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第十六話 『恥じらいこそが男を熱くする』


「――パージ!」


 凄絶な笑みでシャウトした次の瞬間、下着姿のアトラさんがフッと消えた。

 しかし覚醒した僕の執念が脳の働きを活性化。ギョルッと動いた僕の眼球が高速で動き回るアトラさんの姿を4k解像度で捕捉した。


 どうやらアトラさんは殺意の高い方々の死角に回り込もうとしているらしい。

 そして、狙い通り背後を取ったアトラさんが攻撃を仕掛ける為に急ブレーキをかけた。ここで僕の視界がズームイン。一時停止したかったので、姉さんに殺されかけた数々の思い出を呼び起こすことで走馬灯を起動、時間感覚を圧縮した。


 ――さあ、観察の時間だ。


 まず、アトラさんの状態。一言で言って半裸、下着オンリーだ。

 しかし惜しい。小ぶりなお胸を包むのはサラシで、お股を覆う布は太ももまでラッピング、何より恥じらいがないのが致命的である。


 とはいえ、むき出しの白い肌は素晴らしく、細身だけどその腰つきや肉の付き方は否が応にも女の子を意識させる。

 そして何よりエロい。スポーツ少女のような健康的なエロスを感じる。おっとアトラさんと目が合った。時間感覚が元に戻る。


「…………」


 アトラさんが無言で動きを止めた。殺意の高い方の一人を後ろから蹴ろうとしていたらしく、中途半端に上げていた足をゆっくりと地面に下ろす。

 ここで殺意の高い方々が背後のアトラさんに気付いて振り返った。全員、真面目な顔でジッとアトラさんを見つめる。僕もその一人だ。


「……っ」


 やがて、アトラさんはくすぐったそうに身をよじると、内股になって太ももをこすり合わせ、片腕で胸元を隠しつつ赤くなった顔をぷいっと横に逸らした。


「そ、そんなにジロジロ見んじゃねェよ……」


 それだ! 僕と殺意の高い方々はグッと拳を握って前のめりになった。

 エロスとは恥じらいがあって初めて完成する。僕は隣にいた殺意の高い方とガッと熱い握手を交わし、同時にニッと笑って喜びを分かち合った。


「ざけんじゃねぇ!」


 殺意の高い方の一人が立ち上がって吠えた。


「俺は……俺はよぉ……!」


 悔しそうに俯き、固く握りしめた拳を震わせるその殺意の高い方は、やがて血を吐くように思いの丈をシャウトした。


「巨乳派なんだよぉっ、クソッたれがぁッ!」


 その熱いシャウトを聞いて、数人の殺意の高い方が立ち上がる。


「よく言った! 俺も巨乳派だ!」

「男は母性に惹かれる! その象徴である乳房が乏しくてどうするよ!」

「貧乳に罪はねぇ! でも、それとこれとは話が別なんだ……っ!」

「巨乳が好きだ! 王道で何が悪いッ!」


 ここでまた別の殺意の高い方が数人ほど立ち上がった。


「バッキャロぅ! 女は尻だろうがボケがァ!」

「大きな尻に安心する……男なら誰だってそうじゃねぇのかッ!?」

「知ってっか? 尻って、光るんだぜ?」


 まるで呼応するように、次々と立ち上がる殺意の高い方々たち。

 正直、彼らの主張はどれも正しく、否定することなんて僕には出来ない。だけど、女体が大好きという根本的な部分はみんな一緒なのだ。

 そんな彼らが仲間同士で争う姿なんて、僕はこれ以上見ていられない。


「やめて下さい! 僕たちは同志! 仲間じゃないですか!」


 そんな僕の説得に、殺意の高い方々が気まずそうに口を閉じて目を逸らした。

 やがて、ぽつりぽつりと小さな謝罪の言葉が紡がれ、照れ臭そうに笑った殺意の高い方々が仲直りの握手を交わし始める。


「兄ちゃん、あんがとな……」

「ああ。俺たちが間違ってた……」

「そうだよな……俺たち、仲間、なんだよな?」

「みんな等しく女が好き。ああ、それでいいじゃねぇか」

「へへっ。兄ちゃんがいてくれて助かったぜ。ありがとよ!」


 涙を浮かべた殺意の高い方々が口々に僕へと感謝の言葉を述べてくる。

 そんな彼らの輪に温かく迎え入れられ、僕も目尻に涙を浮かべながら笑った。

 きっとこの時、僕と殺意の高い方々は本当の意味で通じ合えたのだと思う。薄くて見えない透明な壁が、音を立てて崩れていくのを感じた気がした。


「――ミノル」


「あ、マコト!」


 ポンと肩を叩かれて振り返ると、禍々しいオーラを放つマコトが十字架スタイルで僕の後ろに立っていた。

 マコトは腕が水平で固定されているので、僕の肩を叩いたのはどうやらマコトの背中に張り付くヒカリちゃんらしい。


「お前に呪いをかけた」


「え゛?」


「十分以内に連中を始末しろ」


「で、出来なかったら……?」


「――連中がお前のケツを狙って襲ってくる」


 僕の鉄拳が一番近くにいた殺意の高い方の顔面を粉砕した。

 唖然とする殺意の高い方々の前で僕はスタンバトンを両手に構えると、未だにモジモジしているアトラさんに鬼気迫る表情で叫んだ。


「乳はない! 尻もがっかり! 女としての魅力は壊滅的! ――って、こちらの皆さんが言ってましたぁ!」


「……ほォ?」


 僕のシャウトを聞いて、アトラさんがイラっとした顔で殺意の高い方々を見る。

 睨まれた殺意の高い方々は慌てた様子で僕の方に振り返り、


「兄ちゃん!? まさか裏切るのか!?」

「俺たち、仲間だったんじゃねぇのかよ!?」

「信じねぇ……俺は信じねぇぞ、兄ちゃん!」


「初めまして『火中の栗』の皆さん! 僕は五三種実と言います! 今から貴方がたを成敗しますのでよろしくお願いしますね!」


「俺たちとの出会いをなかったことにしやがった!?」

「初対面で通すつもりだぞ!?」

「無理がありすぎんだろ……っ!」


「問答無用ぉ――ッ!!」


 問答無用で『火中の栗』所属の野郎どもへと突撃した僕は問答無用で殴り返されて地面を転がった。くっ、強い……!

 しかしアトラさんは違う。目にも止まらぬ速さで動き回り、大の大人を女の子の細腕一本で千切っては投げ千切っては投げして無双していた。


「ハッ! 服の重みに縛られたテメェらに『パージ』したオレが捕まるかよ!」


 どうやらまじまじと見られなければ恥ずかしくないらしい。普段の調子を取り戻したアトラさんの蹂躙は止まらない。


「――よし。俺たちも行くぞ、ヒカリ」


「はい、マコト様」


 マコトの背中からぴょんと飛び降りたヒカリちゃんが片手をかざす。すると十字架スタイルのマコトが宙に浮かび上がり、回転を始めた。

 禍々しいオーラが高まり、最高潮に達した瞬間――マコトが放たれた。

 ファンネルするマコトが『火中の栗』を薙ぎ払って行く。


「おい、なんだコイツら!?」

「デタラメに強ぇぞ!?」

「兄ちゃんはあんだけ弱かったのに……!」

「くそっ! 兄ちゃんのショボさに油断しちまった……!」


 あまりにも散々な言われようだった。

 彼らの評価は『ギフト』を含めたものだ。でも、僕はまだ『ギフト』を使っていない。そう、彼らは知らないのだ。僕の本当の実力を。

 立ち上がって『ギフト』を使おうとした僕にヒカリちゃんが声をかけてきた。


「ミノル。これ」


 そう言って、ヒカリちゃんが僕に何かを投げてきた。

 受け取ってみると、刃渡りの長い日本刀だった。禍々しいオーラを感じる。

 でも、僕は難色を示した。さすがに人を斬ることには躊躇があったのだ。


「問題ない。その『妖刀』は生き物が斬れないように出来ている」


「なるほど。それならたしかに問題ないね!」


 頷いた僕は『妖刀』を構えて再度アタックを仕掛けようとしてやめた。

 ファンネルするマコトを操るヒカリちゃんに振り向いて言う。


「えっと……ヒカリちゃん? 人を斬るのは嫌だけど、人を斬れない武器を渡されても困ると言うか……」


「大丈夫。それは強力な武器。斬ってみれば分かる」


「そっか。ヒカリちゃんがそこまで言うなら……!」


 僕はヒカリちゃんを信じて今度こそアタックを仕掛けた。

 素早い動きと怪力で大暴れするアトラさんと空中を高速でファンネルするマコトに気を取られ、よそ見をしていた一人に僕は背後から斬りかかった。


「ん?」


 しかしヒカリちゃんの言う通り効果はなく、不思議そうな顔で振り向かれた。

 と、次の瞬間だった。僕の目の前で『妖刀』に斬られた方の衣服がはらりと切断されて逞しい筋肉が白昼の下に晒され――、


「きゃっ」


「ひぎゃぁあああああああああああああああああああああああああッ!?」


 間近で野郎の全裸を目撃した僕はあまりの威力に絶叫した。そして毛根が死滅して頭髪が全て抜け落ちた僕は一瞬でハゲた。


「なんでハゲ!?」


「ヒカリの『カース』は代償が必要。代償は『カース』の出力に比例する」


「あ、そうなんだ。うん、それなら仕方ないね!」


 しかし一振りでハゲるとは、この『妖刀』のポテンシャルはかなり高いらしい。

 試しに地面に突き刺してみると、まるで豆腐を刺したみたいにあっさりと地面を貫通して代償で僕の肉体が幼稚園児になった。


「しまった……!」


 ショタと化した僕は己の迂闊さに禿頭を抱えた。こんな姿でどう生きていけばいいのだろう。悩んだ僕は試しに自分の『ギフト』を使ってみることにした。

 使うごとに違う効果を発揮する僕の『ギフト』はイマイチ正体が掴めない。でも、僕は信じている。この『ギフト』なら、僕のこの惨状を解決してくれると!


「よろしくお願いしまぁーすっ!!」


 ENTERキーを叩くつもりで僕は『ギフト』を発動。内なる力が解放されるのを感じた次の瞬間、目の前の虚空から二つのアイテムが出現した。

 一つは牛乳で、もう一つは育毛剤だ。僕はそれをサッと手に取ると、勢いよく地面に叩き付けた。しかし地面に跳ね返った育毛剤が僕に逆襲。脛を持っていかれた僕は激痛のあまり前のめりに転倒し、垂直に突き刺さっていた牛乳ビンに顔面をぶつけて意識を失った。


「……バカ」


 薄れゆく意識のなか、そんなヒカリちゃんの呟きが聞こえた気がしたのだった――。


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