2.吉備団子
「──我が名は花咲村の桃太郎ッ! お供の三獣を率いて、鬼を退治に来た者だッ!」
鬼ヶ島の心臓部である鬼ノ城の城壁までたどり着いた桃太郎は、そびえ立つ漆黒の鬼門を見上げながら叫んだ。
「鬼ヶ島首領・悪鬼温羅ッ! いるのはわかっている! 早急に姿を現すべしッ!」
桃太郎の言葉に反応は返ってこず、鬼瓦が睨みつけてくる鬼門は閉じられたままだった。
「……構わないさ。開けないなら、よじ登って入ればいい……しかし、ひどい臭いだなここは……みんな、大丈夫か?」
鼻で息を吸った桃太郎は眉をひそめながら背後にいる三獣に目配せした。
疲弊の色を隠せずに小さく鳴いて応えた三獣の姿を見た桃太郎は、軽鎧の下に着ている着物の懐に手を入れ、出立する際にお婆さんからもらった巾着袋を取り出した。
そして、お婆さん手作りの吉備団子を三つ摘み上げると、空になった巾着袋を赤土の上に敷いて並べた。
「最後の吉備団子だよ。お食べ」
桃太郎が穏やかな声で告げると、三獣は吉備団子を食べ始めた。
あっという間に食べ終えた三獣が空の巾着袋を見つめると、桃太郎の分がないことに気づいて困惑の面持ちを浮かべた。
「私はいいんだ。みんなが美味そうに食べている姿を見るだけで、私はお腹がふくれるんだ」
朗らかな笑みを浮かべながら話す桃太郎の言葉は、三獣には理解できない。しかし、その仏のような慈悲深いほほ笑みがすべてを物語っていた。
20歳になったばかりの若武者のその笑顔を見ただけで、三獣は心の底から忠誠心があふれ出て、誰からともなく自然と桃太郎に身を寄せた。
「今日この日のために修行を重ねてきたんだ……やるぞ、みんな」
桃太郎は抱き寄せた三獣に語りかけ、自らの心にも言い聞かせた。そのとき、砂袋を激しく叩いたような低い声が辺りに響いた。
「──よくぞ鬼ノ城までたどり着いた。人の身でありながら、驚いたぞ」
一気に緊張が走った桃太郎は三獣から体を離して立ち上がり、三獣も桃太郎の周りに展開して臨戦態勢を取った。
赤土をこする鈍い音とともに巨大な鬼門がゆっくりと開いていくと、桃太郎は左腰に差した〈桃源郷〉の白鞘に右手を添えた。
「──俺に会いに来たのであろう? 入れよ、桃太郎」
温羅の声とともに開いた鬼門の奥に現れたのは、何千もの燭台が城壁に沿って並び照らされた闘技場を思わせる広大な空間であった。
桃太郎はそんな広場の最奥を注視した。黒岩によって築かれた天高くそびえる鬼ノ城と城内に通じているであろう大扉を目にして息を呑む。
「…………」
桃太郎は鬼ノ城の大扉、ただその一点を睨みながら足を踏み出した。
明らかに罠であると感じながらも、足を止めることなく鬼瓦が飾られた鬼門の下をくぐり抜け、城壁の内部へと三獣を連れて入場する。
「……ッ」
桃太郎は鬼門が閉じられていく様を横目で見やった。ガコォンと重い音を立てながら完全に閉じられると、桃太郎は深く息を吐きながら再び鬼ノ城を睨んだ。
「──しかして、桃太郎。貴様、どのようにして鬼ヶ島までたどり着いた」
温羅の低い声が広場に響き渡る。先程よりもはっきりと声が聞こえるということは距離が近づいている証拠だろうと桃太郎は思った。
「──この鬼ヶ島は、鬼の血を持つ者しか見つけることのできぬ鬼の領域にある。本来ならば、人間は近寄ることすらできぬはずだが」
「…………」
温羅の投げかけた言葉に桃太郎は沈黙を貫いて答えとした。
「──ふゥむ……答えられぬか」
温羅が不満げに言うと、桃太郎は毅然とした態度で口を開いた。
「姿を現せ、悪鬼温羅……でなければ、こちらから行く」
鬼ノ城に向けて歩き出した桃太郎。それに呼応して三獣も前進を開始した。
「──桃太郎、若き侍よ。貴様の武勇は認めよう……されど、これまで」
桃太郎と三獣が広場の中央まで歩みを進めると、温羅は低い声で告げた。
「──貴様が鬼ノ城に足を踏み入れることは、城主であるこの俺が許容せぬ」
「悪鬼の許しなど、私は必要としない」
温羅の威圧に桃太郎が堂々と答えたその直後、広場の雰囲気が一変するのであった。




