05. 神殿への訪問
学園に入学して数ヶ月が経った頃、リセリアは王都を囲む四つの神殿への訪問を計画し始めた。
各神殿は、王都の東西南北にそれぞれ位置していた。
オオルト大神殿とは別の、中規模の神殿になる。
また父に手紙を書き、休日に護衛をつけてもらい神殿へと赴いた。
神殿に行く前に、ウェルディから小さな水晶を受け取っていた。
それがあれば、神殿に隠されたものが見つかるとのことだった。
各神殿は表向きには、お祈りという形で向かった。
その中で怪しまれないように回収する。
その回収物は、それぞれの神殿の特定の場所にルイ・クロデリヌスが隠していたものだ。
最初の訪問は、東の神殿を選んだ。
東の神殿の内部は、青みがかった石で造られていた。
光の入り方が独特で、温度によって内部の色が変化するという。
神殿の奥、祭壇の裏手にある待合室の小部屋へと案内された。
その部屋に入った瞬間、ウェルディから受け取った小さな水晶が反応した。
水晶が振動し、光りが強くなっていく方へと進んだ。
小部屋の壁の一角に、他の石とは少し質感の違う箇所があった。
リセリアは、手で触れてみると石の奥に何かある感覚がした。
書に書かれていた通りの手順で双字を手で書いて唱えた。
石がゆっくりと動いた。
その奥からは箱が現れた。
箱の中には、四つの魔石が入っていた。
それは重く、手の平位の大きさだった。
その魔石には蓄積されている魔力が宿っていた。
二つ目の訪問は、西の神殿だった。
西の神殿は、内部に様々な彫刻が施されていた。
神話の場面を描いた彫刻で、その中の一つに邪神を封じる場面があった。
リセリアは邪神と戦う人物の彫刻の前で立ち止まった。
細かい場所は荒削りで、顔の判別はできなかった。
だがその人物の立ち姿に、なんとなくリセリアは琉生を感じとった。
水晶が反応したのは、通路に置いてある像の後ろ側だった。
像の中には細い箱が隠されていた。
中身は折りたたまれた布で広げると、双字が書かれていた。
三つ目の訪問は、北の神殿だった。
北の神殿は他の神殿より、訪れる人も少なく静かな場所だった。
噴水があり、周りには美しい花々が咲いていた。
水晶が反応したのは、噴水の場所だった。
噴水を囲っている石の中に四角形の箱が見つかった。
箱の中に入っていたのは腕輪だった。
腕輪には小さな紙が巻き付けられていた。
紙を広げて読んで見ると、この腕輪は癒しの腕輪といって、消耗した体を癒してくれる効果があるそうだ。
四つ目の訪問は、南の神殿だった。
庭には多くの薬草が育てられていた。
至る所で薬草の匂いが充満している。
水晶が反応したのは、祭壇だった。
水晶の光が強くなる祭壇の裏側を確認した。
中から細長い箱が出てきた。
中には首飾りが入っていた。
また紙が巻き付けられていたので読んでみると、魔力を貯蓄できる品物だった。
四つの神殿の訪問を終えて、最後の指示が残った。
リンフェリス大神殿の神殿長を訪ねること。
リンフェリス大神殿は、王都の中心部にある大きな神殿だった。
国教の中枢を担う場所で、神殿長は国の中でも重要な立場にある人物だという。
リセリアは神殿へと向かった。
神殿の正面階段は広く、両側に柱が並んでいた。
内部は荘厳で天井が高く、光が上から差し込んでいた。
参拝者も多く、神官たちが静かに行き来していた。
神殿の中に入り、リセリアは受付の神官に言った。
「神殿長にお目にかかりたいのですが」
「神殿長はご多忙中です。お約束はおありですか」
「いえ、神殿長に『星輝く時、使徒再び』と言って頂ければ伝わるかと思います」
「……一度、神殿長に確認して参ります。しばらくこちらでお待ち下さい」
神官をしばらく待った後、神官は戻ってきた。
「神殿長がお会いになるとのことです。どうぞ、こちらへ」
リンフェリス大神殿の神殿長の部屋は、神殿の奥深くにあった。
神殿長の名は、シャハリスといった。
六十代位の老人で白い衣をまとい、穏やかな目をしていた。
その目の奥には、深い年月とともに培った確固たる意志が宿っていた。
リセリアが部屋に入るとシャハリス神殿長は立ち上がった。
そして、深く頭を下げた。
リセリアは急な事で驚き、思わず「お顔を上げてください」と言った。
神殿長はゆっくりと頭を上げた。
その目は潤んでいた。
「あぁ、この時がやっと……ずっと貴方をお待ちしておりました」
シャハリス神殿長の声は震えていた。
「私の一族は代々、この約束を引き継がれてきました。いつか『星輝く時、使徒再び』の合言葉を口にする者が現れる。その者こそが、神の使徒ルイ・クロデリヌス様が選んだ対となる使徒だと」
リセリアは話を静かに聞いた。
「ルイ・クロデリヌス様は、おっしゃっていたそうです。対となる使徒が現れたとき、全力で支援せよと。そして、後世にできることを残してくださいました。ようやく、その日が来たのですね」
神殿長は椅子に座り直し、リセリアにも座るよう促した。
「さて、お話しすることがたくさんあります。まず、ルイ・クロデリヌス様との約束についてです。ルイ・クロデリヌス様は邪神を封印した後、当時のリンフェリスの神殿長に、様々なことを託されました。その内容は代々、神殿長だけに引き継がれてきた秘密になります」
神殿長はリセリアの目を見て続けた。
「まず、邪神の封印は完全ではありません。ルイ・クロデリヌス様自身がそうおっしゃっていました。封印の術式には、邪神を弱めるための仕掛けがしてあるそうです。封印が解ける時、邪神はその長年の弱体化によって本来の力は発揮できない状態で目覚めるとのことです」
「私が託された書には邪神は弱体化したとしても、その力はまだ強力なのだと書かれていました」
「はい、そう私もそう聞き及んでいます。ですが、対となる二人の使徒が力を合わせれば、邪神を完全に消滅することは可能だとルイ・クロデリヌス様はおっしゃっていたそうです」
「二人で……」
「はい。使徒一人では不可能なのだそうです。ルイ・クロデリヌス様も、そのことを最初から計算に入れておられた。だからこそ、もう一人の使徒である貴方をお待ちしていたのです」
リセリアは疑問に思っていたことを聞いた。
「その、私自身は使徒という自覚がないのですが……」
「そうでしたか。ですが、貴方は合言葉を言って私の所へ赴いた。その言葉は神殿長となるものと使徒しか知りえません。それとルイ・クロデリヌス様の書も読めるのでしょう? それが使徒である証拠でもあります」
神殿長の表情が少し引き締まり話を続けた。
「邪神の教団については、どのくらい把握されていますか。教団は百年程前から存在していますが、中々しっぽを出さないのです。表向きは普通の信仰団体を装い、内部では邪神を崇めています。我々も国も、長年教団を壊滅させようとしてきましたが、うまくいかないのです。ルイ・クロデリヌス様が邪神を封印しようとした時、教団は使徒を亡き者にしようとして、邪神封印を阻止しようとしました。しかしルイ・クロデリヌス様は王国の力を借り彼らを躱して封印を成功させた。教団はうまく逃げのびてしまい、いつか封印を破ることを目論んでいるとされています」
「力ずくで封印を解くことは、できるのですか」
「通常は不可能です。しかし絶対とは言いきれません」
その時なぜかリセリアに、一抹の不安が押し寄せた。
「王家と神殿が、秘密裏に貴方を支援します。それと、くれぐれも表立った行動は避けてください。教団にとって使徒というのは脅威でしかないのですから」
「はい、充分に気を付けます」
神殿長は椅子から立ち上がり、棚の引き出しを開けた。
中から、小さな箱を取り出した。
「これを対となる使徒に渡すようにとルイ・クロデリヌス様から預かっていました」
箱を受け取り、蓋を開けると中には指輪が入っていた。
金色の指輪で表面に細かな文様が刻まれていた。
よく見ると、その文様は双字だった。
リセリアは指輪を見つめた。
「ありがとうございます、神殿長」
「礼はいりませんよ。これが私の役目でもあります」
神殿長は笑顔で答えた。
「神殿長様、一つ聞いてもいいですか」
「何でしょう」
「ルイ・クロデリヌス様は伝承通り、眠っているのですか」
「ええ、眠っておられますよ」
リセリアは高鳴る胸の鼓動を抑えながら言った。
「……る、ルイ・クロデリヌス様が眠っている場所へ、連れて行っては頂けませんか?」
シャハリス神殿長は静かに答えた。
「ええ、いずれご案内しましょう」
「はい……お願いします」
リセリアは深く頭を下げた。
その日から神殿長を通じて、王宮の一部の人間に情報が共有された。
国王の側近の一人であるオルスティ侯爵という人物が、この件の窓口になった。
オルスティ侯爵はリセリアと直接会うことはなかったが、必要な情報と支援を従者を通じて届けてくれた。
シャハリス神殿長は、各地にある神殿の伝手を使い、王宮側と協力をして邪神教団の動きを監視を続けていた。
表向きは通常の宗教的な連絡だったが、その中に暗号化された情報が含まれていた。
ウェルディも、自分の伝手を通じて情報収集に加わった。
魔女の伝手は、人間の社会とは別のところで動いていて、教団も把握できない情報網があった。
そして学園では、リセリアは普通の生徒として日常を送り続けた。
神殿で手に入れた首飾りは常に身に着けるようになった。
有り余った魔力を少しずつ、それに流し込んだ。
そんな中で、リセリアは一つの変化に気づいた。
自分の行動を誰かが観察しているような気配がした。
最初は気のせいなのかと思った。
それでも何度も同じ感覚があった。
廊下を歩いている時や食堂にいる時など、誰かの視線が自分に向いていた。
ある日に図書館で本を読んでいた時、その視線を感じた。
さりげなく周囲を見回すと少し離れた棚の陰に人影があった。
黄檗色の髪と浅黄色の目をした人物、ソルネスだった。
ソルネスは棚の本を見ているふりをしていたが、視線がこちらに向いていた。
リセリアと目が合うと少し焦ったような表情を見せた後、何事もなかったように棚を離れた。
リセリアは話しかけようとも思わなかった。
婚約者であるソルネスがリセリアを気にするのは、婚約者への好奇心というより、何か別のものを感じさせた。
リセリアが学園を過ごしていたある日、シャハリス神殿長に呼び出された。
休日に神殿から迎えの者が来た。
そのまま神殿へと向かった。
神殿長とお会いし「貴方をお連れしたい場所がある」と言われ、神殿から更に移動した。
数名の神官と護衛を連れて神殿長からあるところへ案内された。
場所は王都から少し離れた、小さな神殿の地下だった。
表向きは古い遺跡として知られているが、内部への立ち入りは禁止されていた。
地下への階段を降りると空気が変わった。
その空間は温かいものだった。
石造りの廊下を進んで行くと、ランプの光が揺れた。
そして、大きな石の扉があった。
リセリアは神殿長に聞いた。
「ここには何かあるのですか?」
「ここがルイ・クロデリヌス様が眠っておられる場所です」
リセリアは目を見開いた。
リセリアは緊張した面持ちでその扉に手をかけた。
重い石の扉が、ゆっくりと音もなく開いた。
部屋の中は薄い光に満ちていた。
どこからともなく、柔らかい光が部屋全体を照らしていた。
部屋の中央に台座があった。
その台座の上に人が横たわっていた。
リセリアは、ゆっくりと近づいた。
近づきながら、横たわっている人の顔をリセリアは見た。
その人は穏やかな顔をして眠っていた。
前世で行方不明になったまま会えなかった。
それなのに、この世界にいた。
耳には誕生日に理世が渡したピアスをしている。
指には、リセリアが神殿長から受け取った物と同じ金色の指輪がされていた。
高校生の頃に見ていた顔よりも年をとっていた。
輪郭がはっきりして、精悍になっていた。
大人になっていたけれど、それはあきらかに琉生だった。
リセリアは台座のそばに立ったまま、動けなかった。
涙が零れ落ちた。
リセリアは台座の縁に手をついた。
琉生の顔を近くから見た。
「……琉生」
声が震えた。
「っ……る……るいぃぃぃいーーー」
リセリアはルイ・クロデリヌスの身体に縋りつき大粒の涙を流した。
神殿長と神官達は黙ってその光景を見ていた。
どれくらいの時間が経ったろうか……リセリアは手の甲で目元を拭い、神殿長の方へ振り向いた。
「彼はどうやったら目覚めるのですか?」
神殿長は口を開けた。
「その方法は我々には分かりません もう一人の使徒、すなわち貴方しか目覚めさせることが出来ないと言われています」
帰り道、神殿長は何も言わなかった。
ただ、別れ際に一言だけ言った。
「いずれルイ・クロデリヌス様を目覚めさせる方法がわかるでしょう」
リセリアはただ静かに頷いた。




