第八十三章 帰路の星影
アレクサンドリアの港を離れる時、夕日が城砦の壁を赤く染めていた。
帆が一斉に上がり、艦が沖へと滑り出す。石灰岩の街並みと、香辛料と塩気の匂いに満ちた港が遠ざかるにつれ、セバスティアンは胸の奥にかすかな緊張を覚えた。己の答えを携えてリスボンへ戻る。その責任の重さが波よりも強く揺さぶっていた。
しかし数日も経たぬうちに、緊張は別のものへ変わった。
荒れる海に翻弄され、若き身はすぐに船酔いに苦しむ。甲板の片隅で顔を青ざめさせるセバスティアンを、デュゲ=トルアンは愉快そうに笑い飛ばし、背を叩いた。
「若僧よ、胃袋が鍛えられてこそ真の航海者だ!」
ロジャースは冷ややかに言い添える。
「任務を忘れるな。吐くのもいいが、目は開けていろ」
源八はただ黙って水を差し出した。
疲労に沈んだある夜、セバスティアンは夢を見た。
蒼い闇の中、そびえ立つ大灯台――アレクサンドリアの誇りが、大地を揺らす轟音と共に崩れ落ちていく。白い石が次々に海へ呑まれ、最後に残った光の炎が波間に消えた。
「過去の光も、やがては沈む……」
夢の中で呟いた瞬間、彼は汗に濡れて目を覚ました。船腹を打つ波音が耳に響く。星々が散る夜空を仰ぎながら、彼は胸の内で言葉を結んだ。
――ならば、新しい光を築けばいい。
やがて航海は終わりを告げた。
リスボンの港が朝靄の中に浮かび上がる。黄金の宮殿の尖塔が陽光を受け、街は活気に満ちていた。
セバスティアンは、静かに師の前に進み出た。
机上に置いたのは、オールド・マイン・カットを施された小さな石。光を閉じ込めるように削られ、かすかな輝きを放っていた。
「持ち帰ったのは、石そのものではございません」
彼は深く息を吸い、言葉を続けた。
「古代に世界を結んだ港――アレクサンドリアの記憶と、その可能性です。
未知の星を流せば、再びあの港は世界を繋ぐ結節点となるでしょう。
私が持ち帰るのは、その道筋。交易を甦らせるための答えです」
エドムンドは沈黙のまま石を手に取り、光にかざした。
やがて瞳にわずかな微笑を浮かべ、低く言葉を落とした。
「……よく学んだな」
その声に、セバスティアンの胸は熱く満たされた。
師の笑みは、新しい航路の星々のように、確かな光を約束していた。




