17. 英雄達のその後
邪神は討伐され、教団も壊滅した。
王都は平穏を取り戻していた。
商店街に活気があり、子供達が路地で遊ぶ声が聞こえる。
王宮では、邪神討伐の公式な記録が作成されていた。
オルスティ侯爵が責任者となり、事の経緯を全て記録した。
記録には、リセリア・シャステリーゼとルイ・クロデリヌスの功績が詳細に記されている。
「これは後世に残すべき記録だ」
オルスティ侯爵は文官に言った。
「了解しました」
それから少しして国王陛下への謁見が行われた。
フロネファスト王国の国王、サジェルヴィンは穏やかな顔立ちと深い目を持つ人物だった。
長年王国を治めてきた経験がその目に宿っていた。
謁見の場に、リセリア・シャステリーゼとルイ・クロデリヌスが呼ばれた。
シャハリス神殿長、グランドロス騎士団長、オルドフ魔術師団長、オルスティ侯爵など、大勢の貴族が同席していた。
リセリアは生まれて初めて、国王の前に立ち緊張をしていた。
隣にいるルイは落ち着いていた。
サジェルヴィン国王は玉座から立ち上がった。
「リセリア・シャステリーゼ、ルイ・クロデリヌス」
国王が名前を呼んだ。
「この国を救ってくれたことに、わし自らが国を代表して感謝をする」
「ありがたき御言葉お受けいたします」
国王は公式な叙勲を与えた。
リセリア・シャステリーゼとルイ・クロデリヌスを、王国の英雄として公式に認定した。
その功績は永く国の記録に残され、後世に伝えられる。
「ルイ・クロデリヌスには新たなシトルト公爵位の授与。王都近郊の領地、シトルト領を与える。そして王国功労勲章の最高位である『光輝の章』を授与する。この勲章は建国以来、三人にしか授与されたことのない最も栄誉あるものである」
「ありがたくお受けいたします」
「リセリア・シャステリーゼには王国功労者として、同じく『光輝の章』を授与する。そなたの功績は、それに値する。そしてシャステリーゼ伯爵家は公爵家に陞爵とする」
文官が、新たな爵位の証と星の形をした輝く金色の勲章を運んできた。
リセリアは礼をした。
「謹んで、お受けいたします」
国王は最後に、二人を見渡した。
「この国は二度にわたって、そなた達に救われた。この恩をわしは決して忘れない。そして、この国の歴史も永遠に忘れることはないだろう」
大広間に、大きな拍手が湧き起こった。
シトルト公爵領について、オルスティ侯爵は更に詳しく説明した。
「この領地は、現在は王家の直轄地となっている北東部の土地だ。元々は別の貴族家の領地だったが三十年前にその家系が没落し、王家に返還された」
そしてもう一つとオルスティ侯爵は話しだした。
この世界でのルイ・クロデリヌスの家族についてだった。
「ルイ・クロデリヌス様」
オルスティ侯爵が慎重に切り出した。
「あなたを養子として迎えた、当時の神官長ガストロン様の家系について」
ルイの表情が、わずかに変わった。
「クロデリヌスの家系は、今どうなっていますか?」
オルスティ侯爵は、別の文書を取り出した。
「ガストロン様には、実子はいなかった。あなたが唯一の養子だ。だが、ガストロン様が亡くなられた後、そのクロデリヌスという姓は神殿の中で特別な意味を持つようになった」
「特別な意味とは?」
「ガストロン様が神官長として神託を受け、使徒を養子に迎えたという出来事は、神殿の歴史において極めて重要な記録として残された。その功績を称えて、ガストロン様の弟子達が、その後もクロデリヌスの名を神殿長を継承する者の称号として、代々使い続けてきている」
「称号として受け継いでいたのですね」
「正式な血縁ではないが、ガストロン様の精神を継承する者として、歴代の神官達がクロデリヌスを名乗ってきていた。今称号を継いでいるのが学園の特別教師をしているイルドラ・クロデリヌス先生になる」
リセリアが思わず声を上げた。
「イルドラ先生が、ガストロン様の……」
「先生は学園の特別教師という立場を取られているが、その血筋は神殿と王家の橋渡し役を代々担ってきた後継者でもある」
「イルドラ先生に、お会いたいしてみたいです」
後日、イルドラ先生が二人がいるリンフェリス大神殿を訪れた。
先生は、オルスティ侯爵から既に話を聞いていたようだった。
部屋に入ってくるなり、ルイの前で深く頭を下げた。
「ルイ・クロデリヌス様」
「先生、頭を上げて下さい」
先生は、ゆっくりと顔を上げた。
「私は子供の頃からこの国を救い英雄になった、ルイ・クロデリヌス様の物語を何度も聞かされました」
先生は感慨深そうな表情で続けた。
「子供の頃の私にとって、ルイ・クロデリヌス様は伝説の中の人物でした。それが今、目の前にいるのですから感慨深いものですね」
「先生」
「はい」
「ガストロンさんは、どんな最期を迎えましたか」
「……穏やかな最期だったと、記録に残っています。七十二歳で、神殿で息を引き取られました。最後まで、あなたが眠る場所への定期的な訪問を続けられていたそうです。それは、ガストロン様の弟子達にも引き継がれました」
「先生、お話してくれてありがとうございます」
イルドラ先生は目を細めて微笑で頷いた。
王都では、二人の名前が話題になっていた。
市民の間で、邪神討伐の話が語り合われていた。
学園の生徒達が家族に話し、家族が周囲に話し、それが広がっていった。
ある日、リセリアとルイはウェルディのもとを訪ねた。
歩いているとウェルディの家が見えてきた。
煙突から煙が出ていて、扉の前に立つと扉が開いた。
ウェルディが出てきた。
白髪の老婆はリセリアを見て、それからルイを見た。
「よく来たな」
家の中に入るとテーブルに三人分の茶が用意されていた。
「来ることを知っていたのですか」
「この森には仕掛けがあるんだ。だからお前さん達が来るのはわかったよ」
「さすがですね」
「魔女だからな」
ウェルディはルイを見た。
「久しぶりだな」
「お久しぶりです」
ウェルディは少し笑った。
「座って話を聞かせておくれ」
三人は茶を飲みながら話した。
ウェルディは頷きながら聞いていた。
「術式は、うまく使えたか」
「はい、おかげさまで上手くいきました」
「お前さん達はよくやったよ」
「ウェルディさんの協力があって達成できたのもあります。感謝します」
「ふん、邪神は倒してもらわんと困るからな」
帰り際、ウェルディが二人に言った。
「たまには遊びにこい」
リセリアは微笑んだ。
「はい、また来ますね」
ルイは頷いた。
季節の花が王都の並木に咲いている。
風に舞う様子は前世で見た桜と似ていた。
リセリアはその花を見て、前世の春を思い出した。
琉生がいなくなった年の春。
葉桜の並木道を二人で歩いた最後の日を――。
今はその続きにいる。
リセリアには、考えていたことがあった。
ある日の午後、リンフェリス大神殿のベンチに二人で座っていた時にリセリアは言った。
「ルイ、この先、どんな生き方をしようと思ってるの?」
「考えている最中で、まだ具体的には決まっていない。領地経営の事もあるしな。まぁ、王宮の役人が引継ぎしてくれるから助かるけど」
「そうよね、領地経営は大丈夫そう?」
「役人の人は丁寧だから、順調だよ」
「相変わらず、飲み込み早いのね」
「……リセは?」
「私も……まだ具体的には。でも……」
リセリアは少し考えて、それからルイの方へ顔を向けた。
「私はね、ルイの傍にいつづけたい。前世でも最後までルイへの好きな思いは変わらなかった。この世界に生まれ変わってもルイの記憶は持ったままだったから、ずっと思い続けてた。前世では叶わなかったけど、これからはずっと一緒にいたい」
「……俺も同じことを考えていた」
青白い花びらが風に舞い、二人の周りに降り注いだ。
ルイが立ち上がりリセリアを見た。
「俺も、リセの傍にいたい。理世が転生して姿が違っても俺の気持ちは変わらない。ずっと好きなままだ。これからはこの世界で、一緒に人生を歩んでいきたい。だから俺と結婚してほしい」
ルイはリセリアの手を取った。
リセリアは微笑んで頷いた。
その時二人は突然、眩い光につつまれた。
そして光りの空間の中にいた。
上空から神の声がした。
『使徒よ、邪神討伐をよく成し遂げた』
リセリアは突然のことで驚いた。
ルイはリセリアに顔を向けて言った。
「俺を使徒にした神だ」
『褒美として一つだけ願いを叶えよう』
「願い……」
ルイは呟いた。
リセリアは一つのことを思い浮かんだ。
「私達がいた元の世界と連絡はとれますか?」
『連絡はできないが、物を送ることは可能だ』
「ルイ、ルイの家族に手紙は送ってはどう?」
「……いいのか?」
「もちろんよ」
「神よ、では俺の家族に手紙を送りたい」
『いいだろう』
どこからか紙とペンが出てきて二人の前で浮いている。
ルイは家族宛に手紙を書いた。
「これを家族に渡してほしい」
『では、これは汝の家族に送り届けよう』
神はそう言い、光は徐々に消えていった。
元の場所に戻り二人は、お互いの顔を見合わせた。
「ちゃんと届くわ」
「ああ……」
その日の夕方、リセリアは母ルティアと父ハインに手紙を書いた。
「お父様、お母様。ご報告があります。ルイ・シトルト公爵と、これから一緒に生きていこうと話し合いました。詳しくはお会いしたときに話させてください。休日にそちらに帰ります。リセリアより」
約束の日、実家に帰ってきた。
母ルティアは玄関でリセリアを見るなり、抱きしめた。
「リセリア! 心配していたのよ!」
「お母様」
「あなたが使徒様だったなんてハインと二人でびっくりして腰を抜かしそうだったのよ! ハインは、王宮で色々聞かれて混乱しまくってたわ!」
「言えなかった事情があったの」
「もう! あなたは驚かせ過ぎだわ! それに、休校になってもこっちに帰ってこないで、リンフェリス大神殿の方に滞在するんですもの!」
父ハインはリセリアの横に立つルイを見た。
ルイもハインに顔を向けた。
「ルイ・シトルトです」
「シャステリーゼ家の当主、ハインです」
「お初にお目にかかります」
二人は互いを見た。
しばらく沈黙があった。
ハインが先に口を開いた。
「リセリアから手紙を頂いて驚きました。まさか相手の名前に伝説の英雄の名が書かれていたものですから、最初は自分の目を疑いましたよ。ですが相手が英雄と言えど、父としては心配なのです。リセリアを幸せにして頂けますか」
ルイは真剣な目で答えた。
「私にとってリセリアは唯一で大切な人です。必ず彼女を幸せにします」
ハインはしばらくルイ・クロデリヌスを見ていた。
「本気なのですな……娘をよろしくお願いします」
リセリアがルイの傍にきて二人は幸せそうな顔をしていた。
その光景にハインは微笑んだ。
ああ、娘は幸せなのだなと。
その後は四人で食事をした。
ルティアがルイに様々な質問をした。
好きな食べ物は何か、どんなことをしていたか。
ルイは一つ一つ、正直に答えた。
ルイは食事をしながら、少しだけ目を細めた。
リセリアはそれを横から見ていた。
「美味しい?」
「これ、甘くておいしいな」
「それ、カルセシェリスっていう料理でね。私も好きなの」
ルティアがその会話を見ていた。
それからハインの隣で小声で言った。
「とても仲が良いわね」
「そうだな」
「あの子、あんなに幸せそうで顔をして……安心したわ」
「ああ」
ハインは小声で答えた。
その目は穏やかだった。
それから一週間後、リセリア・シャステリーゼとルイ・シトルトの婚約が正式に発表された。
シャステリーゼ家とルイ・シトルトの間での婚約であり、国王の認定も受けた。
発表を聞いた民達の反応は様々だったが、多くは温かいものだった。
一部の貴族は英雄と縁談を結びたかった家もあり、その朗報を聞いて嘆いていたとか。




