第七十六章 嵐の前の静けさ
エドムンドは、その手紙を読んだ後も、すぐには動かなかった。トマスの警告は胸に重く響いたが、それだけで故郷へ向かう理由にはならなかった。彼がロンドンを離れてから既に三十年近くが経っている。主戦場はもはや大西洋の海原と、金と権力が渦巻くリスボンの宮廷だった。ロンドンの問題は、遠い過去の出来事のように感じられた。
それから数週間、トマスからの手紙は途切れず届いた。最初の便りは事態を冷静に分析するもので、二通目は南海会社の株価高騰という狂騒を事細かに伝える報告書のようだった。三通目には、焦燥が滲んでいた。
『エドムンド。どうか、この警告に耳を傾けてくれ。多くの善人が財産を失い、破滅へと向かっている。私はこの熱病を止めるため、街の新聞記者たちと接触を始めた。我々の「信用」の力で、この偽りの黄金の川を食い止めたい。』
その文面を読み、エドムンドの心は初めて揺らいだ。トマスは変わっていなかった。いや、むしろ、かつて彼がトマスに教えた「信用」という言葉が、今、友を危険な道へと導いているのだ。
彼はペンを手に取り、トマスへ急ぎ書き始めた。止めるべきだと──しかし、数行で筆が止まる。彼は知っていた。トマスの正義感は、説得では留められない。むしろ説得すれば、より頑なに行動に出るだろう。
遠いロンドンの友の顔を思い浮かべ、エドムンドはゆっくりとペンを置いた。羊皮紙を破り捨てると、窓の外の光は変わらず穏やかに波を照らしていた。彼は決めていた。行動は自分のやり方で。だが、それが何を生むかは、まだ分からなかった。




