第十七話 『ショタも悪くない』
「――アテネが脱いだぞ。どうする?」
「舐めます」
カッと目を開いて覚醒した僕は素早く腹筋で上体を跳ね起こした。
視神経が千切れんばかりの勢いで眼球がスライド。周囲のスキャンを試みる。
手錠と縄で拘束された殺意の高い方々。違う!
ヒカリちゃんに頭を触られて「あひゃひゃ!」とアヘるロマンさん。違う!
爽やかな笑みを浮かべて手を振りながらこっちに歩いてくるレオナルド。邪魔!
僕と目が合うと少し頬を赤くして恥ずかしそうに身をよじるアトラさん。イイ!
などとガッツポーズをしていたら、アトラさんがこっちに早足で歩いてきた。
途中でレオナルドを横に押しのけ、僕の前で立ち止まると、何やらムッとした不機嫌そうな顔で見下ろしてくる。
そして何を思ったのか、僕の禿頭をガッと鷲掴みにすると、そのまま横にぐりっと捻って痛い痛い痛い痛い痛いッ!?
「何するのさアトラさん!?」
「……その目が気に食わねェ」
なるほど。どうやらアトラさんは僕の眼球を抉り出す魂胆らしい。
しかしキレ者の僕はこの窮地を鮮やかに回避する方法を即座に閃く。具体的に言うと、都合よく近くにいたクズを生贄に捧げた。
「アトラさん! マコトもアトラさんのことをエロい目で見てました!」
「別に他の野郎どもの視線は気にならねェ。ただ、アレだ……ミノルは特別っつうか、なんつうか……」
恥ずかしそうに口元をもごもごさせるアトラさん。どうしよう。なんだかドキドキする。しかしこれは恋のドキドキなどでは全然全くなく、むしろ命の危機に起因したただの動悸だった。だって、そろそろ本気で首の角度がヤバい。
「……ヒカリの前で浮気とはイイ度胸」
「ぉ、お゛ぉ……っ!」
そして隣ではマコトの首の角度も僕同様にデッドラインに突入していた。
ムッと頬を膨らませたヒカリちゃんが藁人形の首をねじっており、僕と目が合ったマコトが死にそうな顔で『コロス』と口パク。ひとまず合掌しておいた。
二人して仲良く死にかけていると、レオナルドが「まぁまぁ」と介入。二人を収めてくれて、僕とマコトは九死に一生を得たのだった。
「で、全裸のアテネさんはどこに?」
「アテネは突然消えたお前を捜すと言って一人離脱した。おそらく今もお前を捜して森の中をさまよっているはずだ」
なるほど。アテネさんは全裸で森の中を駆け回っていると。
「待て。どこへ行く?」
「決まっているじゃないか! アテネさん(全裸)を捜しに行くんだよ!」
「言っておくが、アテネの脱衣は嘘だぞ?」
「じゃあ後回しだね」
優先順位を素早く変更した僕は、ちらりとポチの方を見て、視線を前に戻した。
どうやら僕が気絶している間に捕まったらしく、ロマンさんと殺意の高い方々は拘束されて全員漏れなくボコボコにされていた。
「女の子に殴られるのって、案外イイもんだな……」
「ああ。向こうから積極的にボディタッチだもんな。ヤベェよ」
「俺、尻を蹴られたんだ。込み上げてくるものがあったよ……」
殺意の高い方々は新たな扉を開いたらしい。
恍惚の表情を浮かべる殺意の高い方々に、顔を青ざめたアトラさんが自分の体を抱いて「ひっ」とドン引き。その軽蔑の眼差しに殺意の高い方々が興奮した。
「もっとだ! 嬢ちゃん、もっと!」
「ハッ! 生ぬりぃぜ! 倍プッシュでお願いします!」
「お前の本気は、その程度なのか……?」
「こ、こっち見んじゃねェ……!」
変態へとジョブチェンジを果たした殺意の高い変態たちがハァハァと息を荒げながら熱い眼差しをアトラさんに向ける。
これにはさすがのアトラさんも悲鳴を上げ、逃げるように僕の背後へと回り込んできた。しかし僕の背が足りない。仕方なく僕を後ろから抱っこしたアトラさんがぎゅっと抱えた僕で変態たちの視線をガード。小さいながらもたしかな膨らみを背中に感じ取った僕はキラリと禿頭を輝かせ、
「ショタも悪くないね」
「兄ちゃんテメェこの裏切りもんがぁ!」
「そこ代われや兄ちゃん! いや、代わって下さい! お願いします!」
「……子泣きじじい」
負け犬の遠吠えが耳に心地いいね。
しかしヒカリちゃん。しれっと紛れ込んで僕を子泣きじじい呼ばわりはやめて欲しい。自分でも少し自覚があった分ダメージは甚大だった。
「おい、テメェら! いいからさっさと『神樹の実』を出しやがれ!」
僕の後ろからビシッと指を突き付けたアトラさんが言う。
身に覚えのない罪を問われた殺意の高い変態たちは「?」と顔を見合わせ、何やらハッとしたかと思うと揃ってロマンさんを見た。
そんな子分たちの視線にロマンさんはふっと不敵に微笑み、
「隠した場所を忘れた」
「またテメェが元凶か栗ィッ!?」
「もうヤだなんなのこの人ぉ!」
「どうせまだ俺たちの知らない余罪が山ほどあるんでしょ? もういいよ! 知らねぇよ! 煮るなり焼くなり好きにしろよぉ!」
ロマンさんの自白に殺意の高い変態たちが阿鼻叫喚の渦に包まれる。
でも、実際に『神樹の実』を食べたのは僕とマコトだ。ロマンさんは無関係のはずなのに、これは一体どういうことなのだろう。
などと首を捻っていたら、マコトに「ちょっと来い」と呼ばれた。
アトラさんに一言断りを入れて飛び降りた僕は、ちらっとポチの方を見てからマコトの近くへと素早く駆け寄った。
駆け寄った僕にマコトが声を潜めながら言ってくる。
「(ヒカリの『カース』で奴の記憶を改ざんした。これでしばらくは持つはずだ)」
「(あー、さっきのアレってそういう……)」
先ほどヒカリちゃんがロマンさんの頭に手を置いて何かしていたけど、どうやら嘘の記憶を植え付けていたらしい。
今のロマンさんは、アトラさんの乗る馬車を襲撃して盗んだ『神樹の実』をどこかに隠した、そう思い込んでいるとのことだ。
「(でも、実際には盗んでいないから……)」
「(ああ。隠した場所を忘れたと勘違いしている。しかしそれは好都合だ。存在しない『神樹の実』を国が探すことで時間稼ぎになるからな)」
「(なるほど。その間に僕たちは『神器』を探すんだね?)」
「(その通りだ)」
どうやら計画は順調らしい。そしてマコトの後頭部に十円ハゲを見つけた。おそらく十字架ホバーと十字架ファンネルの代償だ。主人であるマコトの代償は低コストなのか、それとも『妖刀』のポテンシャルが凄まじかったのか。どちらにせよ、後ろから見ていて滑稽だったので僕は満足だった。あえて指摘はしない。
――さて。
「マコト」
「なんだ?」
「マカオさんの姿が見当たらないね」
「そうだな」
「……本当は気付いてるんだよね?」
「…………」
「…………」
僕たちは無言で顔を見合わせると、揃ってポチの檻の方へと目を向けた。
実はかなり最初の段階から気付いてはいたんだけど、正直この話題に触れるのが怖かったので見て見ぬふりをしてきたのだ。でも、さすがにそろそろ現実を直視しないと先に進まない。そう判断して、僕たちは勇気を振り絞った。
振り向いた僕とマコトの視線の先、ポチの入った檻の中では――、
「ふふ。貴方、イイ声で鳴くわね。お姉さん、サイコーに滾ってきたわ」
『にゃ、にゃ、にゃ~っ!』
「あぁ……イイわ、凄くイイ! ほら、もっと鳴きなさいな! お姉さんを! もっと! 楽しませてちょうだい!」
『にゃーッ!』
――そこには、SMプレイに興じるマカオさんとポチの姿があった。




