第3話 初めての舌バフ
「魔法陣の描画、完了しました。これより発動フェーズに移行します」
約一分間の静寂を破り、ロアの声色が職人のそれへと一段階鋭く変化した。
「陽の熱気と陰の霊水、交わりて渾然たる原初を成せ。全身の枷を焼き払い、器の限界を塗り替えよ――」
彼はノーラの顎をしっかりと固定したまま、その瞳を真っ直ぐに見つめる。
「……動いちゃダメですよ。舌を絡ませ、魂まで飲み干すように――『全能覚醒術』」
直後、ロアの唇がノーラの唇に隙間なく密着した。
「んむッ!?」
ノーラが驚きに目を見開く。
「――んんんっ……!」
キスの技名は『紫電覚醒・ライトニングスパーク』。
ロアの舌がノーラの口内に侵入した。
舌先を弾くような刺激とともに深く舌を絡ませた瞬間、ライトニング・ライムのキレのある柑橘フレーバーの酸味と、パチパチとした魔力電流がノーラの口内を勢いよく駆け巡った。
「ちゅる……じゅぷ、んちゅ……くちゅ」
密着した口内から、濃厚かつ激しい水音が響く。
「じゅるる……っ」
逃げようとするノーラの舌を、ロアが逃さず深く吸い上げる。
「ひゃぅ……ん……っ」
(ロア……ロアっ!ノーラと、そんな激しく……っ!)
エリスは目の前でリーダーと幼馴染のロアが濃厚なディープキスを交わすのを間近で見せつけられ、激しく嫉妬し、膝から崩れ落ちそうになるほど悶絶した。
当のロア自身は、少しでも手先が狂ったら魔力暴走を起こすという極度のプレッシャーの中にあり、性欲などは微塵も無かった。
彼は純粋なバフ行為・技術的視点から、ノーラの全能力を一気に解放することだけに全神経を注いでいる。
しかし、ノーラは違った。
(私は今まで、男に目もくれず、ただひたすらに強くなることだけを求めて生きてきた……っ)
付き合った男などいたこともない。
それなのに今、急にロアを男として意識してしまっているノーラ。
(幼馴染に片思いしているエリスの視線が、痛いほどこちらに刺さっているのがわかる)
エリスがロアに気があることは知っているのに、自分が彼と熱いキスを交わしてしまっていることへの罪悪感。
だが同時に、彼女の想い人を独占しているような背徳的な優越感も、胸の奥で仄暗く渦巻いていた。
ロアの舌の柔らかさと、どこか勇ましさすら感じる強引な動きに、ノーラの体は芯から熱く火照っていく。
(ああ……っ。私ったら、自分から舌を絡ませにいってる……!?)
今までに感じたことのない、淫らで蕩けてしまいそうな自分への驚愕。
(違う、これも……これもすべて、私がもっと強くなるため……っ!)
そう必死に自分に言い聞かせながらも、彼女は終始、ロアからの容赦のない激しい舌攻めに悶絶し、下半身の疼きを感じながら気絶寸前になっていた。
同時に、今までの皮膚上のバフとは全く違う、体の内側から爆発的に湧き上がるような未体験のパワーに驚愕していた。
(いつまでやってるのよ……っ。もう一分は経ってるじゃない!)
果てしなく長く感じるその時間に、エリスはついに耐えきれなくなり、思わず口を挟んでしまった。
「な、長くない!?そろそろいいんじゃ……っ」
その声に反応するように、ロアがゆっくりと顔を離す。
二人の唇が離れた瞬間、ロアとノーラの間に一筋の銀色の唾液の糸がツーッと伸びて、ぷつりと切れた。
「はぁっ、はぁっ……あ……っ」
ノーラは顔を真っ赤にして荒い息を吐き、診察台の上でぐったりと腰を抜かしている。
「成功です。魔法陣が定着しました。三日間、薄っすらとタトゥーのように舌に残り続けます。粘膜に浸透したため水や食事では落ちませんが、三日経つと魔力とともに自然分解されますよ」
ロアは手帳に今回の所感や改善点のメモを取りながら、淡々と説明した。
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「さあ、次はエリスの番だね。どうだい、君も『体内刻印』をやってみるかい?」
(やりたい……!私も、ロアのあの熱いキスが欲しい……っ!)
間近で見せつけられた濃厚な口づけに、エリスの心臓は爆発しそうなほど早鐘を打っていた。
本音を言えば喉から手が出るほど受けたいが、相手はずっと片思いをしている大好きな幼馴染なのだ。
(でも……好き同士でもないのに、ただの『作業』としてのキスなんて絶対に嫌っ!)
「ぜっっっったいに嫌!!私はいつもの、外皮バフでお願いするわ!!」
顔を真っ赤にして激しく断るエリスに、ロアは苦笑して肩を落とした。
「分かったよ。それじゃあ、さ、手を出して」
エリスはまだ息も絶え絶えなノーラと入れ替わるように歩み寄り、震える手を差し出した。
ロアはいつものように、エリスの手の甲に素早く魔法陣を描き始める。
彼女の強大すぎる神聖魔力は通常の付与を弾いてしまうが、ロアが調合した専用インクによる外皮バフだけは、辛うじて定着させることができた。
「……っ」
その際、ロアはエリスに対してだけ、幼馴染という心の距離が近いからこその無意識で、自分の指を彼女の指に優しく絡めながら施術を行っていた。
(ロアの指……すごく、温かい……)
エリスにとって、この「手の甲にバフを刻まれ、手を握り合っている時間」は至福のひとときだった。
いつもなら、これだけで彼女の心は十分に満たされていたのだ。
「はい、完了だよ。これで君の神聖魔力も向上するはずだ」
「あ、ありがとう……ロア」
エリスは赤くなった顔を下に向けて小さく頷く。
しかし、彼女の頭の中には、ついさっき間近で見た光景――大好きなロアとノーラが熱く舌を絡ませ合い、唾液の糸を引いていたあの濃厚なキスシーン――が、鮮明に焼き付いて離れなかった。
(私の時は、手に陣を描いて指を絡めるだけ……。なのに、ノーラの時はあんなに激しく……っ)
指先に残るロアの確かな温もりを感じながらも、エリスの心は晴れなかった。
「ふぅ……すごいわね、これ。体の内側から、底知れない力が湧き上がってくるのが分かるわ……っ」
ノーラが自身の両手を握り込み、未体験の万能感に打ち震えながら立ち上がる。
「それじゃあ、私たちは行くわね。最高のバフをありがとう、ロア」
「ええ、気をつけて。良い成果を期待していますよ」
店を出て、目的の上位ダンジョンへと向かって歩き出す二人。
ノーラは全身にみなぎる力と、唇に残る痺れるような快感の余韻に口元を綻ばせている。
一方、その隣を歩くエリスの表情は、どこまでも暗く沈んでいた。
(どうして私、強がって断っちゃったんだろう……。でも、あんな恥ずかしいこと……っ)
自分自身の羞恥心への後悔と、自業自得感。
そして、自分の手の甲に触れるだけの特別な温もりと、他の女の子に向けられた濃厚なディープキスに対する強烈な嫉妬心。
様々な感情がぐちゃぐちゃに入り混じり、エリスの心は底なしにドロドロと曇り続けていた。




