第5話 長蛇の列
翌朝、魔導都市の冒険者ギルドは異様な熱気に包まれていた。
「ねえ、聞いた?『白銀の爪痕』のノーラが、上位ダンジョンのカイザーオークを一撃で倒したって!」
「嘘でしょ!?あそこって四人がかりでようやく攻略できるクラスじゃない!」
「本当よ。彼女、エングレイブ店で新しいバフを受けたらしいわ。なんでも、従来の何倍も効果がある規格外のバフだとか……」
ギルドではすでに、ノーラの超人パワーが噂話好きな女冒険者の間で話題になっていた。
実力主義の冒険者社会において、男性とのフィジカル差を埋めるための強力な強化手段は、女子冒険者にとって喉から手が出るほど欲しいものである。
その噂は瞬く間に広がり、下町のバフ屋『魔柄記処エングレイブ店』の前には、朝から女冒険者たちが押し寄せ、長蛇の列を作っていた。
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「ええっと……これは一体、どういう状況ですか?」
店を開けたロアは、目の前に広がる女冒険者の群れを見て目を丸くした。
「ロア先生!ノーラが受けたっていう新しいバフ、私にもお願い!」
「私、明後日中層のボス戦なの!いくらでも払うからやってちょうだい!」
熱を帯びた女性たちの声が店内に響き渡る。
カウンターの奥で様子を見ていたエリスは、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
(ううっ……変な虫が付かないかロアを偵察に来てみれば、ノーラが上級ダンジョンで無双なんてするから、こんなことに……っ。これじゃあ、ロアの唇が休まる暇がないじゃない!)
エリスの内心の悲鳴をよそに、ロアはコホンと一つ咳払いをして、プロの顔つきになった。
「皆さん、落ち着いてください。この『体内刻印(舌バフ)』は、常時運用は今回が初めてです。万全を期すため、慎重に事を進めさせてください」
そう宣言すると、ロアは手帳とペンを手に取り、一人ずつ丁寧にヒアリングを始めた。
「君のメインウェポンは双剣だね。それなら、瞬発力と反射神経を極限まで引き上げる『クールミント・フレア』のフレーバーが合うはずだ」
「私は炎魔法の詠唱速度を上げたいの。できるかしら?」
「ええ、可能です。魔力回路を活性化させる『スパイシー・シナモン』と、舌先を弾くような刺激のキスの技で術式を組みましょう」
ロアは彼女たちの要望を聞き取り、一人ひとりに合ったフレーバーや魔法陣を瞬時に選定し、次々と施術を行っていく。
「では、こちらの個室ブースへ。顎を上げ、舌を出してください」
カーテンで仕切られた個室ブースの中から、微かな衣擦れの音と、甘い水音が漏れ聞こえてくる。
「ん、ふ……っ、ひゃぁっ……!」
「ちゅぷ……じゅるる……」
静まり返った店内に、女性の嬌声と、濃厚なディープキスの音が響き渡る。
数分後、ブースから出てきた女冒険者は、一様に顔を真っ赤にして足を震わせ、放心状態となっていた。
「はぁっ……はぁっ……す、すごい、体の奥から魔力が……それに、あの熱いキス……っ」
腰を抜かしそうになりながら店を出て行く女冒険者たちを見送るたびに、エリスの心の曇りゲージはどんどん蓄積していった。
(ロアが、他の女と……。しかも、相手の好みに合わせたフレーバーでキスしてるなんて……っ。信じられない、変態!ド変態!)
ギリィッ、とローブの裾を噛みちぎらんばかりに睨みつけるエリスだが、ロアは全く気にも留めていない。
彼にとっては、全てが純粋な技術的探求の対象でしかないのだ。
「次の方、どうぞ」
ロアは繊細な筆を扱うため、指先は常に滑らかに手入れされている。
そして一回施術が終わるごとに、口内環境を整えるための専用の口ゆすぎ薬を常備しており、プロとしてのストイックさを一切忘れない。
しかし、順調に見えた施術も、十人目を終えたところで異変が起きた。
「……ふぅ。少し、頭が揺れますね」
ブースから出てきたロアが、ふらりと壁に手をついた。
その顔色は青白く、額にはじっとりと汗が滲んでいる。
「ロア!?大丈夫!?」
慌ててエリスが駆け寄る。
「ああ、平気だよ。ただ、少し魔力酔いを起こしたみたいだ」
体内刻印は、濃厚接触によって相手の『陰の魔力(女)』を直接体内に取り込む術式だ。
そのため、ロアの許容量的に1日十人が限界であり、それ以上はロア自身が魔力酔いを起こしてしまうのだ。
「今日はここまでにして、店を閉めたほうがいいよ!ロア、死ぬわよ!」
「いや、まだだ……」
エリスの制止を振り切り、ロアは血走った目で次の順番待ちをしていた女冒険者を指差した。
「君、少し舌を見せてくれないか。……素晴らしい。舌の水分量、酸性度、魔力導通率……どれも完璧だ。君の舌なら、極上のデータが取れる……っ。さあ、ブースへ」
フラフラになりながらも、未知のデータ欲しさに限界を超えて施術を続けようとするロア。
それはただの『研究バカ』ゆえの行動であったが、指名された女冒険者は違った解釈をしていた。
「私のために、そこまで身を粉にして……!」
女冒険者は両頬をりんごのように赤く染め、瞳を潤ませながら熱っぽい視線をロアに向けた。
「先生がそこまで言ってくれるなら……私、どんなに激しくされても、耐えてみせます……っ!」
完全にロアの職人魂を『自分への愛』だと勘違いし、好感度を急上昇させている。
(あんたたち違うから!こいつ、ただの研究オタクの変態だから!単にあなたの舌のデータを欲しがってるだけだからぁぁっ!)
エリスは心の中で、血の涙を流しながら激しいツッコミを入れた。
「ん?どうしました?やけに赤面して、吐息が荒いですね」
ロアは女冒険者の紅潮した顔を不思議そうに覗き込んだ。
「もしかして、店内の熱気で魔力の過負荷ですか?氷水飲みます?」
「えっ……?あ、いえ、そういうわけじゃ……」
「体温が高いと、インクの定着率が狂ってしまいます。落ち着くまで、深呼吸してくださいね。僕は君の最高の状態の舌に、極上の術式を刻みたいんです」
純粋に技術的に解釈し、一切の邪気がないロアの天然発言。
しかし、そのストレートな言葉は、かえって女冒険者の胸キュン度を限界突破させてしまった。
「は、はいぃっ!私、先生に最高の状態でキスされるよう、頑張りますぅっ!」
「よし。では、口を開けて。……少し、奥まで指を入れますよ」
再びブースのカーテンが閉められ、中から水音が響き始める。
「ふぅ……んっ……ちゅぱっ……んぁ」
限界突破でフラフラになりながらも、完璧な舌のコントロールで女冒険者を昇天させていくロア。
その光景を外で聞かされ続けるエリスは、限界を迎えた顔で壁に突っ伏した。
(もうヤダ……。この店、狂ってる……。でも、ここから離れたら、ロアが本当に遠くに行っちゃいそうで……っ)
エリスの『終わりのない片思い防衛戦』は、まだ始まったばかりであった。




