幕間 邪神教団
邪神教団の祖先は、今いる世界とは別の世界からやってきたとされる。
突如現れた邪神の力に魅入られ、いつしか邪神を崇めるようになった。
そして邪神の力を借りて世界を壊し、自分達が理想とする国に作り変えることを望むようになった。
だがその邪神は使徒によって封じられてしまった。
半数以上の仲間が、その戦いで亡くなった。
捕縛された者も多くいたため、逃げ延びた人数は少なかった。
それから教団は邪神の復活を悲願とし、それが次世代へと引き継がれていった。
あれから長い年月が経ち、教団の数も増えていった。
現在の教団を率いているのは、三人の幹部だった。
最高幹部はハストルブと名乗る人物だった。
六十代の男性で、王都の商人として長年潜伏してきた。
表向きは宝石商として成功した商人だったが、その実態は教団の資金と人員を管理する最高指導者だった。
二人目の幹部はウルゼバという五十代の女性だった。
魔術師の家系に生まれ、独自に邪神の封印に関する研究をしてきた。
封印の構造を解析することが今の彼女の仕事だ。
三人目の幹部はクブシスという四十代の男性だった。
組織の実働部隊を束ねていた。
この幹部三人の下に多くの信奉者がいた。
教団の本拠地は、東の荒野から離れた森の洞窟にあった。
他にもいくつかの隠れ拠点がある。
森の洞窟は外から見ると、ただの岩石にしか見えなかった。
そこには隠された通り道があり中に入ると内部は広く、人が住める空間へ作り変えられていた。
食料の備蓄や魔術の研究設備があり、教団の記録も保管されていた。
教団の洞窟の奥まった部屋で、ウルゼバは蝋燭の光の下で書物を読んでいた。
その部屋には壁一面に棚が作られていて、棚には無数の書物が並んでいた。
羊皮紙のもの、木の板に書かれたもの、布に書かれたものなど、様々な形の記録が年代順に整理されていた。
「ウルゼバ様」
扉の外から声がした。
「入れ」
扉が開くと若い男が入ってきた。
教団の末端の信奉者で、名をゾルドといった。
二十代で、線の細い男だった。
「報告があります」
「何だ」
「封印の観測で、新しい変化が見られました」
ウルゼバは顔を上げた。
「何があった」
「封印の外縁部に、わずかな揺らぎが確認されました。以前より、波が大きくなっています」
ウルゼバは立ち上がり、すぐに観測の部屋へ向かった。
観測の部屋には、特殊な四角形の魔術装置があった。
その装置には、封印の場所から持ち帰ったの土と石を内部に封じてある。
封印の状態が変化すると、その変化が装置に反映される仕組みだった。
これを開発するのに、歴代の教団員が五十年もかかった。
装置の内部を見ると、ウルゼバは目を細めた。
確かに変化が起こっている。
装置内部で揺れる光が以前より大きかった。
それが何を意味するかは、ウルゼバには分かっていた。
「今が、好機かもしれない」
翌日、洞窟の奥にある部屋に三人の幹部が集まった。
ウルゼバが装置の観測結果を報告した。
「封印の揺らぎが大きくなっている。これは偶然ではない、封印はもはや完全ではない状態だ」
「ならば我々の手で封印を壊すことが可能かもしれんな」
クブシスが身を乗り出した。
「ならば、すぐに行動するべきだ」
三人は頷いた。
「では、作戦を立てよう」
決行の日の夜、教団の魔術師が動いた。
彼らは封印のある場所に着いた。
「騎士の巡回には、猶予がある。それまでに全て終わらせる。作戦通り、始めるぞ」
魔術師達は封印が施されている術式に干渉し続けた。
どれくらい経ったのか、かなりの魔力が消費された。
魔術師達の額から汗が滲み出ていた。
そして、封印の周囲の空気が変わりはじめた。
「封印が反応している!」
「続けるぞ!」
王国騎士団の巡回隊は、六人の騎士で見回りを行っていた。
隊長はフルブクという三十代の男性騎士だった。
東の荒野の巡回を長年担当してきた経験豊富な人物だった。
その日の夜も、いつもと同じルートを巡回していた。
フルブクが最初に気づいたのはかすかな光だった。
封印方面から、たしかに光が見えた。
自然現象ではないと、フルブクは即座に判断した。
「全員、封印の場所へ静かに近づく。気配を出すなよ」
六名の騎士は、静かに封印の場へと向かった。
フルブクは慎重だった。
何が起きているかが分からない状況で、無理に突入することは危険だった。
まず状況を確認してからだった。
岩陰から覗き込んだ時、フルブクは息を飲んだ。
七名の人物が、封印の場所に立っていた。
複数の術式が展開されていて、光が乱れていた。
地面から何かが反応しているような、不思議な現象が起きていた。
それが何を意味しているのか気づいた瞬間、フルブクの背筋が冷たくなった。
フルブクは、即座に部下に指示を出した。
「伝令を走らせろ。今すぐ王宮に封印への干渉が確認されたと報告しに行け」
フルブクは部下の一人を走らせた。
馬を持っていた騎士に、王都へ向けて全力で走るよう命じた。
「魔術師達はどうしますか」
「我々は、奴らを包囲して捕縛する。逃がすなよ」
一方、封印の場所では――。
「もう時間だ! 撤退しよう!」
「しかし、まだ完全には」
「今は傷をつけただけでも十分だ! 撤退だ!」
魔術師達が撤退しようとした、その時――。
「動くな!」
フルブクの声が響いた。
魔術師達は振り返った。
岩陰から、五名の騎士が現れた。
武器を構えていた。
「王国騎士団だ。全員、投降しろ!」
「散るぞ!」
魔術師は叫んだ。
フルブクは即座に指示を出した。
「逃がすな! 捕らえろ!」
騎士達が散った。
騎士達の追跡が始まった。
森に逃げ込まれ、追跡は困難を極めた。
暗く、地形が複雑だったからだ。
魔術師達は気配を消す術式を使いながら逃げていた。
追ってきた騎士一名に向けて、魔術師が術式を放ち反撃に出た。
「くっ!」
騎士が吹き飛んだ。
魔術師は逃げようとした。
しかし、別の方向から騎士が来た。
フルブクが間合いを詰めた。
「観念しろ!」
魔術師一人が捕縛された。
別の魔術師も逃げようとしたが、行き止まりの岩場に追い込まれた。
「投降しろ。抵抗すれば、力ずくだ」
「……分かった」
魔術師は両手を上げた。
森の奥へと逃げ続けている魔術師がいた。
森の中を必死に走っていた。
追ってくる騎士の足音が聞こえていた。
魔術師は岩陰に隠れた。
騎士は近くを見渡していた。
魔術師は息を殺して、騎士が遠ざかるのを待った。
それから静かに、別の方向へ歩き始めた。
王宮への伝令騎士は、全力で王都へ向かっていた。
馬の蹄の音が、夜の道に響いた。
王宮の正門に着いたとき、守衛が出てきた。
「緊急の報告だ! 東の荒野の封印への干渉が確認された! 王宮に直接繋いでくれ!」
守衛の顔色が変わった。
「急いでくれ!」




