03. 運命の書
王立学園の朝は起床の鐘が鳴り、寮に住む生徒達はその音で一斉に目を覚ます。
リセリアはゆっくりと体を起こした。
寮の部屋は二人一組で使う仕組みになっていた。
リセリアのルームメイトは、ヴィーナ・レクセニという少女だった。
ヴィーナはレクセニ伯爵家の令嬢だ。
髪は深い赤褐色をしていて肩のあたりで切り揃えられていた。
部屋の使い方が丁寧で、時間の管理が正確だった。
話してみると柔らかい印象を持つ人だった。
「シャステリーゼ伯爵家のリセリア様ですよね。お父様は、財務の方で有名でいらっしゃいますね」
「父からあなたのお父様のことも伺っています。レクセニ伯爵家は代々、学術の方に優れた方が多いと」
「そうですね。そういった家系の影響なのか、私は歴史が好きなのです」
「奇遇ですね。私も歴史が好きなんですよ」
そこから話は続いた。
歴史の中でも、二人は古代の遺跡や失われた文明に興味があるという共通点を見つけた。
ヴィーナは物静かだったが、好きな話題になると言葉数が増えた。
リセリアはそんなヴィーナを好ましく思えた。
学園で友人となったジェシカ、ヴィーナ達は、リセリアにとってかけがえのない出会いだった。
学園の授業は多岐にわたった。
中でもリセリアが最も興味を持ったのは、魔術理論の授業だった。
魔術理論を担当するのは、フルラド先生という三十代の男性だった。
長身で眼鏡をかけている。
説明が丁寧で質問に対しても真摯に向き合う先生だった。
「皆さんに最初に理解してもらいたいことがあります。魔術とは何か、魔術は才能だけではありません。理論を理解し、術式を正確に構成し、自分の魔力を使いこなす。この三つが揃って初めて、魔術は成立します」
フルラド先生はそう言いながら、教壇の前で小さな炎を一つ作ってみせた。
掌の上に乗るほどの炎が揺れながら輝いていた。
「これは初歩的な術式ですが、三つの要素が全て必要です。術式を間違えれば何も起きない。魔力が足りなければ、すぐに消える。理論を理解していなければ応用が利きません」
リセリアは手元のノートに書き留めながら、この世界の魔術体系に強い興味を感じていた。
術式という言葉が気にかかった。
書物に書かれていた双字の内容にも術式という言葉が何度か出てきていたからだ。
魔術の実技授業は、別の先生が担当していた。
ハリス先生という四十代の女性で、短く切った銀色の髪が印象的だった。
実技の授業は校舎の外にある訓練場で行われ、各生徒の魔力の強さと素養を確認することから始まった。
「一人ずつ、この石に手を置いて下さい」
訓練場の中央に、膝の高さほどの石が置いてあった。
透明な石で、魔力を持つ者が手を置くと光るらしかった。
そして、持つ魔力によって光る強弱が違い、素養は色合いが違うらしい。
一人ずつ順番に石に触れていった。
持つ魔力の強さはと色合いは、それぞれ違った。
先生は記録をとっていった。
リセリアの番が来た。
石に手を置いたその瞬間、石は訓練場を覆う程の白い光を放った。
そして光は白から淡い金色に変わり、じんわりと広がっていった。
訓練場にいた生徒からざわめきが起こった。
リセリア自身驚き、冷や汗が背中を伝った。
ハリス先生が静かに近づいてきた。
「シャステリーゼ嬢……」
「……は、はい」
「授業が終わった後、少し残って下さい」
授業後、ハリス先生はリセリアに向き合った。
「あなたの魔力は規格外なものです。あなたは、通常訓練の他に特別な訓練も必要です」
「……えっと、特別な訓練とは……」
「通常の訓練が終わった後、あなたには少し残ってもらい、魔力制御の方法を早めに習得してもらいます。誤って魔力暴走という事態がないとは限りませんので、今回は特例の処置になります」
リセリアは苦笑した。
「……分かりました。よろしくお願いします」
ハリス先生は、しばらくリセリアを観察するように見ていた。
それから「どうやら、あなたは訓練のしがいがありそうですね」と言って、朗らかに笑った。
「魔術は、使い方によっては危険なものです。力が大きいほど、その責任も大きくなります。そのことを忘れないようにして下さい」
「はい」
その日の夜、リセリアはヴィーナが寝た後に一人で書の内容を確認した。
ゆっくりと、その文字を追っていった。
書物に書かれていた内容はこうだった。
『この文字が分かるということは、君なのだろう。だが、この文字を読めることは誰にも知られてはならない。今から書かれていることを、その通りに進めてほしい。
一、オオルト大神殿へ行き、定められた手順で祈りを捧げよ。そうすれば加護を受けることができる。その加護は一度行ったことのある場所へと瞬時に移動できる力だ。
二、シェリズの森の奥に、一人の魔女がいる。森に入る時は、ラシネリアの花を頭に付け進んでくれ。魔女にあったら合言葉【うたた寝は夕暮れ時】を言うように。そしてその魔女から魔術を学べ。
三、王都を囲む東西南北の四つの神殿に、俺が隠したものがある。それを回収せよ。
四、リンフェリス大神殿の神殿長を訪ねろ。合言葉は【星輝く時、使徒再び】だ。その者は代々、俺との約束を守り続けている一族だ。きっと力になってくれるだろう。
これらを終えた時、次の指示を渡せる者がいる。』
学園の生徒として学校の外に出ることには制限がある。
貴族の令嬢が一人で動くことにも限界がある。
それでも、やるしかないとリセリアは思った。
父へ休日にオオルト大神殿に行きたいと手紙を出した。
休日が来るまでの間、リセリアは授業に集中することにした。
魔術理論の授業でフルラド先生が言っていた「術式を正確に構成する」という言葉が引っかかっていた。
書に書かれていた指示の中にも、術式という言葉が何度か出てきた。
双字で書かれた術式が、どういう意味を持つのか。
それを理解するためにも、魔術の理論をしっかりと学ぶ必要があった。
放課後、フルラド先生に質問に行った。
「術式とは何を媒介にするのですか」
フルラド先生は少し驚いた顔をした。
「良い質問ですね。術式は基本的に、この世界で使われている魔術文字を使います。その文字を取り入れた物を使うか、手で書いて詠唱します。ですが、理論的には他の文字体系でも機能するとされています。重要なのは文字そのものではなく、術式の構造です。術式は、魔力の流れを方向付けるための設計図のようなものです」
「では、見たことのない文字で書かれた術式でも構造が正しければ機能するのですか」
「理論上は、そうなります。ただし、それを実際に使うためには、その文字体系を完全に理解している必要があります」
リセリアは頷いた。
魔術の実技授業では、リセリアの上達が際立っていた。
最初の頃は他の生徒と同じ位置にいたが、訓練をしていく内に差がついていった。
ハリス先生から「あなたの魔力技術の吸収速度はとても早いですね」と言われた。
クラスの中で、自然とリセリアに注目が集まるようになった。
男子生徒の視線を感じることも増えた。
女子生徒の中には、羨望の目を向ける者もいたり複雑な感情を向ける者もいた。
その中に、クルシア・ビルドナもいた。
クルシアはビルドナ男爵家の娘でリセリアより一つ上の学年だったが、魔術の合同訓練の際に同じ場に居合わせることがあった。
クルシアはとても美しい人だった。
桃花色の髪に薄紅の目をしていて、女性らしい柔らかな曲線美をしていた。
そして愛嬌があり、誰とでも自然に話せる。
ソルネスがクルシアに惹かれるのは、分からなくもなかった。
クルシアはリセリアに対して、表向きは礼儀正しかった。
だけどその視線の奥に、何かがあった。
リセリアを警戒するかのような、そういったものだった。
リセリアは、それに気づきながらも何も言わなかった。
父からオオルト大神殿行きの許可がおりた。
休日、父が手配した護衛を連れてオオルト大神殿に向かった。
オオルト大神殿は王都の南西側で、小高い丘の上にあった。
石造りの建物と長い階段を上がった先に大きな扉があった。
神殿の中に入ると、司祭が出迎えた。
二言三言交わした後、リセリア達を奥の祭殿へと案内した。
祭殿は静かだった。
外の音が全く聞こえなかった。
石の床、高い天井、中央に祭壇があった。
シンプルだが、品のある空間だった。
「では、私は外に出ておりますので、ご自由にお祈りして下さい」
「はい、ありがとうございます」
リセリアは護衛にも外に待機してもらい、祭壇の前に立った。
書に書かれていた手順は、両手に特定の言葉を双字で書き、声に出しながら特定の動作と共に祈りを捧げるものだった。
まるでそれは歌いながら踊りをするようなものだった。
リセリアは声に出し、舞って祈りを捧げた。
祈りが終わった時、祭壇の中央にあった像が光輝いた。
その光がリセリア自身に入ってくるのを感じた。
それは温かいもので体中に静かに広がっていった。
そして、それが何なのかなんとなく分かった。
一度試してみることにした。
自分の家の寝室を思い浮かべて、念じた。
すると自分の寝室に移動していた。
すぐに大神殿の祭壇場所を思い浮かべて、念じた。
「本当に使えたわ……でもこれ、使う時は誰かに見られないように気をつけないと……」
最後にもう一度、祭壇の方を向いた。
「加護を与えて頂きありがとうございます」
リセリアはお辞儀をしてから祭壇の間から出た。
外で待っていた司祭はリセリアに声を掛けた。
「終わりましたか」
「はい」
これで一つ目の指示を終えた。
ある日、リセリアはフルラド先生の授業で、ルイ・クロデリヌスに関する記述を目にした。
魔術史の教科書の中に一節だけある記述だった。
「ルイ・クロデリヌス様が使ったとされる術式は、現在の魔術体系とは全く異なるものである。その術式は文字によって構成されていたが、その文字は誰も解読できなかった。一部の学者は、ルイ・クロデリヌス様が独自の魔術文字体系を開発したのではないかと考えている」
リセリアはその一節を指でなぞった。
独自の魔術文字体系とは、きっと双字のことだ。
学園の中では、ルイ・クロデリヌスについての話題が断続的に出てきた。
歴史の授業でも英雄として扱われていた。
イルドラ先生は、ルイ・クロデリヌスについて語る時は、どこか感情的になった。
「ルイ・クロデリヌス様は、この国の人間ではありませんでした。どこから来たのか、今でも分かっていません。しかし彼は、この国の危機を救うために、全てを捧げた。邪神を封印した後、彼は長い眠りについたとされています」
生徒の一人が手を上げた。
「先生、ルイ・クロデリヌス様は今でも眠っているのですか?」
「伝承によれば、そういうことになっています。しかし、それが事実かどうかは……お答えできません」
リセリアは黙って聞いていた。
もし、眠っているとしたら、それは琉生ではないのだろうか。
そんな希望があればいいのにとリセリアの胸は締め付けられた。
ジェシカが、ある昼食の時間にリセリアに言った。
「リセリア様は魔術の成長がすごすぎます。他の方も話題にしてましたよ」
「大げさな気が……」
「そんなことないですよ、ハリス先生も誉めていたじゃないですか!」
「練習を積み重ねているからだと」
「練習するだけであそこまで上達するなら、みんな苦労しませんよ!」
ジェシカはむくれた顔をして言った。
ジェシカ自身は魔力が少なく、魔術の授業では苦労していた。
その日の夜は考え事をしていて、なかなか寝付けなかった。
ベッドから起き上がり窓の外を眺めていた時、ヴィーナが話しかけてきた。
「リセリア様も、眠れないのですか?」
「……ええ」
「私もです。考え事があって、それで眠れなくて……」
「ヴィーナ様は何を考えていたのですか?」
「父のことや家のことですね……」
ヴィーナの家は最近、財政的に難しい状況にあるという話をリセリアは以前に聞いていた。
それがヴィーナの重荷になっているのだと分かった。
「何か悩みがあるなら、いつでも相談に乗りますからね」
「はい、その時はまた話をさせて下さい。リセリア様も何かあれば言って下さいね」
そのあとは少し世間話をした。
「やっと眠気が……そろそろ寝ますね、おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
リセリアは、書の二つ目の指示であるシェリズの森の魔女を訪ねることについて考えた。
シェリズの森がどこにあるかは、地図で確認していた。
王都から馬車で数時間ほどの距離にある深い森だった。
だが、学園の生徒が一人で訪れることは現実的ではなかった。
となると一度、シェリズの森の手前にある町まで行ってみようと考えた。
次の休日には行けるように父に手紙を書くことにした。




