第12話 リザードマン討伐
王都の冒険者ギルドは、いつにも増してざわついていた。
「おい、聞いたか?最近『白銀の爪痕』の連中がヤバいらしいぞ」
「ああ、上位の魔獣を単独で瞬殺したって噂だ。昨日なんか、エングレイブ店からすげぇ色っぽい顔して出てくるのを見たぜ」
「なんでも、ロアの奴が開発した『舌バフ』とかいう破廉恥な術式を受けてるらしい。それが俺たち男には絶対やってくれないらしくてよぉ……」
「クソッ、あの女ども、どんだけ強くなってんだよ……!」
実力主義の冒険者たちの中で、ノーラたちの圧倒的な躍進と、それを支える体内刻印の噂は、すでに確固たるものとして広がり始めていた。
そんな喧騒の中、ギルドの扉が開き、噂の主である四人が姿を現す。
周囲の冒険者たちが一斉に道を譲る中、リーダーのノーラは堂々とした足取りで受付へと向かった。
「依頼を受けたいのだけれど。……これをお願い」
「えっ?こ、これは……『リザードマンの巣』の制圧ミッションですか?」
受付嬢が目を見開いた。
そこは、街から少し離れた場所に位置する危険地帯だ。
無数のリザードマンが群れを成して襲いかかってくるため、これまでの彼女たちの実力では決して近づかなかった難関ミッションである。
「ノーラさん、今まであなたたちのパーティーでは避けていたはずですが……本気ですか?」
「ええ。今の私たちなら問題ないわ」
ノーラは自信に満ちた笑みを浮かべ、自身の唇を指先でそっと撫でた。
「私たちの体には今、最高の『力』が巡っているから」
「……計算上、現在の私たちの戦力なら、九十八パーセントの確率で無傷での制圧が可能です。恐れるに足りません」
クラウディアが銀縁眼鏡を押し上げながら、淡々と言い放つ。
「にゃははっ!私も早く暴れたくてウズウズしてるにゃ!ご主人様……じゃなくて、ロアのバフを試したいのにゃ!」
ミオナも尻尾をピンと立てて、戦意を爆発させていた。
ロアとの濃厚な口づけによって規格外の力を得た三人は、かつてないほどの熱量と自信に満ち溢れている。
しかし、最後尾を歩くエリスだけは、その輪に入れず俯いていた。
(みんな、すっかりロアの虜になっちゃって……)
エリスは自分の手の甲に描かれた、従来通りの外皮バフを見つめた。
三人が全身から放つ凄まじい魔力の波動と、それに伴う圧倒的な自信。
従来の外皮バフしか受けていない自分とは、決定的な『壁』がある。
(私だけ、あの力がない。私だけ……ロアと……っ)
取り残されたような疎外感と焦燥感を抱えたまま、エリスは重い足取りで仲間たちの後ろをついていった。
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薄暗いダンジョンの奥深く。
湿った空気が漂う『リザードマンの巣』へと足を踏み入れた途端、四方八方から耳障りな鳴き声が響き渡った。
「ギシャァァァッ!」
岩陰や水辺から、緑色の鱗に覆われた屈強なリザードマンたちが次々と姿を現す。
その数は数十にものぼり、完全に包囲される形となった。
「来たわね……!ミオナ、右翼を荒らして!クラウディアは後方からの支援を!」
「了解です。……思考加速、射撃シミュレーション完了」
クールミント&ブルーベリーのフレーバーの余韻が残る口内を意識して、頭脳を極限までクリアにしたクラウディアが弓を構える。
放たれた矢は、リザードマンの放つ投擲武器を空中で撃ち落とし、そのまま敵の急所を正確に貫いた。
「にゃははっ!遅い、遅いにゃ!」
ミオナは野生の本能を爆発させ、残像を伴うアクロバティックな体術で敵陣を縦横無尽に駆け抜ける。
ざらついた舌に刻まれたバフの熱を原動力に、鋭い蹴りがリザードマンの巨体を次々と吹き飛ばしていった。
「ふふ……本当に、体が羽のように軽い。ロアのあの熱が、ずっと私の中で燃えているみたい……っ」
ノーラが艶やかな吐息を漏らし、白銀の剣を抜く。
彼女の舌に刻まれたバフが脈打ち、爆発的な魔力が紫電となって刀身に纏わりついた。
「『全能・雷光破断』!」
瞬きする間もない神速の居合一閃。
閃光が走った直後、正面に群がっていた十体以上のリザードマンが、一瞬にして両断され崩れ落ちた。
「す、すごい……」
後衛で守られているエリスは、ただ呆然とその光景を見つめるしかなかった。
「えっと……ミオナ!右から敵が……あ、もう避けてる」
エリスは慌てて神聖魔力の杖を構えた。
「クラウディア、後ろ!……って、迎撃済みなのね。じゃあ、ノーラに防護の……必要ないみたい……」
これまでの彼女たちなら、数の暴力に押し込まれ、必ず誰かが負傷する激戦になっていたはずだ。
その度にエリスは必死にヒールを唱え、傷を癒すことでパーティーの命綱としての役割を果たしてきた。
しかし今はどうだ。
(誰も、怪我一つしないじゃない……)
ロアの体内刻印による圧倒的な超反応とステータス補正。
敵の攻撃は当たる前に回避されるか、圧倒的な火力で弾き返されてしまう。
「ノーラ、かすり傷くらいは……ないわね」
「ミオナ、息切れてない……?全然余裕そうね」
杖を高く掲げたまま、エリスは虚無のような顔になった。
完全に回復いらずの状況。
激戦の最中だというのに、後衛のエリスには回復魔法を使う隙すら与えられなかった。
(私の存在意義って……一体なんなのよ……)
コトン、と杖の先が地面に落ちる。
ロアと濃厚なディープキスをして、特別な力を授かった三人。
キスを拒み、従来通りの力しか持たない自分。
(私なんて、もうこのパーティーにいなくても……ロアにも、必要とされてないんじゃないかな……)
最強の力を見せつける仲間たちの背中を見つめながら、エリスはヒーラーとしての自信を完全に喪失していた。
圧倒的な疎外感と、三人にロアを独占されているという強烈な嫉妬心。
ダンジョンの湿った空気よりも重く、エリスの心の曇りゲージはドロドロと限界を突破しようとしていた。
「さあ、このまま最深部まで一気に押し込むわよ!」
「にゃはっ!ご主人様にいい報告するにゃ!」
「……ええ。彼のデータ収集のためにも、完璧な制圧を見せましょう」
エリスの絶望など露知らず、キスの快感と未体験の万能感に酔いしれる三人は、さらにダンジョンの奥へと進撃を続けていくのだった。




