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第八十四章 新世界の影

リスボンの陽光は眩しく、テージョ河の水面は銀の鏡のように揺れていた。

 エドムンドは、執務机の上に広げられた新しい地図へと手を置き、弟子を呼び寄せた。

「セバスティアン。君に新たな任務を与える」

 師の声は穏やかだったが、その言葉の背後には、重い決断の響きがあった。

「ブラジル王国領だ。砂糖、黄金、木材――あの大地は今や王国の富の源泉だ。

 交易を監督し、商会の利益を守れ。だが、数字だけを見てはならぬ。

 現地に息づく力を、目で見て学んで来い」

 セバスティアンは深く頭を垂れた。

 胸の内に高鳴りと不安が入り交じる。

 未知の大陸、熱帯の海、そして異国の人々。

 師の言葉が示すのは、試練であると同時に、次なる学びの門だった。


---


 リスボンから大西洋を越える航路は、セバスティアンにとって再びの長旅だった。

 果てしない海を渡り、やがて視界に広がるのは赤土の大地と、緑濃い山並み。

 港町サルヴァドールでは、教会の鐘が鳴り響き、白壁の修道院が丘に立ち並んでいた。


 セバスティアンは、現地の総督府の広間で、まず「有力者」の存在を知る。

 砂糖農園を所有する大地主たち――彼らは、王都の命令よりも、奴隷と土地から生まれる富に忠実だった。

 広間の空気には、甘い砂糖の香りと同時に、濃厚な権力の匂いが漂っていた。


 さらに、彼の目を引いたのは黒衣の修道士たちだった。

 イエズス会。

 彼らは学校を建て、先住民に布教し、学問を伝える。

 だが同時に、農園を経営し、莫大な収益を蓄えていた。

 その規律と組織力は、総督の権限すら凌駕して見えた。

「――彼らは、祈りの衣を纏った商人です」

 現地の役人が、低い声でそう囁いた。

 セバスティアンは、彼らの鋭い眼差しに、言葉にできぬ嫌悪を覚えた。

 慈悲の仮面の裏に、権力を掴む冷ややかな指先を感じたからだ。


---


 幾月かの滞在の後、リスボンに戻ったセバスティアンは、師の前に立った。

 旅塵を帯びたその瞳は、以前より深く研ぎ澄まされていた。

「報告を」

 エドムンドの短い言葉に、セバスティアンは答えた。

「ブラジルは富を生みます。だが、王国の命令よりも、大地主とイエズス会が実権を握っていました。

 交易を支えるのは金や砂糖ではなく、彼らの意志――そのことを忘れてはならないと学びました」


 エドムンドは静かに頷いた。

「よく見たな。富の裏にあるものを掴んだか」

 その声は淡く響いた。


 セバスティアンは、その瞬間、自らの中に芽生えた感情を隠さなかった。

 ――イエズス会への違和感。

 それは、後に彼の人生を大きく動かす種子となることを、まだ誰も知らなかった。

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