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時紡ぎ~再び君と出会うまで~  作者: 紫乃月 聖巴


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01. 転生、そして新たな世界へ

 最初に感じたのは眩しい光だった。


 暗闇の中にいたはずが、気づいた時には光の中にいた。

 柔らかく、温かい光だった。


 次に感じたのは、騒がしい音だった。


 女性の泣き声だった。

 それからもう一つの声がした。

 男性の声で震えていた。


「……生まれた、生まれたぞ!よくやった、ルティア!」


 それが聞こえた瞬間、理世は理解した。


 いや、理解したというよりかは全身でそれを感じた。

 今まさに自分は産まれたのだと。


 自分の体は異様に小さかった。

 手と足が自分のものとは思えないほど小さく、思うように動かせなかった。

 視界はぼんやりとしていて焦点が合わなかった。

 それでも、ぼんやりとした視界の中に何かが見えた。


 それは木で作られた天井で精緻な彫刻が施されていた。

 日本の家屋とは全く異なる様式だった。

 天井から下がっているランプも見えた。


 理世は、ぼんやりとした意識の中で思った。


 これは夢ではないのだと――。






 新村理世としての記憶は全部残っていた。


 二十七年間の記憶がそのままあった。

 家族のことや琉生のことも全部、記憶に残っていた。

 ただ、体だけが変わっていた。


 何日か経つ内に、理世は自分が赤子であることを完全に把握した。

 体が思うように動かせない。

 声がうまく出ない。

 出るのは泣き声だけだった。

 ひどく不便だったが、それよりも目から入ってくる情報の一つ一つが、驚きの連続だった。


 部屋は広くて天井が高く、家具には刺繍の入った上質そうな布が掛けられていた。

 窓から見える空は青く、雲の形は見慣れた形だったが、窓の外に見える建物の輪郭が、完全に見知らぬものだった。

 石造りの外壁とアーチ形の窓や遠くに見える塔があった。


 ここは日本ではないということだけは、はっきりと分かった。






 自分には世話をしてくれる女性がいた。


 その人は若い女性で、髪が茶色だった。

 女性は優しく、赤子の自分を丁寧に扱ってくれた。

 抱き上げる度に何かを囁いた。

 その言葉が最初は全く分からなかった。


 しかし数週間も経つと、なんとなく聞き取れるようになってきた。


 それから単語の意味が分かるようになってきた。


 数ヶ月経つと簡単な文章の意味が分かるようになっていた。

 日本とは違う言語を多く記憶するように努めた。

 同時に様々なことが分かってきた。

 この部屋は貴族の邸宅の中にあることだった。


 自分の母親となった女性は、とても美しい人だった。

 明るい空色の髪を持ち、淡黄色の目をしていた。

 名前はルティアという。


 自分の父親となった男性は、端正な顔立ちで引き締まった体をしている。

 紫紺の髪を持ち、菫色の目をしていた。名前はハインという。


 自分には兄もいた。

 いかにも美少年といった風で、母と同じ空色の髪に淡黄色の目をしていた。

 名前はライルという。


 そして自分には名前がついていた。


 リセリア・シャステリーゼ。


 それが、この世界での自分の名前だった。






 リセリアとして過ごす時間が積み重なっていくにつれて、新村理世としての感覚は少しずつ、背景に退いていった。


 消えたわけではない。

 ただ、この世界での感覚が前に出てくるようになった。

 ここで感じるもの全てがこの世界のものだったからだ。


 それでも夜になると理世は前世のことを考えた。


 家族の事や友人、そして琉生のことを――。


 ここはどこかの別の世界で、自分は転生したのだということをリセリアは受け入れていた。

 現実として受け入れることしかできなかった。






 リセリアが初めて歩いたのは、一歳になる少し前だった。


 ルティアが両手を広げて「おいで、リセリア」と言い、リセリアはその手に向かってよたよたと歩いた。

 数歩歩いたところで転んだが、ルティアは駆け寄って抱き上げ、頬に何度もキスをした。


「上手よ、リセリア!すごいわ!」


 ルティアの喜び方は、いつも真剣だった。

 リセリアが小さな何かをできる度に、心の底から喜んでいた。

 その喜び方がリセリアには嬉しかった。

 前世の母も喜んでくれる人だったが、ルティアの喜び方はもっと全身的で、感情を全く隠さなかった。


 父のハインは口数が少なかったが、リセリアに対して深い愛情を持っていることが伝わってきた。

 忙しい仕事の合間を作って、必ず夕食前には姿を現した。

 リセリアを抱き上げて、外の景色を見せながら何かを話してくれるのがハインの習慣だった。


「あれが南の山だぞ、リセリア。あの山の向こうにはな、大きな海がある。いつかお前を連れて行ってやろう」


 そんな言葉をかけてくれた。

 その度に、リセリアは胸が温かくなった。


 前世の父は仕事が忙しく、あまり家にいなかった。

 だからこういう父親像はリセリアには新鮮に映った。


 兄は、おもちゃを持ってきて、リセリアの傍で「これおもしろんだよ」と変形するおもちゃを、おぞましいものに変えて、「ライル様!お嬢様にそんなものを見せてはいけません!」と侍女に止められていた。


 兄は、なんだか変わった人だった。






 リセリアが三歳になる頃には、この世界の言語を完全に話せるようになっていた。


 普通の三歳児にしては言語の習得が早すぎると、周りの大人達は口を揃えた。

 ルティアの侍女であるベネという女性は「お嬢様は天才でいらっしゃる」と言い、執事であるキルキスという男性は「シャステリーゼ家の血だからですかね」と言った。

 リセリアはそれを聞いて内心苦笑した。

 前世の記憶があるからですとは言えないからだ。


 ベネはふくよかな体型の女性で、ルティアの侍女として長年仕えていた。

 口はきつかったが、リセリアに対しては優しかった。

 「お嬢様、そのドレスで走り回ってはなりません」と言いながら、外を走り回るリセリアを笑って見ていることが多かった。


 キルキスは長身で、いかにも執事らしい男性だった。

 物静かで礼儀正しく、しかし必要な時には的確な助言をハインに行う。

 リセリアには常に丁寧に接してくれたが、その丁寧さの奥に、本物の親しみが少しずつ滲み出てくるようになるのは、もう少し後のことだった。


 この頃の兄は、絵本を読んでくれるようになった。

 だが、絵本の内容が怖い話や呪いの話ばかりで、侍女に止められた。






 リセリアが五歳になった頃、家庭教師がついた。


 最初の家庭教師はメリッサという三十代の女性だった。

 眼鏡をかけていて、知識の量が豊富だった。

 歴史、地理、算術、礼儀作法、この世界の様々なことを教えてくれた。


 その授業の中で、リセリアはこの世界について多くのことを学んだ。


 この国はフロネファスト王国という。

 四方を山と海に囲まれた、中規模の王国だ。

 隣国とは概ね友好的な関係にあるが、かつては戦争もあった。

 王都はハルバドという名で、シャステリーゼ家の邸宅はその王都にあった。


 シャステリーゼ家は伯爵家だった。

 代々王家に仕える家柄だという。

 父のハインは現在、王宮の財務を管轄する役職についていた。


 そしてメリッサの授業の中で、リセリアは一つの伝承を聞いた。


 百年ほど前、この世界に邪神が現れた。

 邪神は世界を滅ぼす者だとされている。

 その脅威に立ち向かう者がいた。

 神の使徒と呼ばれる者で、見たことのない術式を使い、邪神を封じたそうだ。


 その人物の名をルイ・クロデリヌスといった。


 それが英雄として、今なお伝承されている人物だった。


 リセリアはその名前を聞いた時、何かが胸の奥でざわついた。

 なぜなのかは分からなかった。






 リセリアが七歳になった頃には、この世界でいくつかの事実をはっきりと把握していた。


 この世界には魔術が存在するということ。

 ただし、貴族といえど誰でも使いこなせるわけではなく、素養のある者が訓練を重ねることで習得できるものらしかった。

 リセリア自身に素養があるかどうかは、まだ分からなかった。


 そして、この世界には邪神の教団と呼ばれる存在があるということ。

 表向きには活動していないが、水面下で活動を続けているという噂があった。

 ハインは執事のキルキスと、この話を時々していた。

 リセリアはそれを聞く度に不安な気持ちになった。






 リセリアが八歳になった春、転機が訪れた。


 母のルティアがある日、リセリアを書斎に呼んだ。

 いつもと少し違う雰囲気だった。

 ルティアは緊張しているようで、それを隠そうとしていた。


 書斎には父ハインがいた。


「リセリア、そこに座りなさい」


 リセリアはソファに腰を下ろした。

 ハインとルティアも向かいに座った。


「お前には話しておかなければならないことがある」

「何のことでしょうか?」

「お前の婚約のことだ」


 リセリアは頭が真っ白になった。


 八歳で婚約。

 前世の感覚では信じられないことだが、この世界では珍しくないことは学んでいた。

 貴族社会において婚約とは、家と家の契約だ。

 個人の感情よりも、家の利益が優先される。


「……相手はどなたですか?」

「ルトラルト侯爵家の御子息になる。ソルネス・ルトラルト様という方で、お前より一つ上だな」


 ルトラルト侯爵家。

 シャステリーゼ伯爵家よりも格上の家柄だと、リセリアは知っていた。


「どんな方なのですか?」

「まだ会ったことはないけれど、賢くて礼儀正しいご子息だと聞くわ」

「リセリア、あなたはどう思う?」


 ルティアが聞いた。

 こちらの世界の母親はいつも、リセリアの気持ちを聞いてくれる。

 貴族の令嬢として決められた道を歩むことは当然としながらも、リセリアの心を無視しようとしなかった。


 リセリアは考えた。


 婚約……結婚……。この世界での自分の役割……。


 前世の記憶の中には琉生がいた。

 琉生への気持ちは消えることはなかった。

 だけど、ここは別の世界で自分はリセリア・シャステリーゼとして生まれた。

 貴族の令嬢として生まれた以上、政略結婚は避けられないのかもしれない。


「……お父様とお母様が決めたことなら、従います」


 ルティアは少し悲しそうな顔をした。


「ごめんなさいね、リセリア。あなたに不自由をさせるつもりはないわ……」

「謝らないで下さい、お母様……私は大丈夫です」


 ルティアはしばらく黙っていた。

 それから立ち上がってリセリアを抱きしめた。


「あなたは強い子ですね」


 強いのではないとリセリアは思った。

 ただ諦め方を知っているだけで、どうにもならないことは知っている。

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