13. 崩れ始める封印
それは突然のことだった。
神殿長から緊急の伝達が届いた。
『邪神を封じている封印に異変が起きました。教団の魔術師達が入口の結界を壊し、封印に直接手を加えたようです。強制的に封印を解こうとしていた傷痕がありました。結果的には封印は解けずじまいだったようですが、封印に綻びが生じているらしく、このままでは封印が壊れるのも時間の問題かと思われます』
「もう……時間がないわ」
リセリアは机の引き出しから、癒しの腕輪を取り出した。
その夜、王都の王宮では緊急の会議が開かれていた。
オルスティ侯爵が議長を務め、王宮の主要な人物が集まっていた。
オルスティ侯爵は五十代の男性で、白髪交じりの短い髪と鋭い目が印象的だった。
長年王国の内政と外交を担ってきた人物で、感情に流されることなく公平に判断できる能力を買われている。
「教団の魔術師が七名、封印の核に直接手を加えたとして封印に亀裂が入った。教団の魔術師は六名捕縛したが、一名を取り逃がした。封印に歪みが生じていて、一刻の猶予もない状態だ。封印が崩れる前に最善の配置を整える必要がある。王国騎士団第一連隊と第三連隊を中央の防衛に当たらせる。第二連隊は東の方角へ。魔術師団は東西南北へ配置。邪神が攻撃してきた際、防衛の術式をいつでも張れるように待機」
騎士団長のグランドロスが立ち上がった。
グランドロスは四十代の、大柄な男性だった。
長年王国騎士団を率いてきた人物で、戦場経験が豊富だった。
その目には、強い意思を感じる。
「邪神が解放された場合、民を守らなければなりません。各隊の騎士達に退避の誘導と、逃げ遅れた者の救援に集中させます」
「頼む、グランドロス殿。邪神は使徒以外では倒せない。騎士を動かしても死ぬだけだ」
グランドロスは頷いた。
「ここまできてしまったら、使徒についての情報を共有しておくべきでしょう」
「ああ、もう一人の使徒はもう見つかっている。今、王立学園にいるリセリア・シャステリーゼ嬢が使徒である。彼女に邪神の対処にあたらせるしかない」
その場にいた周囲は驚愕した。
学園に通う貴族の少女が使徒だという事実は多くの者には初耳だった。
「ご令嬢が使徒ですか?!」
「ですがルイ・クロデリヌス様の方は、まだ目覚めてはおられないではないですか!」
「そうだ! 邪神を倒すには使徒二人のお力が必要なのだろう!」
「たしかにルイ・クロデリヌス様はまだ眠ったままだ。使徒リセリア・シャステリーゼ様が目覚めさせるほかはない。急ぎ、彼女にも使いを送っている」
しばらく重い沈黙があった。
グランドロスが口を開いた。
「ならば、もう一人の使徒殿を信じるしかないでしょう。一度目はルイ・クロデリヌス様が邪神を封印し、この国を救った。今度は邪神を倒すことを目的としている。我々は、その間に民を守ることに集中しましょう」
国王は、騎士団長に視線を移し指示を出した。
「グランドロス騎士団長、リセリア・シャステリーゼ嬢を命をかけて守らせろ。今回の戦いの要になる使徒だ。彼女に何かあれば、全ての計画が崩れる」
「了解しました。必ずお守りします」
「頼むぞ。この国の命運が使徒にかかっているのだ」
王国騎士団の出動命令が下りたのは、深夜のことだった。
第一連隊の隊長は、ヒリエダという女性騎士だった。
三十代で金色の髪を短く切り、実戦経験豊富な人物だった。
騎士団の中でも特に機動力に優れた部隊を率いていた。
「第一連隊、出動! 中央に位置する方角。邪神と正面衝突は避け、民の退避誘導を最優先する!」
馬の蹄の音が夜の王都に響いた。
第三連隊の隊長はカッセルという四十代の男性で、守備と援護に特化した部隊を率いていた。
「第三連隊は学園周辺の守備につく! 市民を近づけるな。学園の教師達と連携を取れ」
各隊が静かに動き始めた。
学園では、リセリアが学園長に呼び出された。
学園長室に向かい室内に入ると学園長、教師、シャハリス神殿長、神官達がいた。
「いらっしゃいましたね」
「神殿長、四つの神殿に配置を頼んでいたものは、どうなっていますか?」
「早馬で向かわせています」
「封印は……もう」
「封印はいつ崩れてもおかしくありません」
神殿長の目は緊迫したものがあった。
「シャステリーゼ嬢」
ある神官が近づいてきた。
「もう時間がありません。王国騎士達が民の退避誘導を行っております。貴方様に……動いてもらうしかございません」
リセリアは課せられた責任の重さと向き合い、行動に移すことになる。
学園の中での様子は、いつも変わっていた。
主要な棟の周囲に、薄い光の膜が張られていた。
ハリス先生が展開した結界だった。
廊下には教師が数名、警戒態勢を取っていた。
カッセル率いる第三連隊の騎士達が、学園の外周を囲んでいた。
馬に乗った騎士達が位置についていた。
カッセル隊長がイルドラ先生のもとへ来た。
「イルドラ先生、騎士団第三連隊は配置完了しました!」
「カッセル隊長、ありがとうございます。学園の外周の守備をこのままお願いします。学園の中は教師達が対処します」
「了解しました!」
カッセル隊長は周囲を確認しつつ、騎士達のもとへ戻った。
学園の外から馬の蹄の音が聞こえた。王国騎士団の者だった。
先頭に立っていたのは、エルーダ隊長だった。
馬を降りながら、学園の教師に向かって言った。
「王命により、リセリア・シャステリーゼ様の護衛に参りました。彼女を守ることが、我々の最優先任務になります」
リセリアが外に出るとエルーダ隊長が歩み寄った。
「リセリア・シャステリーゼ様ですね」
「はい」
「国王陛下から、あなたを守るよう命令を受けております。それと教団があなたを狙っているとの情報がありました」
「気づかれたのですか」
「どうやらそのようです……おそらく教団も動くでしょう」
「分かりました」
「あなたのやるべきことに集中して下さい。周りは我々で守ります」




