第11話 外皮バフだけの幼馴染
「ふぅ……イレギュラーな魔力干渉がありましたが、なんとか定着しました」
数分後、個室ブースのカーテンが開かれた。
額に汗を浮かべたロアが姿を現すが、その後ろには、彼にべったりと抱きついて離れないミオナの姿があった。
「にゃあん……ご主人様の匂い、もっと嗅ぎたいにゃ……。すっごくいい匂い……すりすり……」
「ちょ、ミオナさん?くすぐったいですよ」
ミオナは完全にロアに懐ききっており、喉をゴロゴロと鳴らしながら、彼の胸元に顔を埋めて匂いを嗅ぎまわっている。
施術中の甘噛みによって術式が変質した結果、想定外の好感度上昇と『発情バフ』がかかるというトラブルが発生してしまったのだ。
とろけたような熱っぽい瞳で見つめてくるミオナに対し、ロアは手帳を取り出して真剣な顔でメモを書き始めた。
「なるほど、猫科の魔獣に近いフェロモン分泌とスキンシップ欲求の増大ですね。興味深い……ミオナさん、心拍数と体温の変化も計測させてくれませんか?」
「にゃはっ、いいよぉ……ロアになら、どこ触られても……んふっ」
「まんま発情期か!!」
見かねたエリスが猛然と突進し、ロアに絡みつくミオナの襟首を掴んで全力で引き剥がした。
「あんたたち何やってんのよ!だいたい『ご主人様』って何よ!ただのバフ屋の店主でしょ!」
「えー、エリス意地悪だにゃ。私、ロアの極上濃厚ミルク、もっと欲しいのにゃー」
「変な言い方しないでぇっ!」
じたばたと暴れるミオナを押さえつけながら、エリスはゼェゼェと息を切らす。
「ロア!こんな変なバフ、失敗でしょ!?」
「いえ、一応ステータスの上昇自体は規定値以上に確認できましたからね。今回はこれで問題ないかと」
「研究者バカァッ!」
全く悪びれる様子のないロアの職人思考に、エリスは頭を抱えて叫ぶしかなかった。
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「さて、次はリーダーの番ですね。ノーラさん、どうぞ」
「ええ、お願いするわ」
続いて、二回目の体内刻印(舌バフ)となるノーラが診察台へと歩み寄った。
先ほどのクラウディアやミオナがガチガチに緊張していたのとは対照的に、ノーラの足取りはどこかふんわりと軽く、その頬は施術前からすでに期待で朱に染まっている。
彼女は手慣れた様子で『傾斜式刻印診察台』に腰掛けると、自ら背もたれに体を預け、顎を四十五度に上げた。
「インクが乗りやすいように、力は抜いておくわね……あぁ、早く……っ」
ノーラはロアに促されるまでもなく、自ら艶かしく口を開き、舌を突き出してロアの指を迎え入れた。
「んっ……あ……っ」
ロアの指先が触れた瞬間、ノーラはビクンと背中を反らし、甘い吐息を漏らす。
すでにあのキスの圧倒的な快感を知ってしまっている彼女の体は、ただロアの指が触れるだけで奥から疼くようになってしまっていたのだ。
(リーダー……完全に、彼に調教されてしまっています……)
その様子をカーテンの隙間から見ていたクラウディアが、眼鏡を押し上げながら絶句する。
「あんたが一番手慣れてるじゃない!!」
エリスは悲痛な叫び声を上げた。
初回はあんなに「強くなるため」と大義名分を掲げていた誇り高き女剣士が、今や完全に舌バフの快感に溺れ、自らおねだりするように舌を差し出している。
その絶望的な光景に、エリスの心は粉々に砕け散りそうだった。
「では、行きます。――『全能覚醒術』」
「んむッ……!……ちゅる、じゅぷっ、んちゅぅっ……」
ブースのカーテンが半開きのまま、エリスたちの目の前で、ロアとノーラの熱烈なディープキスが交わされた。
「はぁっ……ロア、もっと……舌、奥まで……っ」
「んちゅ……じゅるるるッ」
ノーラは完全に理性を手放し、ロアの首に腕を回して自ら貪るように口づけを深めていく。
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「よし、これで全員のバフが完了しましたね」
「ふぅ……あ、ありがとう、ロア。また凄い力が湧いてきたわ……っ」
腰を抜かしてへたり込むノーラを見届けた後、ロアは最後にエリスの方へと振り返った。
「エリス、君はいつもの外皮バフでいいの?」
「……うん」
エリスは静かに手を差し出し、手の甲に魔力アップのバフを受ける。
ロアの指先が優しく手肌に触れ、微細な筆で陣が描かれていく。いつもの、大好きな温もりだ。
しかし、エリスの視線の先には、体内刻印(舌バフ)を終えた三人の仲間たちの姿があった。
ノーラ、クラウディア、ミオナ。彼女たちは一様に顔を真っ赤に紅潮させ、熱っぽい吐息を漏らしながら、甘く背徳的な余韻に浸っている。
彼女たちの舌には、ロアと深く交わった証である魔導インクが確実に刻み込まれ、従来のバフとは比較にならない規格外の力を宿していた。
圧倒的な力と、あの濃厚なキスの快感を得て熱を帯びている三人。
そして、従来通りの手の甲への外皮バフしか受けていない、自分。
(どうして……どうして私だけ、こんなに蚊帳の外なの……っ)
三人と自分との間にある、決して越えられない決定的な壁。
自分だけがロアの特別な力(と唇)を受け取っていないという強烈な疎外感と、仲間たちへの凄まじい嫉妬心が、エリスの胸の中で限界まで膨れ上がっていく。
「みんな、準備はいいわね?行くわよ」
足元のふらつきを気力で抑え込みながら、ノーラがリーダーとして号令をかける。
「はい。最高のバフを頂きましたから、どんな魔獣も一撃で射抜いてみせます」
「にゃはっ、私もう、力が有り余っているのか、子作りしたいのか分からないくらいウズウズしてるにゃ!」
三人の美少女たちは、ロアへの未練と熱情を瞳に滲ませながら店を出ていく。
その後ろ姿を見つめながら、エリスは重い足取りで後に続いた。
「……行ってくるわ、ロア」
「ああ、気をつけてね、エリス」
無邪気に手を振るロアに見送られながら、4人は新たな難関ダンジョンへと向かって歩き出す。
戦いに赴くというのに、エリスの心には、底知れない焦燥感とドロドロとした曇りだけが、どこまでも深く広がっていた。




