第4話 上位ダンジョン無双
薄暗い上位ダンジョンの通路で、豚の頭を持つ巨躯の魔獣――カイザーオークが雄叫びを上げた。
その体躯は三メートルを超え、手には丸太のような棍棒が握られている。
「来るわよ!ミオナ、右に回り込んで!クラウディアは牽制を!」
後衛に立つヒーラーのエリスが、緊張した声で指示を飛ばす。
普段の彼女たち『白銀の爪痕』であれば、このクラスの魔獣を相手にするなら慎重な連携が必須だった。
四人がかりで三十分は隙を窺い、ジリジリと体力を削り取る死闘になるはずの強敵である。
「にゃはっ、任せて!」
猫耳獣人のミオナが身を低くし、飛び出す準備をする。
「魔力弾、装填済み。いつでも撃てます」
眼鏡のアーチャー、クラウディアが冷静に弓を引き絞った。
しかし、彼女たちが動くよりも早く、前衛の女剣士ノーラが一歩前に出た。
「いいえ、二人は下がっていて。私一人で行けるかも!」
「えっ?リーダー、何を……!」
クラウディアが驚きの声を上げるのも束の間、ノーラの体が飛び出た。
舌に刻まれた『体内刻印』が脈打ち、彼女の全身に爆発的な魔力が巡る。
限界を突破した筋力と超スピードを発揮し、ノーラはカイザーオークの懐へと瞬時に潜り込んだ。
「『全能・雷光破断』!」
紫電を纏った白銀の刃が一閃する。
ドゴォォォンッ!
カイザーオークの巨体が十字に切り裂かれ、轟音と共に一瞬で粉砕された。
棍棒を振り下ろす暇すら与えない、完全な一撃必殺だった。
「……嘘、でしょ?」
ミオナが猫耳をピンと立て、目を丸くする。
「このクラスの魔獣を、一人で、しかも一撃でって……。いつの間にレベルアップを?計算に合いません」
クラウディアも眼鏡を押し上げながら、信じられないものを見る目を向けた。
「ふぅ……」
ノーラはゆっくりと剣を鞘に収め、自身の両手を見つめた。
(信じられない……。体が、羽のように軽い。これが、あいつの舌バフの力……っ)
彼女の舌には、未だにロアと交わした濃厚なキスの余韻――痺れるようなライトニング・ライムの刺激と、彼の確かな熱が残っている。
その感覚を思い出すだけで、下腹部の奥がキュッと熱く疼いた。
(ロア、あんたって奴は……どれだけ凄い術式を開発したのよ)
規格外の力と、背徳的な快感にノーラは一人打ち震えていた。
一方で、その後ろ姿を見つめるエリスの表情は暗かった。
(なんなの、あの力。ロアの舌バフが、あそこまで凄いなんて……)
自分だけがいつも通りの外皮バフで、あの特別な力を受け取っていない。
その疎外感が胸を締め付ける。
(私だって、ロアのバフを受けたい。でも、あんな恥ずかしいこと……絶対に無理。でも……っ)
圧倒的な力を見せつけるノーラと、取り残された自分。
エリスの心には、焦燥感だけがドロドロと降り積もっていた。
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町へ帰還した『白銀の爪痕』の四人は、下町の酒場の円卓を囲んでいた。
「信じられないにゃ……。今日の探索、全部リーダーが一人で片付けちゃったにゃ」
ミオナがジョッキのミルクを飲み干しながら、興奮気味に身を乗り出した。
「ああ。チームが強くなることが何より大切よ。ロアの新しい術式、『体内刻印』のおかげね。舌に直接魔法陣を描くことで、従来のバフとは比較にならない魔力伝導率を誇るの」
ノーラがエリス以外の二人に向けて、舌バフを勧めるように語る。
「舌に……ですか?そんな話、今まで聞いたことがありません」
クラウディアが怪訝そうに眉をひそめた。
「いい?これから、私たちが強くなるためには絶対に必要な力よ。ミオナ、クラウディア。次はあなたたちも、ロアに舌バフをかけてもらいなさい」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
たまらずエリスがテーブルから身を乗り出した。
「二人とも、騙されないで!舌バフなんて、そんな簡単に受けるもんじゃないわ!」
「なんでよ、エリス。あんなに凄い力、私だって欲しいだにゃ!」
「ええ。私たち『白銀の爪痕』がさらに上位ダンジョンを制覇するには、戦力の底上げが急務です。合理的に考えれば、受けない手はありません」
「だ、ダメよ!その……強くなりすぎたら、逆にチームのバランスが崩れちゃうじゃない!ね?今まで通りの戦い方ができなくなるわよ!」
エリスはでたらめな理由を並べ立てて、必死に反対した。
(ミオナやクラウディアまでロアとキスするなんて、絶対に嫌!これ以上、ロアの唇が他の女に奪われるなんて耐えられない!)
エリスの内心の叫びなど露知らず、ノーラは冷静に首を横に振った。
「バランスなら、全員がバフを受ければ解決する話よ。それに、ロアのあの術式は……その、とても、繊細で……」
ノーラはふと、言葉を詰まらせた。
理路整然と語っていたはずの彼女の顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「リーダー?」
「あ、あの時の……ロアの舌、すごく熱くて……強引で……っ。でも、奥まで痺れるみたいに甘くて……あんな感触、初めてで……」
ノーラはうわ言のように呟きながら、無意識に自分の唇を指先でそっと撫でた。
その姿は、普段の男勝りな女剣士とは似ても似つかない、恋を知った『乙女』そのものだった。
(う、嘘でしょ……!?ノーラが、ロアのことを男として意識しはじめた!?)
エリスは雷に打たれたような衝撃を受けた。
ただ強くなるための手段だと思っていた。
それなのに、あのキスの快感が、ノーラの中に確実にロアへの情欲を植え付けてしまっている。
(ダメ……ダメダメダメッ!このままじゃ、本当にロアが取られちゃう!)
エリスの顔面から血の気が引き、その瞳のハイライトがスッと消え去る。
彼女の心は、かつてないほどの強烈な危機感と嫉妬で、真っ黒に曇り果てていた。
「……その、破廉恥な施術を受けるのには、正直強い抵抗があります。ですが、上位ダンジョンを攻略するためなら、背に腹は代えられません」
クラウディアが眼鏡を押し上げながら、渋々といった様子で口を開いた。
「それに……ただのバフで、ストイックなリーダーがここまで骨抜きにされているのも気になります。これ以上彼女がロアさんに依存しきってしまう前に、私たちも同じ力を得て、パーティーの均衡を保つ必要があるでしょう」
「にゃ〜……知らない男の人とキスするなんてすっごく恥ずかしいけど、私だって足手まといになるのは嫌だにゃ。強くなるためなら、我慢するのにゃ!」
ミオナも頬を赤くして尻尾を揺らしながら、クラウディアに同意した。
舌への魔法陣とディープキス。
その背徳的な施術方法に、二人は当然ながら強い抵抗感を持っていた。
しかし、ノーラが見せた規格外の力を前にしては、強くなるための代償として受け入れるしかないと割り切ったのだ。
加えて、普段は男勝りなリーダーがここまでバフの快感に依存し、乙女のように蕩けきっている異常な状態への危惧も、自分たちも同じ立場に立たなければという二人の決意を後押ししていた。
「じゃあ決まりね。次のダンジョン攻略はみんなでロアの店へ行きましょう」
「なんでそぉなるのぉぉーーー!!」
エリスの悲痛な叫び声が、下町の酒場に虚しく響き渡った。




