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第六十四章 獅子と狼の饗宴

第六十四章 獅子と狼の饗宴


 エドムンドが座乗する、重装ガレオン船の船長室。

 そこは、瞬く間に、ハーグリーヴス商会艦隊の作戦司令室と化した。海図を囲む三人の男たちの間には、鋼のような緊張が走っていた。


「敵は五隻。味方は、戦闘可能なフリゲートが八隻。数では、こちらが有利だ」

 ウッズ・ロジャースが冷静に分析した。

「だが、相手はあのホーニゴールド。イングランド海軍でも、最も狡猾な狼の一人だ。油断はできん」


 デュゲ=トルアンは、ナイフの先で海図を叩いた。

「狼には、狼の戦い方を教えてやるまでだ。ヘイル、指揮を」


 エドムンドは、もはや躊躇わなかった。

「ロジャース提督。あなたの第二艦隊は、ガレオン船とコルベットを守り、陣形の中核を維持。敵の攻撃を、その盾で受け止めていただきたい」

「承知した」ロジャースは、短く頷いた。


「デュゲ=トルアン提督」エドムンドは続けた。

「あなたの第一艦隊は、遊撃部隊として自由に動いてほしい。狼のように敵の群れをかき乱し、混乱させろ。そして――」


 彼は、二人の提督の目を、まっすぐに見つめた。

「――好機と見れば、両艦隊で敵を挟撃する。一隻たりとも、逃がすな」


---


 大西洋の真ん中で、二つの艦隊が激突した。

 ベンジャミン・ホーニゴールドは、まずエドムンドが座乗するガレオン船を狙い、全艦隊で突撃をかけた。頭さえ潰せば残りは烏合の衆になる――そう読んだのだ。


 だが、その前にウッズ・ロジャースの第二艦隊が、まるで鉄壁の城壁のように立ちはだかった。イングランド海軍仕込みの、一糸乱れぬ完璧な陣形。ホーニゴールドのフリゲートは、その分厚い弾幕の前に攻めあぐねる。


 そして、彼らがロジャースの艦隊に気を取られた、その瞬間。

 デュゲ=トルアンの第一艦隊が、風を切り裂くような速さで敵艦隊の側面に襲いかかった。


「面舵いっぱい! 敵旗艦の腹を狙え!」

 デュゲ=トルアンの号令一下、旗艦「ル・ヴァン」号が、ホーニゴールドの旗艦「レンジャー号」の横腹に喰らいつく。


 戦場は、混戦となった。

 その時、「ル・ヴァン」号の船首楼で、一人の東洋人が操る巨大な狙撃銃が火を噴いた。


 「レンジャー号」のメインマストが、その一撃で根元からへし折れた。

 指揮系統を失い動きが止まったホーニゴールドの艦隊に、ロジャースの艦隊とデュゲ=トルアンの艦隊が、左右から猛烈な十字砲火を浴びせる。


 それは、もはや戦いではなかった。処刑だった。


---


 数時間後。

 海戦は終わった。ホーニゴールドの艦隊は二隻が撃沈、二隻が大破炎上。

 残ったのは、マストを折られ、完全に無力化された旗艦「レンジャー号」だけだった。


 エドムンドは、自らのガレオン船から小舟で、拿捕した「レンジャー号」の甲板へと乗り込んだ。

 捕虜となった船員たちが、うなだれて整列させられている中、ただ一人、若者が勝者であるエドムンドを、憎悪と、それ以上の好奇に満ちた燃えるような目で、まっすぐに睨みつけていた。


 デュゲ=トルアンが、その無礼な若者を剣の柄で殴ろうとするのを、エドムンドは手で制する。

「……名を、聞こうか」エドムンドは、その若者に尋ねた。


 若者は、不敵に笑う。

「ティーチだ。エドワード・ティーチ。今は、ただの船乗りだがな」

 彼は、挑戦的に言い放つ。

「……あんたのやり方は見事だった。だが、忘れるな。老いた獅子の時代は今日で終わった。これからは、腹を空かせた若い狼の時代だ」


 周囲の船員たちは凍りついた。

 しかし、エドムンドは怒るどころか、その若者の気概に感心し、わずかに口元に笑みを浮かべる。

「……その目を、忘れないでおこう、ティーチ。だが、覚えておけ。狼は、群れなければ獅子にはなれん」


 エドムンドは、若き日の黒髭に背を向けると、捕虜となったベンジャミン・ホーニゴールドの方へと歩を進めていった。

 彼の「黄金の道」を脅かす者は、もはや、この大西洋には存在しなかった。


 しかし、彼は――新しい、そしてより危険な狼の種を、自らの手で未来へと解き放ってしまったのかもしれない。

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