第6話 姉バルバラ
ロアの『体内刻印(舌バフ)』を受けた多くの女冒険者が、上位ダンジョンで大無双を果たしたという噂は、冒険者ギルドを通じて瞬く間に広がっていた。
女性冒険者たちが活躍した翌日、エングレイブ店にはさらに異様な熱気が渦巻いていた。
「おい、ロア!ちっと気恥ずかしいがよ、俺にもその噂の『舌バフ』ってやつをかけてくれよ!」
「俺もだ!どうしても上位パーティーに勝ちたいんだ!」
次に店に押し寄せてきたのは、筋肉隆々のマッチョ戦士や、キザなイケメン魔法使いをはじめとする男性冒険者たちだった。
彼らは実力主義の冒険者社会において、誰よりも早く強さを手に入れたいという野心に燃えている。
しかし、カウンターの奥から顔を出したロアは、極めて真面目な顔で首を横に振った。
「申し訳ありませんが、僕の『体内刻印』は、男性の皆さんには施術できません」
「なんだと!?女だけ特別扱いするってのか!金ならいくらでも払うぞ!」
怒号を上げる男たちに対し、ロアは手帳を開き、淡々と魔導理論の解説を始めた。
「お金の問題ではありません。命に関わる問題です。体内刻印は極めて繊細な術式でして、『陽の魔力(男)』と『陰の魔力(女)』が交わることで初めて中和・安定してバフとして成立するんです」
「陽と陰の魔力……?」
「ええ。同性同士、つまり僕のような男から男へ魔力を流し込むと、魔力衝突(拒絶反応)を起こして舌に激痛が走ります。最悪の場合、舌が破裂します。ですから、理論上、男相手には絶対に発動できないんです」
ロアは事実を述べているだけなのだが、つまりは『ロアの施術は女性専用である』という絶対的な宣告だった。
「そ、そんな……。じゃあ、俺たちはどうすれば……」
「安心してください。女の『陰の魔力』を男に流し込む逆のパターンなら成立します」
絶望する男たちに向けて、ロアはニコリと微笑んだ。
「男には女の熱い魂(魔力)が必要だ!ということで、我が店には男性客専用の特別魔柄記付与術師が配備されています」
「と、特別……?」
ドスゥゥゥンッ!
ロアの言葉が終わるか終わらないかのうちに、店の奥から地響きのような足音が響いた。
現れたのは、身長百九十センチを超える筋骨隆々の巨躯――霊長類最強女子こと、姉のバルバラだった。
「ふはははっ!バフとは魂と魂の殴り合いだ!よく来たねぇ、野郎ども!」
豪快に裂けたタンクトップから丸太のような腕を覗かせ、バルバラは分厚い唇をニヤリと歪めた。
「なっ……ば、バルバラの姉御……!?」
「さあ、誰からアタシの『剛魂破砕接吻』を受け止めるんだい?手加減せずにたっぷり魔力を注ぎ込んでやるよ!骨のある男はいないかい?」
男性冒険者たちは一斉に息を呑み、後ずさった。
強くなりたい。だが、あの一撃で魔獣を粉砕しそうな姉貴と、濃厚なディープキスをする勇気があるか……?
彼らは今、冒険者人生最大の究極の選択を迫られていた。
(うわぁ……地獄の光景ね……)
カウンターの隅でそのやり取りを見ていたエリスは、引きつった笑いを浮かべた。
可憐な美少女たちが赤面しながら甘い吐息を漏らすロアのブースが天国だとしたら、バルバラの前に並ぶ男たちの列は完全に処刑を待つ罪人のそれだった。
「……ちぃっ!強くなるためなら、俺は姉貴のディープキスでも耐えてみせる……!」
沈黙を破り、一人のマッチョ戦士が悲壮な決意を固めて前に進み出た。
「よく言った!その根性、嫌いじゃないよ!さあ、奥のブースへ来な!」
「うおおおおッ!俺は、俺はやるぞぉぉっ!」
バルバラに首根っこを掴まれ、マッチョ戦士が奥の男性専用ブースへと引きずり込まれていく。
残された男たちは、ゴクリと唾を飲み込みながら、ブースのカーテンを見つめていた。
――数秒後。
「ブフォォォォォォォッ!!」
ブースの中から、凄まじい吸気音と、断末魔のような叫び声が響き渡った。
「た、魂まで、吸い取られるぅぅぅーーッ!!」
ドガァァァンッ!
激しい破砕音と共に、カーテンを突き破ってマッチョ戦士が吹き飛んできた。
彼は完全に白目を剥き、口から泡を吹きながら店の床を転がり、ピクピクと痙攣している。
「ひぃっ!?」
「あ、あいつ、レベル四十の重戦士だぞ!?数秒で意識を刈り取られたっていうのか……!だが、あいつから凄まじい魔力が溢れてるぞ!」
「気絶と引き換えに、確かなバフはかかっているようですね」と、ロアが手帳にメモをする。
外で並んでいた男たちが一斉に青ざめる中、ブースの奥からバルバラが悠然と姿を現した。
「なんだい、もう終わりかい?」
バルバラは自身の分厚い唇についた唾液を手の甲で無造作に拭いながら、ニヤリと笑みを浮かべた。
「まだまだ吸い足りないねぇ。アタシの魂を受け止めるには、ちっとばかし器が小さかったみたいだ。さあ、次はどこのどいつだい?」
まるで獲物を狙う肉食獣のような瞳で、バルバラが男たちをねめ回す。
その圧倒的なプレッシャーと、床で白目を剥いている仲間の惨状を前にして、男たちの心は完全にへし折られた。
「す、すいませんッ!やっぱり従来の手の甲のバフでお願いします!!」
「俺も!俺も外皮バフでいいです!命だけは勘弁してくださいぃっ!」
男冒険者たちは即座に妥協し、ロアの前へと土下座する勢いで殺到した。
「えっ?あ、はい。外皮刻印ですね。わかりました。それなら僕でも施術可能ですから、順番に腕を出してください」
ロアは全く動じることなく、淡々といつものように手の甲へのバフを刻み始めた。
(この店……やっぱり狂ってるわ……)
美少女たちを天然で蕩けさせる弟と、屈強な男たちの魂を物理的に吸い尽くす姉。
連日の大騒ぎを前にして、エリスは重いため息をつきながら、この『終わりのない防衛戦』に頭を抱え続けるのだった。




