04. シェリズの森の魔女
休日、父から許可を得たので護衛をつけてシェリズの森に近い町へ赴いた。
町を散策しながら地図を確認すると、シェリズの森へ入る入口を見つけた。
その入口に入ろうとしたが護衛に止められてしまったので、その日は諦めて寮に戻った。
そして次の週の休日に加護を使って、森の入口へ移動して中へ踏み入った。
書にある通りにラシネリアの花を頭に付けた。
シェリズの森は深く、少し薄暗かった。
足元に落ち葉が積み重なり、踏む度に音がした。
歩いて行くと、どこからか鳥の声がする。
歩く速度を早めて森の奥へと進んでいった。
どれくらい歩いたか分からない頃、それは突然のことだった。
目の前に家が現れたのだ。
外壁に蔦が絡まっていて木でできた小さな家だった。
煙突から煙が出ていた。
扉の前に立ち止まると、扉が開いた。
出てきたのは、老婆だった。
白い髪を後ろでまとめて、深いしわの顔をしていた。
目は異様に鋭く、目の色は薄い灰色だった。
「お前さんは誰だ」
老婆は落ち着いた様子でそう言った。
リセリアは合言葉を思い出した。
「……うたた寝は夕暮れ時」
「……今、なんと言った」
「うたた寝は夕暮れ時」
老婆はリセリアをじっと見た。
「ラシネリアの花も付けているな。もしかしてと出てみれば、やはりお前さんが、もう一人の使徒か」
「……使徒とはどういうことでしょうか」
「神に使わされた使徒の事だ。お前さんの魂の輝きを見れば分かる。ルイ・クロデリヌスと似た輝きをしておる」
リセリアは息を飲んだ。
「魂の……輝き?」
「魂には、それぞれの者が生まれ持った性質が滲み出る。ルイ・クロデリヌスの魂は、そうそうに見かけない輝きをしておる。お前さんも同じだ」
老婆はそれだけ言って、「入れ」と扉を大きく開けた。
家の中は、外の見た目よりずっと広く感じられた。
壁一面に棚があり、棚には瓶や束になった草や古い本が並んでいた。
中央に大きな丸いテーブルがあり、そこに何かの作業をしていた形跡があった。
暖炉で火が燃えていて、温かかった。
老婆は椅子に座り、リセリアにも座るよう促した。
「私はリセリア・シャステリーゼと申します。貴方様の名前を聞いてもよろしいですか?」
「ウェルディだ」
ウェルディという名前の老婆は、椅子に深く腰を下ろしてリセリアを見た。
「ルイ・クロデリヌスから聞いておった。いつかこの世界に自分と同じ者が来る。その者に魔術を教えてやれとな」
「ルイ・クロデリヌス様から直接ですか?」
「ああ、もう百年位になるのか。私もあの頃はまだ若かった……うむ、ずいぶんと驚いた顔をしておるな」
ウェルディは微かに笑った。
「魔女というのはな、普通の人間より長生きするものだ。私はルイ・クロデリヌスと会った時、まだ二十代だった。それからずっと、ここにいる」
「そんなに……」
「思い出してみると、ずいぶんと長かったな。さて、ルイ・クロデリヌスとの約束だ。魔術を教えてやろう」
「……あのその前にルイ・クロデリヌス様は、どんな方なのでしょうか」
リセリアは咄嗟に、そう聞いていた。
ウェルディは懐かしむような顔をした。
「真面目な男で、なんにでも器用こなす者でもあったな。だが、あの男は常に何か大きなものを背負っていた」
思い出したかのようにウェルディは静かに続けた。
「そういえば、あの男が言っていたことがあったな。『いずれ待たなければいけない人がいる。だから、全てを果たさなければならない』とな」
それを聞いたリセリアの心臓は激しく脈を打った 。
休日を使ってウェルディのもとへ訪れるようになった。
ウェルディの魔術の訓練は、学園の授業とは全く異なるものだった。
ウェルディが教えたのは、術式の根本的な理論から、自分の魔力を最大限に引き出す方法、そして双字を使った術式の構成についてだった。
ウェルディは立ち上がって、棚から古い書物を取り出した。
「これを見ろ。ルイ・クロデリヌスが双字というもので作った書物になる。お前さんなら分かると言っておった」
書物を開くと、そこには双字で書かれた術式があった。
しかし通常の術式とは違う組み立てをしていた。
「この術式の特徴が分かるか」
リセリアは書物を食い入るように見た。
双字で書かれているから、内容は全て分かった。
それを見ながら、術式の構造を分析した。
「……術式に、感情と想像が込められていますね」
「普通の術式は、文字や音の組み合わせで魔力の流れを指定するだけ。だが双字を使ったこれは、感情や想像も、術式の一部になっている。これはルイ・クロデリヌスが開発した術式の独自性のものだ」
ウェルディはリセリアの顔を見て話を続けた。
「言葉そのものに想像と感情を込めることができれば、術式の威力は通常の何倍にもなる。ルイ・クロデリヌスの術式が強力だったのは、そのためだ」
「言葉に……想像と感情を込める……」
「それぞれの文字が、何を表しているかを想像と感情を込めて術式に乗せることができれば、その術式は発動する。そしてあの男が術式を書き込んだ書自体に術式が組み込まれてる。その書を媒介として術式を発動すれば、更に強化されると言っておった」
リセリアは書にある一部分の文字を思い浮かべて感情を込めて声に出した。
その書の一部分が光り、リセリアの身体には微かな光が宿っていた。
ウェルディがわずかに目を見開いた。
「まさか……こうも簡単に出来てしまうとはな。驚いたわい」
それからは、その書を使って訓練を積んでいった。
基礎が出来上がった頃には、ウェルディはリセリアに一つの術式を教えた。
それは歌に乗せて発動させる術式だった。
「ルイ・クロデリヌスが編み出した歌術式というものがある。通常の術式は文字を取り入れた媒介となるものを持つか手で描いて、声で詠唱する。歌術式は旋律を利用し術式の構造に変化を持たせる。歌術式の方が効果範囲が広く、持続性も長い。これはあの男から言われたのをそのままやってもらうしかない」
歌は前世、リセリアが好きでずっと続けていたものだ。
今世でも家族以外の場所では隠れて歌っている。
「……使えるようになりたいです」
ウェルディは棚の奥から、一冊の書物を取り出した。
「これを持っていけ。ルイ・クロデリヌスが残していったものだ。歌術式の理論と実践用が書いてある。あの男は言っていた、これはもう一人の使徒専用に作った物だとな」
リセリアは書物を受け取った。
革表紙で中を開くと双字でびっしりと書かれていた。
ウェルディのもとへは、その後も何度も通った。
ウェルディの場所で訓練を続けながら、リセリアは学園での日常を送り続けていた。
そんな日を続けていると、少しずつ学園の中の空気が変わってきていた。
ソルネスとクルシアの仲が、隠しようがないほど明らかになってきていた。
廊下で二人が仲良く話しているのを見る者が増え、食堂で隣り合って座っているという話も聞こえてきた。
リセリアは知らないふりをしていた。
だけど何度も同じことが起こり、周りには周知されていった。
ある日、同じクラスの女子生徒がリセリアに憐れみの視線を向けながら言った。
だが、僅かに口角が上がり相手を蔑んでいるかのような感じを受けた。
「シャステリーゼ様、大変ですわね」
リセリアは静かに言い返した。
「何が大変なのですか」
「だって、ルトラルト様が特定の女性と中が大変よろしいようで……」
「ソルネス様のご行動については、私には何も申し上げることがありません。ご心配して頂かなくても大丈夫です」
リセリアの威圧に押され、その女子生徒は口を閉じた。
「そ、そうですの。失礼しましたわ」
ジェシカが、その後側でリセリアに小声で言った。
「毅然とした態度で返すなんて、さすがリセリア様ね」
リセリアは、先ほど言いに来た令嬢の去る後ろ姿を見ながら溜息をついた。




