表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/166

禁忌の符紋(4)

 ギルド支部の前に着くと、アイデンがすでに待っていた。

 彼はいつもの軽薄な態度を見せず、珍しく険しい表情を浮かべていた。


「来たか。」

 彼は二人を確認すると、すぐに歩み寄り、低い声で告げる。

「情報を手に入れた。」

「“暗流(アンリュウ)” の報告によると、闇紋会あんもんかいが密かに “新型符紋武器” の開発を進めているらしい。」

「そして、それらはブラックマーケットへと流れ込む予定だ。」

 

 エンは短く息を吐き、冷静に尋ねた。

「……どこまで具体的な情報がある?」


 アイデンはスマホを取り出し、地図を開く。

 指先である一点を示しながら答えた。

「ここだ。」


 そこは、市街地から少し離れた裏取引の拠点の一つだった。

「この場所で、最近 “暗流(アンリュウ)” の仲間が闇紋会の人間を頻繁に目撃している。」

「そして昨日、やつらが “大量の新型符紋武器” を持ち込んだという報告があった。」


「取引の時間は?」

 エンが淡々と尋ねる。


「今夜の真夜中だ。」

 アイデンの声には、わずかに緊張の色が滲んでいた。

「できるだけ早く動く必要がある。」

「可能なら事前に配置について、やつらに気取られないようにするべきだ。」

 

 エンは静かに頷く。

 隣のカルマと視線を交わすと、互いに無言のまま、同じ結論に至っていた。


 ◆ ◆ ◆  


 夜の帳が、街を覆い始める。

 いつもと変わらぬ闇の中に、妙な静寂が広がっていた。

 まるで、何かが孕まれているような、異様な気配。

 

 三人はすぐに出発した。

 アイデンがギルドから借りた黒のSUVを足に使うことにする。

 アイデンが運転席に乗り込むと、エンジンを滑らかに始動させた。


 車内には、ほのかにレザーシートの香りが漂っている。

 手入れが行き届いているのか、長年使われているにもかかわらず、新車のような清潔感があった。

 

「ふふっ、今日は歩かなくて済むのね。たまには楽ができて嬉しいわ。」

 カルマがシートベルトを締めながら、皮肉めいた口調で言う。


 アイデンはルームミラー越しに彼女を一瞥し、軽く笑った。

「あまり贅沢に慣れるなよ。」

「これはギルドの備品だからな。そう何度も使わせてもらえるわけじゃない。」

 

「……それで? なんで今回はこんな特別待遇なんだ?」

 副座に座るエンが、疑問を口にする。


 アイデンは「へへっ」と笑い、軽く肩をすくめた。

「まさか知らないのか?」

「今回の車両調達の申請理由、『特別任務遂行のため』ってなってるんだぜ?」

「普通のハンターなら、こんな優遇は受けられない。」

 

 エンは軽く鼻を鳴らす。

「……くだらん。」

 興味なさそうに顔を背け、窓の外へ視線を向けた。


 車は静かに夜の街を進み、目的地——黒市の取引現場へと向かう。

       

 車内に静かなエンジン音が響く中、アイデンが大げさにため息をついた。

 そして、ちらりとエンを横目で見やる。

「……なあ、本当に一回くらい電話に出られないのか?」

「途中で何かあったのかと、ちょっとは心配したんだぞ。」

 

 エンは無造作に肩をすくめ、表情を変えずに答える。

「出ても出なくても、結果は同じだろ。どうせ、最後にはここに来るんだから。」

 

 アイデンは呆れたように首を振るが、それ以上は突っ込まなかった。

「はあ……まあ、いいさ。」

 片手でハンドルを握ったまま、もう一方の手を鞄に突っ込み、小さな箱を取り出す。

 そして、それをエンへと差し出した。

「ほら、これが本題だ。」

「新型の符紋弾。入手するのに、かなり苦労したぜ。」

 

 エンは無言で箱を受け取る。

 蓋を開けると、中には漆黒の符紋弾が整然と並んでいた。

 僅かに光を反射しながら、不気味なほど滑らかな表面を持つそれらの弾丸は、

 微かに異質な魔力の波動を放っている。

 彼は軽く目を細めた後、静かに箱を閉じ、装備袋の中に収めた。

 軽く顎を引き、アイデンに小さく頷く。

 

 その様子を見ていたカルマが、興味を惹かれたように身を乗り出す。

「……魔物の血肉を混ぜた弾丸?」

 目を細め、じっとアイデンを見つめる。

「魔物の肉片を使えば、そんなに威力が上がるものなの?」

 驚きと半信半疑が混じった声。

 普段は冷静な彼女の口調に、珍しく明確な疑問の色が滲んでいた。


 アイデンは軽く頷き、ハンドルをしっかりと握りながら説明を続けた。

「符紋弾の仕組みは結構複雑なんだ。」

「魔物の血肉には膨大な魔力が蓄えられている。」

「それを弾丸に組み込むことで、破壊力を飛躍的に向上させることができる。」

「こんな代物、そこらで簡単に手に入るもんじゃない。」

「今回は特に苦労して、ようやく手に入れたんだぜ。」

 

 エンはちらりと装備袋を見やり、短く息をつく。

 そして、静かな声で問いかけた。

「……その新型弾、信用できるものなのか?」

 

 アイデンはニヤリと笑う。

「もちろん、信用できるさ。」


 ──だって、それはギルドが用意したものだからな。

 そう言いかけたが、口には出さなかった。


 代わりに、さらりと話を続ける。

「まあ、それはさておき。」

「こういう武器が黒市に流れたら、どうなると思う?」

「間違ったやつの手に渡ったら、大変なことになる。」


「だからこそ、今回の調査が重要なんだ。」

「この違法な符紋武器、いったいどこから出てきたのか——」

「それを突き止める必要がある。」

 

 カルマは静かに眉をひそめ、シートに身を預けた。

「符紋武器が出回りすぎれば……」

「それは、私たちハンターにとっても脅威になりかねない。」

 彼女の声は低く、冷静ながらも鋭さを帯びていた。


 アイデンは軽く頷くと、ふっと表情を引き締めた。

「この手の符紋武器は、もはやハンターの間では珍しくもない。」

「専門で開発してる組織だってあるしな。」


 彼はそこで一瞬言葉を切り、

 わずかに眉を寄せると、低い声で続けた。

「……だが、闇紋会あんもんかいのやってることに比べれば、こんなのは児戯じぎに等しい。」

 

「どういう意味?」

 カルマの眉がわずかに動き、目には疑問の色が浮かぶ。

 

 アイデンは、しばし無言のままハンドルを握り締めた。

 しばらくして、ようやく口を開く。

「やつらは、ただ魔物の血肉を使うだけじゃない。」

「魔物を捕獲して、改造し、実験台にする。」

「それどころか、人間と魔物を融合させようとしているんだ。」

 彼の声は重く、沈んでいた。

 

 カルマの表情が険しくなる。

「……融合?」

 思わず聞き返すが、アイデンは答えず、短く息をつく。

 そして、ちらりとエンに視線を送る。

「……俺も、かつて危うく巻き込まれかけたことがある。」

 

 彼の声は、どこか遠い記憶を手繰るような響きを持っていた。

「運良く逃げ出せたが……実験場で見た光景は、今でも忘れられない。」

 言葉の端々に、微かに滲む苦悶の色。

 目の奥に、一瞬だけ暗い影が走る。

 

 エンは黙って彼の言葉を聞いていたが、

 その瞳には、一瞬だけ冷たい光が宿る。

「……黒燈会こくとうかいよりも狂ってるな。」

 低く、淡々とした口調だったが、

 その一言には冷徹な怒りが滲んでいた。

 

「まったくだ。」

 アイデンは苦笑混じりに言い、再び前を向く。

闇紋会あんもんかいの研究に倫理なんてない。」

「奴らは、ただ力を追い求めるだけだ。結果がどうなろうが、お構いなしに。」

「そして、その“成果”がブラックマーケットに流れたら……。」

「――この世は、もっと歪んでいくだろうな。」


 カルマは驚いたように眉を上げ、アイデンを見た。

「……まさか、人間まで実験の対象に?」

 彼女の声には、明らかな動揺が滲んでいた。


 闇紋会あんもんかいが魔物を利用していることは知っていた。

 だが——


 まさか、人間すらも実験材料にしているとは。

 その事実は、彼女にとって想像の範疇を超えていた。

 

 アイデンは苦笑しながら頷く。

「それだけじゃない。」

 視線は前方の道路に向けたままだったが、

 その目の奥には、明らかな嫌悪の色が浮かんでいた。

「やつらは、生命そのものに対する敬意がない。」

「魔物だろうが、人間だろうが、生きているもの全てを “素材” としか見ていない。」

「そこが、一番厄介なんだ。」

 

 沈黙が落ちる。

 空気が重くなり、車内に微妙な緊張が満ちる。

 

 やがて、前方の道が徐々に狭まり始めた。

 街灯の少ない旧市街の建物が、薄暗い光の中に浮かび上がる。

 壁の隙間から漏れる、くすんだネオンの灯り。

 ひび割れた舗道。

 そこに漂うのは、明らかに黒市の空気だった。

 

 三人は無言のまま、それぞれの思考を巡らせる。

 どんな事態が待ち受けているかは分からない。

 ただ、一つだけ確かなことがあった——

 ここから先、一瞬の油断も許されない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ