まれた。ふっ、ここまでか……。

 死を覚悟した僕が悟りの微笑で振り向くと、そこには濡れた体に巻き付けたタオルを片手で押さえつつ、ニッコリと微笑むアトラさんの姿があった。


 髪を下ろしたアトラさんはガラリと印象が変わっていて、満面の笑みも相まって可愛らしい貴族の清楚なお嬢様と言った具合だ。

 そして、そんなアトラさんの後ろからは、ヒカリちゃんがひょっこりと顔を覗かせて僕を見ている。濡れた黒髪が素肌に張り付いて妙に艶めかしい。その汚物を見るような氷点下の視線も相まって、背筋がゾクゾクしてくるよ。


 以上の視覚情報を刹那で処理した僕は、指をパチンと鳴らして二人にウィンクを送信。好々爺としたキメ顔で告げた。


「せめて、苦しまないようにお願いしますのじゃ」


 ――そこで、僕の意識は暗転した。


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