第06話 Bパート② ー知らない世界ー
「うわあああああーーーーー!!」
情けなく声を張り上げて。
無様に体のバランスを崩しながら、照也は逃げる。
「……それでいいのよ。大殿照也」
その声を背に、哀は再び異形へと向き合った。
(俺はバカだ! どうして一瞬でも、あの子の力になるだなんて、なれるなんて考えた!!)
また近づいて囮になるか?
その身を挺して盾にでもなるか?
(バカか! さっきの戦いを見ただろう! あんなパワーとスピード、普通の人間が追いつけるもんじゃない! そこにいるだけで、邪魔にしかならないだろうが!)
悔しかった。
恥ずかしかった。
(今の俺が何をしても、彼女の邪魔にしか……ならない!)
忸怩たる思いが胸を締めつける。
それでも、せめて一秒でも早くこの場を脱することこそが自分にできる唯一の支援だと信じるしか、照也にはできなかった。
だがそんな、年若い少年が見せた最後の意地ですら。
「「「ドレドレドレドレ……!」」」
「なっ!?」
絶望は摘み取りに来る。
※ ※ ※
「ドレドレ?」
「ドレドレ!」
「な、なんだこいつら、ウジャウジャと……!」
行く先を塞ぐように、それらは現れた。
幼児ほどの大きさで、額に角を生やす小鬼めいた異形。生白いその肌艶は鉱物のようで……。
「まさか、こいつらもソウルイーター!?」
「ドレドレー!!」
照也がその正体を看破すると同時、小型の異形は彼へと飛び掛かり。
「伏兵っ?!」
哀が気づいた時にはもう、照也は異形たちに抱き着かれてしまっていた。
「う、うわっ! 離れろ!」
「ド~レ~……イーンッ!」
「!? あああああっ!!!」
刹那。
照也の体から、急速に力が抜けていく。
立っていられず地面に倒れ、仰向けに押さえ込まれてしまう。
(あ、え? なん、だ……これ……?)
さっきまで胸の中でぐるぐると燃え盛っていた感情が、必死に回していた思考が、緩やかに停滞していく。
(なん、だ……なん、か。なにもかも、どうでも、よくなって……)
サイズ差を考えれば簡単に振り払えるはずの相手に抵抗できず。
ただ、されるがままになりながら瞼が落ち――。
「弟くん! 今助けるよ!」
「……え?」
――瞬間。
空を見上げる照也の視界に、不思議なものが映った。
空を飛ぶ、木のホウキ。
それにまたがる、ツバ広の帽子とローブをまとった見知った女の子。
「ハジけて! 爆ぜる薬!」
そのローブの内側から、赤い液体が入ったフラスコに似た薬瓶が放たれて……直後。
チュドドドドーンッ!!
「「ドレレァーーー!!」」
照也の周囲に集まっていた、小型の異形を一掃した。
さらに。
「お義兄ちゃんから! 離れなさいっ!!」
照也に覆いかぶさるようにプラーナを吸い取っていた個体が、細い足に蹴られて宙を舞う。
霞む視界に、きらびやかな色彩のドレスをまとった少女が鮮烈に映り込む。
髪型や髪の色こそ違ったが、その顔もまた、彼のよく見知った人物と同じだった。
「弟くん!」
「お義兄ちゃん!」
「あ、え?」
ぼう然とする照也に駆け寄ってきた二人の少女。その正体は。
「……円姉ぇと、絵瑠?」
照也の知らない格好をした、照也のよく知る家族のような存在だった。
※ ※ ※
片や。
古来より伝わりし、魔女のごときローブをまとった照也の幼馴染……樫木円。
片や。
華やかで軽やかな仕立ての、姫のごときドレスをまとった照也の義妹……大殿絵瑠。
照也と縁深い二人が、照也の知らない装束をまとっている。
その姿が、さっき間近で見た黒羽哀と重なって。
気だるさに染まっていた照也の胸が、ズキリと痛んだ。
「弟くん! これ飲んで!」
「もごっ!?」
倒れた照也を膝枕して、円がローブの中から小瓶を取り出し、中身を強引に飲ませる。
流し込まれる乳白色の液体。普段の力関係のまま、照也は反射的に飲み下す。
(ぼやけてた意識が、ハッキリしてきた……?)
奪われたはずの活力が、再び照也の体に満ちていく。
どうやら飲まされた薬には、奪われた力を取り戻す効果があるようだった。
「怖かったよね、弟くん。でももう大丈夫! お姉ちゃんが来たからね!」
薬を飲ませた円は、照也をそっと地面に寝かせ立ち上がる。
力強い笑顔から一転、怒り心頭といった表情でそれを睨みつける。
「……弟くんをこんな目に遭わせて。ぜっっったいに、許さないんだから!」
大池にそびえ立つ、倒すべき異形の巨体を。
(今、大殿照也に飲ませた薬はネクタル? あの魔女、一般人相手にそんな貴重な回復薬を迷わず与えるなんて……)
「ドーレーイーーーンッ!!」
「……くっ! はぁぁっ!」
大池の上では、未だに哀が戦っていた。
彼女の斬撃は何度も異形の触手を断ち切り、その体を切り裂いていたが、切った先から際限なく再生されてしまい、きりがない。
だが、彼女が苦戦しているワケは、それだけではない。
(こいつ……ただの大型個体じゃない?)
これまで戦ってきた敵と何かが違う。
哀の中の戦士の勘が、慎重に戦えと警鐘を鳴らし続けていた。
「円さんっ!」
「うん! 行こう!」
絵瑠が呼びかけ、円とともに走り出す。
「待っ、絵瑠……!」
照也がどうにか上体を起こし、それを引き留めようとすれば、絵瑠は一度だけ振り返り、微笑んだ。
「お義兄ちゃん。ワタシ、ずっとお義兄ちゃんに守ってもらってきたから……今度はワタシが、お義兄ちゃんを守る!」
「待ってくれ! 絵瑠!!」
駆け出す絵瑠の背を追って、照也が立ち上がろうとする。
が、度重なる消耗に足がもつれ、動き出そうとしたところで派手に転んでしまった。
カツンッ、ガシャッ。
彼の胸元からネックレスが飛び出し、紫の宝石が石畳に小さく跳ねる。
地を突いた手の首で、ガジェットの時計が揺れた。
「っ!」
遠ざかっていく二人を、なすすべなく見送るしかない。
「俺は……」
理解する。
この場所は、常識が通じる世界ではないのだ、と。
改めて自覚する。
今この場において、自分は彼女たちに守ってもらう存在なのだ、と。
「俺、は……!」
そう、頭では理解し、自覚していても。
「ち、くしょう……!」
照也の心は、それを受け入れることができなかった。
……――。
そんな照也の、魂の慟哭に。
彼の宝石と腕時計が、静かに淡く光り始めていた。
大誕の時は……近いっ!
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