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食わせねば

 京の夏は厳しい。


 障子越しの光さえ、じっとりと滲んでいる。


 縁側の隅。小さな水桶の中で、子亀がじっと動かずにいた。


「……ねえ、斎藤くん」


 柱にもたれていた斎藤が、目だけで応じる。


「さっきからあれ、まったく食べてないんだよ。大丈夫かなあ」


 桶の縁に置かれた小皿には、刻んだ野菜と米粒。どれも手つかずのまま、水にふやけている。


 亀はまるで石のように動かない。


 斎藤は静かに立ち上がり、桶を覗き込んだ。

 亀は首を引っ込めたまま、ぴくりとも動かない。


「……さっきまでは、もう少し動いていたのに」

 沖田が甲羅をそっと撫でる。


「ほら、おいしいよ。食べないと死んじゃうぞー」

 その言葉に、斎藤はしばし黙った。


 ここ数日の京は異常な暑さで、隊士たちの食欲も落ちている。

 中でも――沖田総司は、特にひどかった。

 今朝も。

 布団にもたれたまま、ぐったりとした沖田に、近藤が椀を差し出していた。


「ほら、うまいぞ。食わんと元気になれんぞ」


「……あとで、食べますから……」

 かすれた声。


 その目の前に、ぐいと差し出される椀。

 薄い粥。そしてほぐした梅干し。


「ダメだ、総司。今、ちゃんと食え」


「今は、ちょっと……無理ですって……」


「無理じゃない。少しでいい」

 匙を掬い、ぐいと差し出す。


「ほら、あーんだ」


「子供じゃないんですけど……」


「いいから、あーんだ」

 圧が強い。


 沖田は顔をそむけた。

「いらない……」


「総司」

 低い声。しかし優しい。


「食わねえと、もっと弱るぞ」


 沈黙。


 そして再び差し出される匙。


 下を向いたまま、口を閉ざす沖田。


 結局、土方が駆けつけ、場は収められた。


 沖田はそのまま寝かされ、近藤は土方と井上にとことん責められていた。


 ――また吐いたら、どうする。


 暑気にあたり失神した沖田の口に手を入れ、嘔吐物を掻き出したのは斎藤である。


 永倉と原田が背中を叩き、なんとか息を吹き返したが――あの時の恐怖は、忘れられない。


 あれから斎藤は、沖田のわずかな変化にも、ぱっと目が覚めてしまうようになった。


「カメ、食わないんだな」

 ぽつりと、斎藤が言う。


「……少し、聞いてくる」


「え?」


「詳しい者がいるかもしれん」


「ほんと!?」


 沖田の顔が、ぱっと明るくなった。



自分のことはさておいて――と、斎藤は思ったが、口には出さない。


 はてさて、誰に聞けばいいのか。


 人間と亀と、

 なんとか食わせねば。


 あの人か。


 あの人だな。


 斎藤は歩き出した。

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