07. 神託(ルイside)
琉生が神と邂逅した後――。
地上にあるオオルト大神殿に異変が起きたのは、深夜の事だった。
その夜、当直の若い神官が異様な気配を感じた。
名をロスセスといった。
神官になって四年目の、二十代の青年だった。
普段は静かな夜の祈祷殿で、その夜は何かが違っていた。
肌で感じる異様な気配があった。
ロスセスは祈祷殿の中央に立った。
そこには、代々受け継がれてきた祭壇があった。
普段は静かにそこにある石の祭壇が、その夜は光を放っていた。
「……これは」
ロスセスは声を漏らした。
誰かを呼ぶべきだと判断し、すぐに神官長の部屋へ走った。
オオルト大神殿の神官長ガストロンは、五十代の男性だった。
この神殿に仕えて三十年以上になる、経験豊富な神官だった。
白髪交じりの髪と穏やかな目をしていたが、その奥には鋭さがあった。
長年、神の言葉と人々の祈りの橋渡しをしてきた。
ガストロンは遅くまで仕事をしていた。
書斎で書物を読んでいたところに、ロスセスが駆け込んできた。
「何事ですか」
「神官長! 祈祷殿に異変が! 祭壇が光っています。今まで見たことのない類です」
ガストロンは即座に立ち上がった。
「すぐに向かいます」
祈祷殿に着くと、確かに祭壇が光っていた。
淡い金色の光だった。
ガストロンはその光を見て長年の経験から、これがただ事ではないと察知した。
「神官長、これは一体何でしょうか」
「まさか、これは……」
ガストロンは祭壇に近づいた。
光がガストロンの動きに反応するように、わずかに強くなった。
「これは……神託の予兆かもしれません」
「神託ですか?」
「神が直接、人に意志を伝えることがあります。私が神官になってから、一度も経験したことがありませんが書物では読んだことがあります」
ロスセスは緊張した面持ちでガストロンを見た。
ガストロンは祭壇の前に跪いた。
両手を組んで、祈りの姿勢を取った。
「神よ、もし我々に伝えたいことがあるなら、その意志を示してください」
しばらく、光は変わらず淡く灯っていた。
ガストロンは祈りを続けた。
ロスセスも隣で同じ姿勢を取った。
どれくらい経ったか、二人には分からなかった。
そして突然、光が強くなった。
祈祷殿全体が金色の光に包まれていった。
ガストロンもロスセスも目を開けていられないほどの光だった。
だが、その光りには包み込まれるような優しい温かさがあった。
そして、声がした。
石の祭壇の方からだった。
『聞け、ガストロンよ』
ガストロンは息を飲んだ。
神が直接自分の名を呼んだのだ。
「……はい」
『まもなく、使徒が現れる』
「使徒? ……」
『世界を破壊する邪神がいずれこの世界に降り立ち、この地を滅ぼすだろう。それを阻止するため、邪神を消滅させるべく、神の代行者として使徒を遣わす』
「邪神ですか?!」
『お前達はその存在を知らないが、邪神は巨大な力で世界を壊す。いずれ、この地にも現れる。邪神は、神が遣わす使徒以外では倒せん』
ガストロンは背筋が冷たくなるのを感じた。
「その使徒は、いつ現れるのでしょうか」
『明日の夜明け前、この祈祷の間に現れる。使徒は別の世界の者だ。言葉は通じるが、この世界の事情を何も知らない。さぞ混乱するだろう』
「我々は、何をすればよいのでしょうか」
『迎えいれて保護せよ。使徒は、この世界を救う者だ。その者を丁重に扱うように』
ガストロンは深く頭を下げた。
「承知いたしました」
『邪神だが一度、百年は封印をする。そしてその封印の中で弱体化をさせる。封印の間は使徒には眠りについてもらうことになる。封印が解かれた時、弱体化をした邪神を消滅させる。封印が解かれる前に、使徒がもう一人現れる。汝達は使徒を信じ、共に歩め。それが汝達に与える役目だ』
光は、少しずつ収まっていった。
神の意志が徐々に遠ざかっていく感覚があった。
「神のご意思に従います」
ガストロンは最後に、もう一つ問いかけた。
「使徒のお姿とお名前は」
『明瀬琉生。ルイが名だ。黒い髪をしている』
「ルイ様……」
光が完全に消えた。
祈祷殿は、元の静けさを取り戻した。
ガストロンとロスセスは、しばらく動けなかった。
今起きたことの重さが、ゆっくりと二人に染み込んでいった。
「神官長」
ロスセスが震える声で言った。
「今のは……本物の神託ですよね」
「本物ですね。私も神託を受けたのは初めてです」
ガストロンは立ち上がった。
「準備をしなければなりませんね」
「何をすればよいでしょうか」
「まず、信頼できる神官を数名選びましょう。今夜のことは、まだ大々的に広めない方がよいでしょう」
「なぜですか?」
「使徒の存在を軽々しく扱うわけにはいきません。混乱を避けるためにも、最初は限られた者だけで対応した方がよいです」
ガストロンは祈祷殿を出て、神殿内を歩いた。
夜更けだったが頭の中は完全に冴えていた。
邪神――。
その言葉の重さをガストロンは噛み締めていた。
ガストロンは、信頼できる神官を三名選んだ。
一人はサゼッセという中年の神官で、神殿の防衛と警備を長年担当してきた人物だった。
もう一人はミレイという女性神官であり、医療と治療の知識に長けていた。
最後は一緒にいたロスセスだった。若いが誠実で口が堅かった。
三名を集めて、ガストロンは残り二人にも神託の内容を伝えた。
二人は、最初は信じられない様子だった。
しかしガストロンの真剣な表情を見て、徐々に事の重大さを理解していった。
「明日の夜明け前、使徒がこの神殿の前に現れる。我々で迎え、保護します」
「使徒というのは……どのような姿でしょうか」
サゼッセが聞いた。
「黒い髪をしていると神はおっしゃっていました」
「了解しました」
「使徒がどういう状況なのか分かりません、治療の準備をしておいた方が良いでしょうか」
ミレイが聞いた。
「そうした方がいいですね。突然この世界に来るということは、何が起きているか分かりません。万全の準備をしておきましょう」
「分かりました」
ロスセスが、少し躊躇いながら聞いた。
「神官長、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「どうしました?」
「使徒は……別の世界の者と神は言っていました。それは、どういうことなのでしょうか?」
「……私にも、正確には分かりません。ただ、古い伝承の中に似たような記述がありました。世界には、いくつもの層があり、神の意志によって別の層から人を呼び寄せることができると……だからこそ、混乱するだろうと神もおっしゃっていた。我々は、その混乱を和らげる役目を担いましょう」
翌日、ガストロン達は早くから準備を整えた。
夜が更けるにつれて、ガストロン達の中で緊張が高まっていた頃、夜の空気がわずかに変わった。
それは、昨夜祭壇で感じたのと似た感覚だった。
「来ます」
ガストロンは呟いた。
全員が祈祷の間の周囲を囲って、中央に視線を向けた。
天井からは光が走った。
そして、光が地上に降りた。
祈祷の間の中央に人影が見えた。
光が消えていくと、そこに一人の若者が倒れているのが見えた。




