表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/100

第五十六章 病める王との対話

国王ドン・ペドロ二世からの秘密裏の召喚状。

それは、エドムンドにとって最大の好機であると同時に、最も危険な罠でもあった。


「王の誘いに乗るのか、ヘイル」

 秘密の島から急遽戻ってきたデュゲ=トルアンは、苦々しげに言った。

「罠だ。宮殿に足を踏み入れた瞬間、お前は首を刎ねられ、艦隊も財産も全て王のものになる。王族なんぞ、信用できる生き物じゃない」


「分かっている」エドムンドは静かに頷いた。

「だが、提督。我々が今リスボンで商売をできているのは、なぜだ?」


 彼は窓の外に広がる、金の熱に浮かされた街を見つめた。


「王が我々の存在を黙認しているからだ。彼が指を一本動かせば、我々は明日にもこの街から追い出される。この召喚は罠であると同時に、我々がこの街の真の支配者になるための、唯一の扉でもあるのだ」


 エドムンドの覚悟は決まっていた。


「もし、私が三日経っても戻らなければ」

 彼はデュゲ=トルアンに命じた。

「君は源八と艦隊の全てを率いて、この国から脱出しろ。そして、二度と戻るな」


 その夜、エドムンドはたった一人でリスボンの王宮へと向かった。

 彼が通されたのは壮麗な謁見の間ではなく、王の私的な寝室だった。部屋の主であるドン・ペドロ二世はベッドの上で衰弱した体をかろうじて起こしていた。だが、その瞳だけは老いた獅子のように鋭い光を放っていた。


「…見事な手際だったな、ヘイル」

 王は弱々しい声で、しかしはっきりと告げた。

「長年、我が国の富を蝕んできたイングランドの寄生虫どもを、実に見事に叩きのめしてくれた。余ができなかったことを、お主はたった数ヶ月で成し遂げた」


「私は商人として、私のビジネスを守ったに過ぎません、陛下」


「そのビジネスが、今やこの国の金の流れを完全に支配していることも知っておるぞ」


 王は激しく咳き込んだ。側近が慌てて背をさする。

「…余には、もう時間がない。そして我が息子ジョアンはまだ若く、金の重みを知らん。この国には、イングランドの強欲な狼でも、我が国の無能な羊でもない、新しい力が必要なのだ」


 王はエドムンドに、本当の望みを告げた。それは逮捕ではなかった。


「…お前の艦隊が、これよりブラジルからの金輸送船団の唯一の公式な護衛艦隊となることを認めよう。ポルトガル海軍は一切手出しをしない。その代わり、お前が得る利益の三割を、国王である余の私的な金庫に納めよ」


 国家を巻き込んだ壮大な秘密の契約だった。

 エドムンドはその破格の提案に静かに頭を下げた。そして部屋を辞そうとした時、王が最後の言葉をかけた。


「…ヘイル」


 その声にはもはや王としての威厳ではなく、一人の父親としての切実な響きがあった。


「…余が死んだら、我が息子ジョアンを頼む」

 王は激しく咳き込みながら言葉を続けた。

「あの子は心根は優しい。王としての器も持っておる。だが…余は、そして国は、あの子を甘やかしすぎたのかもしれん」


 彼の目には深い後悔の色が浮かんでいた。


「ジョアンは金がもたらす『輝き』は知っておるが、その『重み』を知らん。壮麗な宮殿の建て方は知っておるが、国という家がいかに脆い土台の上に建っているかを知らんのだ」


「陛下…」


「余が死ねば、甘言を弄してあの子の贅沢を煽り、私腹を肥やそうとする輩が必ず現れるだろう。あのスターリングのようにな。あの子に必要なのは、真実を告げる厳しい友人だ」


 王はエドムンドの手を弱々しく握った。


「なってやってはくれまいか。お前が、その金の本当の使い方をジョアンに教えてやってくれ。この国の未来のために…」


 エドムンドは病める王の未来を憂う瞳を見つめ、ただ深く、そして静かに頷くことしかできなかった。


 王宮を後にした彼の肩には、金儲けの企みとは全く違う、一つの王国の未来という重い、しかしどこか温かい責任がのしかかっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ