第六十三章 黄金の道
アゾレス諸島の秘密の港から、朝日を浴びて、十二隻の船団が出航していく。
先頭を行くのは、ハーグリーヴス商会の黒い旗。それは、もはや私掠船団ではなかった。一つの王国の海軍に匹敵する、威容と規律を備えた、私設艦隊だった。
船団の心臓部は、エドムンドが直接指揮を執る、二隻の重装ガレオン船。その船倉には、国王ジョアン五世との契約に基づき、ブラジルからリスボンへと運ばれる、最初の、そして最大級の金塊が、ずしりと眠っていた。
それは、新大陸と旧大陸を結ぶ、巨大な「黄金の道」だった。
その黄金の道を守るように、ウッズ・ロジャースが率いる第二艦隊(フリゲート四隻)が、まるで鉄壁の盾のように、緻密な陣形を組んで周囲を固めている。イングランド海軍仕込みの、一糸乱れぬその動きは、いかなる奇襲も許さないという、静かな自信に満ちていた。
ロジャースは、その冷静な目で、常に艦隊全体のバランスに気を配っていた。
そして、その盾の外側を、二つの影が、自由に動き回っていた。エドムンド直轄の、最速を誇る二隻のコルベットだ。彼らは、艦隊の「目」として、水平線の彼方まで偵察を行い、あらゆる情報を旗信号で司令部へと送ってくる。
最後に、艦隊の少し離れた前方と後方を、まるで二匹の飢えた狼のように、ルネ・デュゲ=トルアンが率いる第一艦隊(フリゲート四隻)が遊弋していた。
彼らは、艦隊の「剣」。デュゲ=トルアンは、旗艦「ル・ヴァン」号の甲板で退屈そうに欠伸をしながらも、その目は常に、血に飢えた獲物を探していた。
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航海は、最初の数日間、順調だった。
ロジャースの艦隊は、毎日、寸分の狂いもない陣形変換の訓練を繰り返し、その練度を高めていた。
デュゲ=トルアンの艦隊は、時折、遠方に不審な船影を見つけては、獲物を追う猟犬のように猛スピードで駆けていき、それがただの商船だと分かると、がっかりしたように帰ってきた。
エドムンドは、ガレオン船の船長室で、刻一刻と変わる海図と、コルベットから送られてくる膨大な情報に静かに目を通していた。
全てが、彼の計画通りに進んでいた。
いや、進みすぎている、とさえ感じていた。
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出航から三日後の朝。
その静寂は、突如として破られた。
水平線の彼方で、偵察任務についていたコルベットの一隻が、マストに緊急事態を告げる黒い旗を掲げたのだ。
コルベットは全速力で艦隊へと戻ってきた。小舟で、エドムンドのガレオン船へと乗り込んできた船長の顔は、青ざめていた。
「……報告します、ヘイル司令」
船長は、汗を拭いながら言った。
「敵影を確認。フリゲート級五隻。イングランドの海軍旗を掲げています。こちらに対し、停船を命じる信号を発しています。旗艦は……『レンジャー号』です」
その名を聞いて、ウッズ・ロジャースが顔を上げた。
「……『レンジャー号』。間違いない。ベンジャミン・ホーニゴールドだ」
デュゲ=トルアンの目が、初めて本物の獲物を見つけた狼のように、ギラリと光った。
「ホーニゴールドだと? イングランド海軍本部があの男を寄越したか。随分と本気じゃねえか」
作戦司令室に、極度の緊張が走った。
相手は、無法者の海賊ではない。イングランド本国から正式な討伐命令を受けた、最強の私掠船長の一人。そして、彼の艦隊だ。
エドムンドは顔を上げた。その顔に、恐怖はなかった。
彼は、傍らの伝令士官に冷静に、しかし揺るぎない声で命じた。
「デュゲ=トルアン提督、及びロジャース提督に信号を送れ」
「作戦会議を開く。両名とも直ちに、本艦へ集まられたし、と」
ついに、この新しい艦隊の真価が問われる時が来た。
大西洋の真ん中で、二つの時代が衝突しようとしていた。




