第七十八章 王の贈り物
カリブの硝煙の匂いをようやく洗い流したエドムンドは、リスボンのリベイラ宮殿にいた。
黄金の王、ジョアン五世。
大理石の床に光が反射し、ブラジルの金で飾られた椅子に座す若き王は、戦果を報告する彼の言葉に、満足げに頷いた。
「見事だ、エドムンド。そなたの働きは、我がポルトガルの栄光そのもの」
王の声は宮殿の高い天井に反響し、黄金の装飾と同じくらい誇らしげに響いた。
その称賛に、エドムンドは微笑を浮かべるでもなく、ただ静かに視線を伏せた。
「褒美を授けよう」
王は肘掛けを軽く叩き、声をさらに強めた。
「我が目をかけた若者がいる。セバスティアン・デ・カルヴァーリョ=メロ。小貴族の出だが、意志の強い目をしている。そなたのもとで学ばせよ」
――貴族の子守か。
その冷たい思いが一瞬だけ胸をかすめた。だが、表情には出さなかった。王命は、拒めぬ。
紹介された若者は、緊張に顔をこわばらせながらも、真っすぐな瞳を失わなかった。
「ご指導、よろしくお願いいたします」
それからの日々、セバスティアンは影となった。
執務室の隅に立ち、エドムンドが膨大な帳簿を繰る音に耳を澄ませ、
応接室の扉の外で、暗号を交わす密談を聞き逃すまいと待ち続け、
港で荷を検分する彼の背後に、ただ黙って立ち続けた。
エドムンドは意図的に距離を置いた。
難解な専門用語だけを口にし、会話の糸口を与えず、存在を空気のように扱った。
――目障りだ。
だが、若者は一言も不満を漏らさず、手にした羊皮紙にただ記録を書き続けた。
やがて、一月が過ぎた頃。
ブラジルから金塊を積んだガレオン船が帰港した。荷揚げの報告で、わずかな重量差が見つかる。
現場の監督官たちは肩をすくめ、計量の誤差だと処理しようとした。誰もが、それ以上の問題ではないと考えていた。
エドムンドが署名をしようとしたその瞬間。
背後から、これまで沈黙を守ってきた声が、初めて響いた。
「お待ちください、閣下」
セバスティアンが差し出したのは、彼自身が日々書き留めていた詳細な記録だった。
船の吃水、樽の数、作業員の交代時間まで――異様なほど細かい数字が並んでいた。
「この差額は、特定の作業員が担当した時間帯にだけ現れています」
指先が、几帳面に並んだ数字をなぞる。
「そしてその後、彼らは酒場で普段には見られぬ大盤振る舞いをしていた。新しい靴を買い、銀貨を惜しげもなく酒に注いでいた――私はこの目で見ました。偶然とは思えません」
エドムンドのペンが止まった。
この若者はただ観察していただけではなかった。自ら集め、考え、導き出した。まさに、自分が日々行っているのと同じ手法で。
エドムンドは監督官に命じた。
低い声が港の空気を切り裂く。
「再調査しろ。不正に関わった者は、一人残らず洗い出せ」
そして、エドムンドは若者に向き直った。
「セバスティアン」
その瞳に、初めて柔らかな光を宿して。
「よくやった。……明日からは、私の隣に立て」
若者の目が大きく見開かれ、やがて深く頷いた。
王が押し付けたと思っていた贈り物が、国そのものを動かす原石となる。
その未来を、この時エドムンドは静かに悟ったのだった。




